表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【通常版】浮気され離婚した大公の悪役後妻に憑依しました  作者: もぁらす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/29

14話『トルネアへの道すがら』


「……そろそろ休憩にいたしましょう」


御者台からグレイの声がして、馬車がゆっくりと止まった。


うとうとしていたレオニスの頭が、膝の上でわずかに動く。


私が声をかける前に、彼はふと目を開けて、軽く瞬きをした。


「着きましたよ」


そう言おうとした瞬間、レオニスは静かに身を起こし――次の瞬間、何も言わずに私の身体を抱き上げた。



「えっ、ちょっ、えぇ!?」


「歩けないだろう?」



低く短い言葉。

毎度ながら……感覚がない。



「そうですけどっ!」



抗議しようとしたけれど、そのまま扉の外へ出た瞬間、夜の冷たい空気に包まれて、言葉が喉の奥で止まった。


外はすっかり暮れていて、街道沿いの小さな休憩所に焚き火の灯が揺れている。

馬の吐息が白く、夜霧がほのかに立ちこめていた。



腕の中のレオニスは、無言のまま歩を進める。

私が少しでも身じろぎをすれば、その腕に力がこもるのがわかる。



「少しすれば……自分で歩けますから」


「そうか?」


そう言いながら、彼は離さなかった。



そのまま休憩所の前に着くと、ようやく私をそっと下ろしてくれた。

温かな手の感触が、離れたあともしばらく残っている。



や、やりづらいなあ、もう。




レオニスが私を下ろすと、「少し見てくる」とだけ言って、馬の様子を確かめにその場を離れた。


冷たい夜気の中、私は石の腰掛けにそっと腰を下ろす。


火の粉がぱちぱちと弾け、灯火の橙が足もとを淡く照らしていた。


その場に残ったのは私とグレイだけになった。


焚き火の光がゆらゆらと揺れて、あたりには馬の鼻息と、薪のはぜる音だけが響いている。



「お顔色が、良くなられましたね」


「え?」



不意に声をかけられて振り向くと、グレイは湯気の立つカップを差し出しながら、意味ありげに微笑んでいた。



「ここ数日、レオニス様はほとんどお休みになっていませんでしたから」


「……」


「ですが今日は……ぐっすりと。おそらく久しぶりに“安眠”されたのでしょう。安心しました」



「……何が言いたいの?」


「いえ?」



その一言だけを残す。


穏やかな微笑み。


焚き火の灯が彼の横顔を照らし、その微笑みがどこか“すべてお見通し”のように見えて、私はなんとなくカップを持つ手に力を込めた。



「グレイって……何歳なの?」



ぽつりと聞くと、湯気の向こうで彼がきょとんと瞬いた。

焚き火の光が頬を照らして、いつもより柔らかい顔をしている。


──黒髪にほのかな白い光が混じって、整ってるけど落ち着いてる。


背筋が伸びていて、手の動きがやけに丁寧。


(……若いわよね? 三十手前くらい?)



「三十六です」


「え、意外といってた」



思わず口をついて出ると、グレイは小さく笑った。



「レオニス様とは、もう長い付き合いですので」



にっこり。と。


なにその笑顔胡散臭い。



「何でもわかってる顔してるわよね」


「奥様よりは」



どーゆー意味よ!!


知ってるわよ、原作読んでたんだから!!



「グレイって、レオニスとはいつから一緒に?」



何気なく聞いたつもりだった。


けれど、カップを口に運んでいた彼の手が、ふと止まる。


焚き火の火が、ぱちりと弾けた。




「もう、二十年ほどになります」


「そんなに……?」


「ええ。北部の前線都市で軍を率いておられた頃からです」



遠くを見るような目をして、グレイは淡く笑った。



「当時の殿下は、よく笑うお方でした。身分を隠して兵舎に現れては、若い兵たちと一緒に食堂で飯を食べ、剣を振り……雪の降る夜にも、灯り一つで報告書を読んでおられた」



(……想像通りの堅物だ)




「それが今のように、あまり笑わなくなられたのはいつ頃か……」


「あ、元々ああじゃなかったの」


「リディア様とご結婚なされてからですね」



う、わー。童貞のこじらせ愛ですか。



「好きすぎて笑えなくなったんじゃない?」


「そう思われますか?」


「そうじゃないならなんなのよ」



こちとら原作知ってるんだからね!?(2回目)





「ところで――奥様は、一体何者ですか?」



突然の切り込みに、手が止まった。

焚き火の音だけがやけに大きく聞こえる。



「……な、何を言ってるの?」


「いえ」



グレイは穏やかな微笑を浮かべたまま、こちらをじっと見つめた。


その瞳の奥が、鋭く光る。



「私の知るセレーネ様とは、ずいぶんと……変わられたように見えまして。まるで――別人のように」



背筋がすっと冷たくなる。



「わ、私は私よ」


「そうでしょうか。以前の奥様は、あれほどまでにレオニス様にご執心でいらしたのに」


「……心変わりなんて、誰にでも起こるでしょう?

あんな扱われ方してれば、誰だって愛想尽きるわ」


「まあ、確かに」


グレイは唇の端をわずかに上げて、湯気の向こうで静かに笑った。



「それが――功を奏したのですね」


「……は?」


「ローレンス家のご援助は、喉から手が出るほど有難いものでした。ですから、お二人のご関係が円満であればあるほど、私としては助かります」



焚き火がぱちりと弾ける。



「……なんなのよそれ。遠回しに何言ってるの?」


「奥様」



グレイは丁寧に一礼し、声を落とした。



「お二人が“微笑ましく”見えるという話です」




おっさん、何ゆうとんじゃい。





「残念だけど、その未来はないわ」



火の粉がぱち、と弾けた。

私の声はそれに紛れて、夜気の中に溶ける。


グレイの穏やかな笑みが、わずかに揺らいだ。



「……そんなことを言わずに」


「私がどうこう出来る問題じゃないのよ」



唇を噛み、焚き火を見つめる。

その橙の光が、私の顔を硬く照らしていた。



「まるで――未来を知っておられるような物言いですね」


「だとしたら?」




沈黙。

ふたりの視線が交錯し、炎のはぜる音だけが響いた。


その時。




「――随分と仲がいいんだな」



低く響く声に、空気が張りつめた。

振り向くと、レオニスが焚き火の向こうに立っていた。


外套の裾を風に揺らし、目だけが夜の光を映している。



機嫌悪そうすぎてびっくりする。




「大公様」



グレイが静かに立ち上がる。 



「奥様に、旅の疲れを癒やしていただいておりました」



穏やかな口調。


まるで張りつめた空気に水をさすように、彼の声が焚き火の音に溶けていく。



レオニスは黙ってグレイを一瞥し、「そうか」とだけ答えて視線を私に戻した。



「足はもう大丈夫か?」  



表情は相変わらず無愛想なのに、その声音の奥には、

ほんのわずかな安堵が滲んでいる気がした。 




「えっ?ああ、だ、大丈夫」


「のこりの道はもう不要だ」


「あ、いいの?」


「……」



わずかに眉を寄せたその顔は、どう見ても“良くはなさそう”で。


なのに、どうしてだろう。


そんな彼が少しだけ人間らしく見えて、思わず笑ってしまった。



「じゃあいいのね」




ちょっと意地悪にそういうと、すごく悲しそうな顔をするから。




「痩せ我慢するなら言わなきゃいいのに」




結局私は、残りの道中も足を痺れさせるのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ