Last scene:『ぬるんと抜けて、巫女に半裸で甘えたら冷たくされた件』
——ぎい……ぎい……
私は、いまだ吊されていた。
九重は、お茶を飲み終え、読書に移っている。
このままでは、格がすたる。
なので私は……静かに、親指の関節を外した。
ぐにっ
鈍い音とともに、
不自然にねじれた親指を隙間に押し込み、
ぬるんと拘束具の中から片手を抜いた。
そのまま私は、上半身をくねらせ、
ぶるんっ
まるでウナギのように、鎖から脱出した。
床に軽やかに着地し、
手のひらに刻まれた術式で足の革バンドを焼き切る。
「ふぅ……」
指の関節をグギグギと戻し、
優雅にズボンを払って立ち上がると、
視線の先に九重がいた。
彼女は、開いたままの本の上から、
じっとこちらを見ていた。
「……ぬるって抜けはった……。えぇ……?」
軽く眉をひそめて、やや本気で引いている。
その表情は、式神としてではなく、
一人の女としての“生理的反応”だった。
しかし、私は気にしない。
くるりとその場でひとつ回って、
ぴたりと彼女の前に立つ。
ちなみに、上半身は裸のままだ。
「そういえば九重。
お前にはまだ私を、
“お父さん”と呼ばせていなかったな」
九重が、きょとんとした。
私は、朗々(ろうろう)と告げ、両手を広げた。
「さあ、遠慮はいらない。
私のことを、お父さんと呼んで、
思うさま甘えるといい。
父はすべてを受け止めよう……!」
《たおやかな巫女に向かって上半身裸で両手を広げるその所作は、“父”どころか、“ただの変態”だ》
九重は、すん、と鼻で笑った。
それは、少し呆れたような、
しかし、ほんのり優しい笑み。
「まぁ、そりゃウチは、旦はんの式神やさかい。
命令されたら“お父はん”やろうが、
“お祖父はん”やろうが、なんぼでも呼ぶけどな」
すっかり冷めた茶をひとすすり。
「……式神、しかも年回りで言うたら、
ウチの方がずっと上やのに」
「旦はんくらいの歳やと、ウチにとっては……まあ、
乳飲み子の延長みたいなもんやなぁ」
「そないなウチに、“お父はん”て呼ばれて……。
ほんまに、嬉しおすのん? 本気で?」
「もちろん。うれしいが? なぜだね?」
九重は、ぴたりと動きを止めた。
——その後。
ゆっくりと、狐面をずらすように頭にかけたまま、
その奥の目が、言葉にできない表情を浮かべていた。
「……ウチ、たぶん今、
心の奥の何かが“シン……”って冷えてしもたわ……」
私は微笑んだ。
「それはつまり、“ヒンヤリ涼しい愛”ということだな」
「ちゃいまんがな」
九重のツッコみ。
それは、いつもの上品な京ことばでなく、
コテコテの大阪弁だった。
語彙が関西方面で迷子になったらしい。
──to be the epilogue.




