Scene6:『金の翅に、わたしの嘘を』
黄金の髪をひとつ、胸の前に垂らして——わたしはそれを軽くすくって、耳にかけた。
ふわりと揺れた髪先が、ひとすじ光を反射して、ノートのページを照らす。
手元には、小麦粉と砂糖。
その隣に、蜂蜜の瓶と乾いたラベンダーの小枝。
振り向いた時、かすかに翅が揺れ、少しだけ鱗粉が舞った。
わたしは、ただ今日も、お菓子の配合を考えている。
優雅に見えるらしいけど、実際は意外と力仕事。
粉をふるって、バターを練って——材料たちのご機嫌をとるのは、簡単じゃない。
わたしは、テーブルの上に材料を並べながら、静かに息を吐いた。
最初に置いたのは、小麦粉。
その隣に、お砂糖。グラニュー糖と、きび糖を一緒に。
それから、蜂蜜、ラベンダー、アールグレイの茶葉——全部、わたしのお気に入り。
それをひとつずつ指先でなぞりながら、ノートにレシピを書き足していく。
バターは室温でちょうどいい柔らかさ。
今日は焼きすぎないように、ほんの少しだけ低めの温度にしましょうか。
……お菓子を作るのって、少し似ている気がする。
気持ちも、関係も、あたためすぎても、焦がしてしまう。
冷たいままじゃ、かたまってしまう。
この前——あの人が、来た。
わたしの家に。
小さな家じゃないのに、不思議と、部屋がきゅっと狭くなった気がした。
ちゃんと目を合わせたのなんて、何年ぶりだったかしら。
「許してほしい」って、あの人は言った。
その瞬間、心の奥が——
ぱちん、って、跳ねた。
水面に小石を落としたときみたいに。
……嬉しかった、なんて。口にしたら、たぶん図に乗る。
だから、別に抱きしめてあげても良かったんだけど、
まだ、許してあげない。
“パパになりたい”なんて言って、あちこちで勝手に父娘ごっこ。
みんなのところを飛び回ってる。
ほんとに、極端で迷惑な人。
わたしのところにも、そろそろ来てくれる気がしてる。
ふふ、どうやってからかってあげようかしら。
いまから楽しみで仕方がない。
お菓子の甘い香りが部屋に漂っている。——けれどいま、いちばん甘い香りがしてるのは、きっとわたしのほう。
——って、思っていたら。
「こんにちは、お姫様。
甘いレシピの研究中に、悪いんだけど」
窓辺から、ふわっと入り込む声。
振り返らなくても、もう分かってる。
「マハちゃん?」
見れば、やっぱり、あの不思議な子。
風みたいに現れて、何か面白いことを言ってくる。
「猫耳の娘が、とんでもないとこに落ちちゃってね。
お姫様の美しさと愛で、拾ってきてほしいんだ」
「まぁ……またノーニャちゃん、ですか?」
わたしは小さく首を傾けて、それから笑った。
「しかたありませんね。あの子はいつも自由ですけど、可愛くて、放っておけないもの」
指先をふわりとひと振りすると、蚕の糸が舞い上がる。
白いエプロンが、柔らかなドレスへと編み変わっていく。
花が咲くみたいに。
もう一度、指を振ると、机の上の瓶たちがふわっと浮いて、
くるくる回りながら、棚の定位置に戻っていく。
わたしのレシピノートも、ぴたりと閉じて、そっと重なるように。
「では、まいりましょうか、マハちゃん。
ノーニャちゃんが“困った子”でいてくれるのも、
わたしが“お姉さん”でいられるうちだけ……ですものね」
転送陣が、金の花びらのように光をまとい、ゆっくりとひらいていく。
蛾の翅をひらりと広げて——
わたしは宙へ舞い上がった。
今日も、ほんの少しだけお説教して、
それから、ちゃんと抱きしめてあげるつもりで。
……さあ、わたしの可愛い妹を、迎えに行きましょうか。
——to be the next act.
こうして、六人の娘たちが集結した。
風の旅人、飛鳥。
不良のゾンビ、ロメラ。
蜘蛛の縫い手、ヴェルミア。
水の静寂、アクウェリーナ。
幻想の姫、金色姫。
そして、案内人マハ。
舞台は整った。
彼女たちは、やがて神域へと足を踏み入れる。
いざ、地獄の夏イベントへ。




