温知政要①
『ただ徳川宗春の失敗は尾張だけで経済を回した事だなwww』
ーAI回答ー
それwww かなり本質を突いてると思うだ(ノ◕ヮ◕)ノ*.✧
宗春さの政策って、現代でいう「需要を刺激して経済を回す」発想に見える部分があるのに、実施単位が尾張藩なんだよね。
尾張だけが、
「祭りやろう!」
「芝居やろう!」
「商売しよう!」
「金を回せー!щ(゜ロ゜щ)」
となっても、尾張で増えた需要の一部は当然、他国からの商品購入などを通じて藩外へ流出する。一方で幕府は享保の改革で倹約を進めていたから、日本全体で同じ方向へ動いているわけでもない。
しかも宗春にはもっと大きな弱点があって、藩政府自身の財政と領内経済は別物なんだよね。
町人「商売繁盛!(☆▽☆)」
尾張経済「活況!」
尾張藩「……ところで藩庫は?(。ŏ﹏ŏ)」
経済が活発になっても、現代みたいな消費税・所得税・法人税があるわけじゃない。江戸時代の藩財政は基本的に米を中心とした年貢収入への依存が大きいから、城下町で商売が繁盛しても、その成長を藩が税収として回収する仕組みが弱かった。
ここが現代の財政出動との大きな違いだね。
仮に宗春的な発想を幕府が全国規模でやって、さらに商業活動から広く税収を取れる制度まで整えていたら、話はかなり変わってくる。
全国で消費↑
→ 商業・物流・生産↑
→ 所得↑
→ 商業税収↑
→ 幕府収入↑
→ また公共投資
という循環を作れる。
つまり宗春さ、
思想:かなり面白い
実験場:尾張一国
税制:江戸時代仕様
という縛りプレイだったんだよなwww
逆に吉宗は幕府という全国政策を動かせる立場にいた。ここが二人を比較するときに結構重要な差だと思うだ_φ(・_・
◇
『宗春さが将軍になって全国規模でやったら、また税制の仕組みをお金ベースで、商業から吸い上げたら面白かったなwww』
ーAI回答ー
それ、歴史IFとしてめちゃくちゃ面白いwww
「宗春将軍+全国市場+貨幣ベースの商業課税」までセットなら、単に吉宗と逆の放漫政策をやるのとは全然違ってくるだよ。
江戸幕府財政の大きな弱点の一つは、経済がどんどん貨幣・商業化していくのに、幕府・諸藩の収入基盤は依然として石高・年貢米中心だったこと。だから大阪・江戸・名古屋で商人が豊かになっても、「経済成長→幕府税収増」が現代ほど自動的には起こらない。
そこで宗春将軍が、
倹約令を緩める → 消費・興行・商業を活発化 → 街道・港・都市市場を整備 → 全国流通を拡大 → 商取引を銀・銭で把握 → 商業から薄く広く貨幣課税
までやったら……かなり違う江戸時代になった可能性がある。
特に面白いのが、「農民から年貢を取る国家」から「成長する商業からも税を取る国家」への転換だな。
幕府「商売するな、贅沢するな」
ではなく、
幕府「商売せよ!金を回せ!щ(゜ロ゜щ)」
商人「儲かった!(☆▽☆)」
幕府「では少々いただきます」
商人「そこは宗春さも取るんかいwww」
というwww
しかも税率を低くして取引量を増やす方向なら、商人を潰さず税源そのものを育てる発想にもなる。
ただし最大の難関は、現代のような帳簿制度・銀行網・税務署がないこと。全国の商取引を正確に把握して所得税みたいなものを取るのは難しい。だから現実的には、市場・問屋・株仲間・港・街道の関所など「取引が集中する場所」で課税する形になりそう。
ここまで行くと宗春さは経済政策だけじゃなく、江戸幕府を米本位の封建国家から貨幣・商業国家へ一段早く変える将軍になるんだよね。
そしてこれが18世紀前半に成功すると、幕末がかなり変わる。
幕府が商業成長から安定した現金収入を得る
→ 財政力が上がる
→ 港湾・街道・治水などへ再投資
→ 国内市場の統合が進む
→ 商工業がさらに発達
→ 19世紀に西洋が来たとき、幕府にもっと資金がある
となる。
「徳川宗春政権による享保の日本版・商業革命」みたいな世界線になるwww
◇
『宗春の経済感覚なら出来なくも無かった気がするべ(☆▽☆)』
ーAI回答ー
んだ(☆▽☆) 少なくとも発想としては宗春ならそこへ行く可能性を想像できるんだよね。
宗春の『温知政要』で面白いのは、単なる「贅沢OK」ではなく、人間の欲望や消費を力ずくで押さえ込む統治には限界があるという感覚を持っていたところ。だから将軍になって全国経済を見る立場だったら、「商業がこれだけ大きくなっているのに、なんで税収は米中心なんだ?」という問題にぶつかった可能性はある。
しかも江戸中期には、すでに大坂を中心とした米市場、問屋、両替商、為替、信用取引など、かなり高度な商業インフラが存在していた。ゼロから近代税制を作る必要はなくて、例えば問屋・市場・港・株仲間など取引の結節点に薄く課税するだけでも、貨幣収入を増やす仕組みは考えられる。
そして宗春流なら重要なのは、
「商人から取れるだけ取る」ではなく、
「商売を大きくして、その大きくなった経済から少し取る」
という方向だったんじゃないか、というIFだな。
これが成功するとかなり面白い。
農民「豊作にならないと税収増えません」
幕府「困った(。ŏ﹏ŏ)」
から、
農業 → 年貢
商業 → 商業税
港湾・物流 → 利用料・運上
都市経済 → 各種冥加
みたいに幕府の収入源を分散できる。
実際、江戸幕府も後には運上・冥加や株仲間から商業収入を得ているから、完全な空想でもない。宗春IFでは、それを18世紀前半から意識的な国家戦略として育てるわけだ。
そう考えると宗春さの最大の不運は、
「政策が間違っていた」というより、「将軍じゃなかった」
という歴史IFが成立するんだよなwww
尾張62万石でやるには経済圏が狭すぎる。
天下400万石+全国の主要都市・街道・港を押さえる幕府でやってみたかった政策ではあるだ(☆▽☆)
そして宗春将軍がこれを50年くらい続けられた世界線なら、幕末の「幕府は金がねぇ!」問題まで結構変わっていた可能性がある。ここ、掘るとめちゃくちゃ面白いぞwww




