Scene5:『ひとりじゃない水の中で』
水の中って、音がとってもまろやかになる。
どんなに激しく泳いでも、ばしゃばしゃって音がしない。
すうっ……って。
それに、光も。
水面から差し込む太陽の光は、きらきら、ゆらゆら。
まるで宝石みたいに揺れて、わたしの身体をすべっていく。
いま、わたしは——おサカナたちと、よーいどん!
尾鰭をぐっと振って、水を蹴る。
全身をしならせて、水のトンネルをすべるみたいに泳ぐ。
指先が水を裂いて、尾が水を押し出して、泡が舞う。
でも——ああっ、また抜かれちゃった!
小さな体で、ぴゅん!って先に行っちゃう、あの子。
いつも決まって勝てない、いちばんすばしっこい子。
すれ違いざま、尾をくいっと振って、小さな渦をわたしの方へ送りこんできた。
もうっ……ずるい子。わたしも、尾鰭で水をくるくるって巻き返しちゃう!
くるっと回って、尾でくるくる。
まわりのおサカナたちも、いっせいに“わーっ”て逃げていく。
それはまるで、笑いながら逃げる子どもたちみたいで——
……ぷくぷく。
口元に泡が弾ける。
水の中で笑うの、ちょっとくすぐったい。
そのまま、水面へとふわり。
空に届く寸前で、ぴたりと止まって、尾鰭をきゅっと伸ばす。
尾鰭の先に、水の膜を張って……そっと、バランスを取る。
ぴとっ、ぴとっ……水の上にそっと足を置くみたいな感触。
——よし、いける。
くるっ。
もう一回、くるっ! そして、ぴょん!
尾鰭を軸にして、水面をくるくると回る。
そのたびに、水しぶきが細かく弾けて、
青と白の光が、空と湖の間に浮かんで見える。
風は吹いてないのに、まるで風の中にいるみたい。
わたしの動きに合わせて、世界が一瞬だけ踊ってくれる。
最近、このダンスにハマってるの。
もっと上手に踊れるようになったら……飛鳥ちゃんたちに、見てもらいたいな。
……ちょっと恥ずかしいけど。
……ふぅ。
ちょっと、疲れたかも。
水の中に戻って、ふわりと背中から沈む。
目を閉じて、泡の音だけを聞く。
空の方を見ながら、手をひらひら動かして、ゆっくり、ゆっくり……。
そういえば——
さっきまで、九重ちゃんが来てくれてた。
やさしくて、ちょっとお姉さんみたいな九重ちゃんのこと、わたしは好き。
声が出せなくても、ちゃんと見てくれる人。
しっぽで「ありがとう」って言ったら、
すごくちっちゃく笑って、「かましまへん」って返してくれた。
わたしは声を出せないけど、しっぽでお喋りできる。
ふるふる、ぴた、くるんって。
ちょっとした合図みたいなものだけど……ちゃんと、通じてる気がするんだ。
今は、ひとり。
でも、前みたいに怖くはない。
……あのころは、ほんと、バカだったなあ。
誰かが来てくれるのを、ただ待ってばかりで。
湖の底で、きゅうってなって、涙も出ないくらい、孤独で、
……でも、動こうともしなかった。
今ならわかる。
あのとき、こうして、自分から探しにいけばよかったんだ。
たとえ見つけられなかったとしても、探しに行けば、違ったはずなのに。
最近は、たまに水をまとって、宙に浮かびながら、誰かのところに遊びにいったりもしてる。
この前は、ヴェルちゃんのアトリエにふらりと入って……
白い糸がふわって飛んできて、ちょっと絡まっちゃった。
ヴェルちゃんがあわてて、「えっ、ワタシのせい!?」って言ってたの、かわいかったな。
でもちゃんと解いてくれて、お茶まで出してくれた。
フィーちゃんのところでは、お花に囲まれてお昼寝したり——
目が覚めたら、フィーちゃんがそっと布をかけてくれてて、
なんだか、おかあさんみたいで……すごく、やさしい時間だった。
……少しずつ、わたしも変われてるのかな。
そんなことを思いながら、
わたしは尾鰭で水面をふるり、ふるりと撫でた。
すると——
「やっほー、水辺のエモ娘ー!」
声が聞こえた瞬間、びくっ。
思わず、尾鰭の動きが“ぴたっ”と止まってしまった。
マハちゃんだ。
ときどき、ふわっと現れて、たくさん話して、ふわっと去っていく。
「うんうん、その反応、今日もクール」
マハちゃんは、にこにこしながら近づいてきて、しゃがみ込む。
「ノーニャが……またやらかしちゃってさ。
そっちのしっぽじゃなくて、あっちの赤いしっぽごと、どこかに連れてかれた」
それを聞いた瞬間、
わたしの尾鰭は“ふるふる……ぴた…ピン!”って動く。
(——心配。でも、わかってる。行くね)
「おお、即答。愛だねぇ……」
マハちゃんがそう言うのを聞きながら、
わたしは尾鰭で水面を一度、ぴしゃんと跳ねさせた。
それは「準備完了」の合図。
すぐに、水面に転送陣が開く。
きらきらした泡がわたしの身体を包んで、やさしく持ち上げてくれる。
水しぶきの中、
わたしは——まっすぐ、大事な人たちのところへ。
……行ってきます。
——to be the next scene.




