Scene9:『白檀の香と2m引いた巫女』
私は、瞳を閉じたまま、そっと呟いた。
「ふふ……この家族の中心に立つ者。
それこそが、“父”という存在なのだ……!」
九重の声がしたのは、その直後だった。
「……ほんま、手ぇかからはる子やわ」
私は目を開けた。
現実世界では、九重が狐面越しに覗き込んでいる。
「さっきから、ずっとお茶持ったまーんま、
ぴくりとも動いてはりまへんでしたえ」
「……口もポカンと開いたままで、
ニヤニヤ笑うてブツブツ言うて……
それ、なかなかホラーでしたわ」
「ふむ、想像というものは、
かくもリアルに感覚を欺くのだな。
いやはや、脳は面白い」
「……ウチも大概、
いろんな御霊やら物の怪やら見てきましたけど、
さっきのご主人はん、
だいぶ“憑かれてた”ように見えましたえ?」
私は、苦笑した。
「ふっ、九重よ。君はまだわかっていないようだ。
これは“幻視”ではない。これは、いつか実現する
……約束された未来だ」
「……はぁ、さよか」
九重は、私の横に椅子を置いて座り直し、
首を少し傾けて、斜めに私を見る。
「それにしても、さっきの妄想、
ウチもちょいちょい登場してたみたいどすな?
なんも言わんと甘えさして、とか……」
私は、うなずいた。
「ふふふ……それが、父娘の理想形だからな。
面倒見の良さ、知性、年上の余裕。
さらに、色気まで兼ね備えた“最上級お姉ちゃん”、
それが君だ」
なんの迷いも無く言い放つ
九重の表情が、ふと止まった。
「……あんなぁ」
すっ……と椅子ごと2mほど後退した。
「こういうの、遠くで見てるぶんにはともかく……
付き合わされる娘はんらは、ほんま、
たまったもんやないな……」
白檀の香が遠ざかっていく。
私は、ほうと一息つきながら、ぽつりと呟いた。
「ふふふ、やはり娘という存在は……奥が深いな……」
そして私は、ゆっくりと立ち上がる。
「さて。今日も活動記録の……。いや、正確には、
"娘たちとの愛の軌跡”の編纂作業に移るとしよう。
あと、家計簿もつけねば」
私は作業机へと歩いていった。
——to be the next act.




