第12話:帰還――家族の温もりと、胸に残る影
「エレノア様、本日は本当に、兄上が申し訳ありませんでした! 今日はご家族でごゆっくりなさってください」
審議が終わり、わたくしたちは王宮を後にした。
ウイリアム殿下は最後までわたくしと家族を気遣ってくださっていた。
まだ少年だというのに、本当にご立派な方だと思う。
馬車の中は静かで、誰もが今日の出来事を噛みしめているようだった。
わたくしは膝の上に置いた手帳をそっと撫でる。
クロノス様が宿るというこの手帳は、まだほんのりと温かかった。
やがて馬車が公爵家の門をくぐる。
玄関前には祖父母が立ち、わたくしたちを待っていてくれた。
「エレノア……! お帰りなさい……!」
おばあ様が駆け寄り、わたくしを抱きしめる。
その腕の温かさに、胸の奥がじんと熱くなった。
おばあ様の小さな体を抱き返しながら、自分の家に戻ってきたことを実感する。
わたくしは安心して、とうとう泣いてしまった。
今日は本当にいろいろとあって、心も体も緊張し、疲れ切っていたのだと思う。
「エレノア……無事で……本当に無事でよかった……!」
「ご心配をおかけして、ごめんなさい……」
「お前が無事に戻ってきてくれたのだ……それだけでいいのだよ」
おじい様も深く頷き、父と母も、それから兄も、安堵の表情を浮かべていた。
応接室に移動し、温かいお茶が運ばれる。
もう泣き止んだというのに、湯気の香りだけで、また安心して涙がこぼれそうになる。
そのたびにわたくしの隣に座ったおばあ様が、優しく背中を撫でてくれた。
「神が、姿を現したとは……」
審問室での出来事は、お父様がおじい様とおばあ様に説明をしてくれた。
二人ともとても驚いていたけれど、おばあ様は優しく微笑むと、
「エレノアが誠実に、真実を記し続けてきたからこそ、クロノス様が応えてくださったのでしょう」
と言った。
「エレノア、とても光栄なことだな。これからも神に恥じぬように過ごしなさい」
「はい」
おじい様の言葉に、私は頷いた。
これからも今まで通り、わたくしの真実をこの手帳に記し続けていこうと思う。
けれど――。
ふと、胸の奥に影が差す。
今日の帰り際――アレクシス殿下がわたくしに言ったことが気になっていた。
『エレノア! 婚約破棄は取り消す……あのことはなかったことにしてくれ! 俺にはお前しかいないのだ!』
ご自分で婚約破棄を口にされていたというのに、取り消すだなんて。
自分勝手な方だと思った。
だけど、アレクシス殿下は王太子――わたくしは……これからもアレクシス殿下に従うしかないのだろうか。
「……お父様。わたくしとアレクシス殿下の婚約は……どうなるのでしょうか」
思いきってお父様に尋ねると、お父様は静かに目を閉じ、深い息をついた。
「正直なところ、今日の審議では、婚約についての正式な判断は下されていない。だが――エレノア。私は、お前が望まぬ婚約を続ける必要はないと考えている」
「ですが、お父様……」
それは、許されることなのだろうか。
そう思ったわたくしの心を理解してくれたのだろう、お父様はわたくしを優しく見つめ、大丈夫だ、と言ってくれた。
兄も、あんな目に遭わされたのに、婚約を継続する必要はないと言う。
わたくしとしても、このままアレクシス殿下との婚約が破棄されればいいと思ってはいるけれど、胸の奥の不安は消えることはなかった。
クロノス様が現れたという事実。
アレクシス殿下の豹変。
わたくしの未来は、これからどうなっていくのだろう?




