第11話:時の神が告げる真実
「俺はこの国の王太子だ! その俺が、悪いのはエレノアで、クロノ公爵家が権力を使って俺とリリアナをはめたのだと言っているのだ! おい、衛兵! エレノアとクロノ公爵を捕らえるのだ!」
「兄上! 何を馬鹿なことをおっしゃっているのですか!」
王太子の権力を使い、アレクシス殿下は衛兵に命令した。
衛兵は戸惑いながら、アレクシス殿下とウイリアム殿下を交互に見る。
「衛兵! 命令に従え! 俺を誰だと思っているんだ!」
アレクシス殿下の怒声が審問室に響いた瞬間――。
空気が、止まった。
誰もが息を呑み、動けなくなる。
まるで、時間そのものが凍り付いたようだった。
その静寂の中、抱えていたわたくしの手帳が突然激しく熱を帯び、震え、光を放ち始めた。
「な……なんだ……?」
誰かのかすれた声が、静寂を破る。
光は一瞬でその強さを増し、眩しさに目を細めた者たちの呼吸が、そこでまた止まる。
手帳はわたくしの手から離れ、ふわりと宙に浮かび上がった。
光が脈打つたびに、審問室の空気が震える。
やがて光が天井へと伸び、空間がゆっくりと揺らいだ。
その歪みの中心に、深い闇が静かに口を開く。
誰もが声を失い、ただその光景を見つめるしかなかった。
そして――。
闇の奥から、一人の人物が現れた。
いや、その方を人と表現するべきかどうか、わからない。
白銀の髪、深い蒼の瞳の――時の流れそのものを纏うような、圧倒的な存在感。
老人の姿をしたその方の姿がはっきりすると、誰もが自然と頭を垂れた。
まるで、世界がその方の到来を畏れ、ひれ伏したかのように――。
『……いい加減にせぬか』
その方の声は、耳ではなく、心臓に直接響くような重みを持っていた。
誰もが息を呑み、動けず、ただその存在を見つめる。
『真実は一つだけ……我がそれを見せてやろう。虚偽が真実を覆い隠そうとするならば、我が時を遡り、その姿を示そう』
その方が腕を広げると、光が広がり、空中に映像が浮かび上がる――。
映し出されたのは学園の南棟の階段で、リリアナ嬢がいた。
リリアナ嬢は周囲を見回すと、下まで階段を降り、そこに倒れ込んだ。
『痛い~! あたしを階段から突き落としたのは誰? あ、エレノア様! エレノア様が? ひどい、ひどいわっ!』
うずくまり泣き叫ぶリリアナ嬢……。
だけど、この映像にはわたくしの姿は映っていない。
審問室が凍りつく。
「……自分で……?」
「本当に嘘だったのか……」
リリアナ嬢は青ざめ、口をぱくぱくと動かすだけだった。
続いて、また別の映像が浮かび上がる。
今度は中庭が映し出され、リリアナ嬢がバケツを持ち、また周囲を見回していた。
リリアナ嬢は、自らバケツの水を被る。
そして――。
『やめてください、エレノア様! やめてくださいっ!』
バケツを地面に転がし、リリアナ嬢は自分も地面に転がった。
だけどそばにわたくしの姿はない。
「何をしているんだ、リリアナ嬢は……」
呆れたように誰かが呟いた。
次に映し出されたのは、東廊下だった。
リリアナ嬢の証言では、わたくしがここで彼女にひどいことを言ったことになっているけれど、ここにもわたくしの姿はない。
そこに居たのはリリアナ嬢と、一人の男性。
それが誰かはわからないけれど、アレクシス殿下ではなかった。
『お前、アレクシス殿下とも付き合い始めたんじゃないのか?』
男子生徒が言った。声だけが聞こえる。
リリアナ嬢はくすくすと笑う。
『そぉよぉ。アレクシス殿下は、あたしのことを愛してくれているの』
『お前が他の男と、こんなことしていてもか?』
『うん、そう、そうよっ……。だってあの人、あたしのことをか弱い女だって、思ってるし……バレなきゃ大丈夫……っ……』
誰かと口づけを交わすリリアナ嬢……。
なんてこと……リリアナ嬢は、アレクシス殿下の恋人ではなかったの?
「ちょっと……なにこれ……なんなの、これ、知らない! 嘘よ! こんなの、嘘っ!」
リリアナ嬢は必死に弁解しようとしたけれど、それを信じる者はこの場には居なかった。
もちろん、アレクシス殿下も含めて――。
「リリアナ! お前っ!」
怒りのままにアレクシス殿下が、再びリリアナ嬢に手を上げようとした。
だけどその瞬間、また別の映像が映し出された――。
『リリアナ、お前は本当に、可愛い女だな……。こんなに可愛くて……あぁ、なんて愛しいのだ……。俺の婚約者が、エレノアなどではなく、お前のような可愛い女だと良かったのにな……』
学園では、アレクシス殿下は生徒会長の役職につかれている。
場所は、その生徒会室のようだった。
アレクシス殿下は、リリアナ嬢を膝の上に乗せ、言った。
『エレノアは、つまらない……何を考えているのかわからない、気持ち悪い女なんだ……。俺はお前のような……可愛い女が好きなのにな……』
『アレクシス殿下、可哀想……』
『あぁ、確かに俺は可哀想だな……』
『アレクシス殿下、あたしも……あたし、エレノア様にいじめられているのっ……。アレクシス殿下があたしに優しいから、きっとやきもちを妬いているんだわ……あたし、このままだと、エレノア様に何をされるか、怖いのっ』
『なんだって? それは本当か? あぁ、可愛いリリアナ……大丈夫だ、俺がお前を守ってやる……そうだ、エレノアとの婚約は、破棄することにしよう。大勢の前であの女の罪を突き付けて、化けの皮をはがしてやろう。そして……俺はお前を新たな婚約者にしよう……』
『アレクシス殿下……嬉しい……、好き、です……』
『あぁ、俺も、だ……』
見つめ合う二人が顔を近づけようとしたところで、映像は消えた。
「嘘だ! なんだこれは! 一体何なのだ!」
「そうよ! これは嘘! 全部嘘なのよぉっ!」
映像が消えるとともに、光は収まっていた。
けれど、あの映像を見せたあのお方の姿は、変わらずそこにあった。
『我は時の神、クロノス……。今の映像は、貴様たちの真実だ』
「……クロノス様……?」
わたくしの声は震えていた。
時の神が、目の前におられる……しかも、神の奇跡が目の前で起こったのだ。
そして――その神は、わたくしの手帳から出現された。
一体どういうことなのか、全くわからずに混乱してしまう。
そんなわたくしに気づかれたのか、クロノス様はわたくしへと視線を向けると、穏やかに微笑んだ。
『エレノア……我が選んだ、愛しい乙女よ。よくぞ真実を記し続けた。我は時の神であり、そなたを守る者……』
「わたくしを、神であるクロノス様が、守ってくださるのですか?」
信じられません、と呟くと、クロノス様はまた穏やかに微笑み、『それは我の真実である』と続けた。
そして再び光を放つと、宙に浮いたままだった手帳の中に吸い込まれるように消えてしまう。
わたくしの元へと戻った手帳は、温かかった。
やはり、わたくしの手帳からクロノス様が出現されたということのようだった。
「アレクシス殿下も、リリアナ嬢も、嘘をついておられたということですね。今回の事情聴取では様々なことが起こりました。最終のご判断は、国王陛下にお任せしようと思います。本日の審議は、これで終了といたします」
重臣はそう言うと、解散を宣言した。
わたくしの方を――正確にはわたくしが持つ手帳を見つめ、
「時の神クロノス様……真実をお示しいただき、感謝いたします」
深く頭を下げた――。




