Last scene:『残業しっぽ、定時ビンタ』
『偽物の方が圧倒的に価値がある。 そこに本物になるという意思があるだけ、偽物の方が本物よりも本物だ』-「偽物語」より引用
偽物か本物かなど、私にとっては些細なことである。
本物語パパも偽物語パパも、両方ともパパだからだ。
焚き火の明かりが、
乾いた砂利にちらちらと揺れている。
その前で、アクウェリーナは立っていた。
腕を組み、顎をわずかに上げて。
その視線は、あまりにも冷たい。
焚き火の光が、下からその顔を照らす。
頬は焚き火を反射して淡く朱に染まり、
長い鼻筋が落とす影が、目元にかかる。
私は正座をくずすこともできず、
砂利の上でじっと、その尾を見つめた。
チクチクとした砂利がヒザに押し付けられ、
地味に痛い。
——彼女の尾が、ゆっくりと動いた。
空気を裂くように、“ひゅん”
"ぺしっ……ぺしっ……!"
尾鰭が背中に叩きつけられる音が、
焚き火のリズムにかぶさるように響く。
私は、もはや言葉を発する事もせず。
ただただ、背中で娘の愛を受け止める。
——これは無言のコミュニケーションである。
ウェーリーは、腕を組んだまま立っていた。
その顔は冷ややかで、
どこか、面倒ごとにまき込まれた事務員のようだ。
『またこの仕事か……』という顔だが、
妙に手慣れているのが怖い。
目は完全に見下しモード。
あきらめを超えた呆れ顔で、
焚き火越しに私の顔をじっと見ていた。
その白い肌に、赤い炎の揺らめきが映っていた。
私はただ、その光の動きを静かに追っていた。
——尾鰭捌きは、明らかに“知っている”動き……。
いや、彼女がそれを知っているはずはない。
だが、とりあえず、
フォームが美しすぎるのは事実である。
基本姿勢。鞭打ちの間。
打ち所。間にはさむ素振りのタイミング。
すべてを網羅した、
まさに“お作法”に完璧に則ったムチ捌きだ。
《この男も、その“お作法”とやらを本来知っていてはいけない》
私は、彼女の動きを静かに観察していた。
焚き火の赤が、彼女の胸のふくらみを、
下からゆらゆらと照らしていた。
影が、輪郭をなぞるように揺れる。
一瞬ごとに、膨らみの奥行きが強調されては、
ふっと闇に消える。
そのまま光は、嫋やかなくびれへと落ちていく。
——再び、しっぽが大きく振り上げられる。
“ぺしっ”
「ぐふっ!?」
反射的に背を丸め、私は小さく呻いた。
尾の一撃は、容赦なく肩甲骨の間を撃ち抜いてくる。
そして、ちらと横目でウェーリーの顔を見た。
……そのときだった。
……あれ? この娘、頬を紅潮させてないか!?
おしっぽプレイに、まさかの高揚感を!?
《本人は、いつも通りの無表情。
だが、焚き火の灯りが頬に写り、そう見えてしまう》
「ア、アクウェリーナ!? おまえ、
だんだん楽しくなってないか!?っうっ!!」
最後の一打を、“ぴしゃり”と決めたウェーリーは、
尾をゆっくりとたたみながら、
静かに地面へ滑り込むように体勢を変えた。
「うおおっ!?今の一撃、語尾に句点ついてた!」
「絶対“ふう、やれやれ、終わった”って
意味のやつだろ!?」
ふう、と息を吐き、
ウェーリーは満足げに腕を伸ばして
背中をバキバキと鳴らす。
『うん、今日の業務も完了っと』とでも
言いたげなその動き。
ついでに、構造上出ないはずの汗を、
手の甲でぬぐう仕草までつけてくる。
——これは……完璧な“一仕事終えた顔”!!
それは精霊でも人魚でもない。
"残業を終えて、退勤前に一服"、なOLのそれだ。
《だから、この世界観でOLが出てはいけない》
……ああ、なんと美しいやりとりだっただろうか。
私は、涙を浮かべながらそっと口を開いた。
やはり私は、間違っていなかったのだ……!
尾鰭が“ぴと”と私の背中に触れる。
何かを伝えようとするように、
ぽん、ぽん、ぽんと三回、優しく叩いた。
「なるほど、アクウェリーナよ……
おまえは、今、確かにこう言ってくれたのだな……」
「『ありがとう』、『お父さん』、
『わたしは、もう一人じゃない……』……と」
《『もういい』、『諦めろ』、『帰ってくれ』、の三連コンボだ》
私は、その真意を受け止めた。
やはり、そうでなければならない。
父とは、子の心を感じ取る存在なのだから。
「私は、アクウェリーナのしっぽ語を
飛鳥と同等にマスターした……」
私は拳を握りしめ、焚き火を見つめた。
「……いや、むしろ飛鳥は、先程の私たちのような
激しい痛みを伴う対話をした事は
無いのではなかろうか?」
《あるはず無い。あったら怖い》
ならば、私はこの瞬間をこう名付けよう。
——魂の会話と……。
それは、言葉を超えた対話。
愛と理解に満ちた、父と娘の儀式。
それを経た私こそが、
アクウェリーナの最も深き理解者である。
誰よりも、飛鳥よりも、この娘を“知っている”。
「これはもう、“公式パパ”認定といって
差し支えないだろう」
《なぞの認定機関が創作された》
私は誇らしげに胸を張った。
なぜなら私は、私だけの父の形を得た
そして、それを正しいと信る強さを、私は得た。
……これは愛だ。たぶん。
愛じゃないなら、じゃあ何なんだ。
焚き火の向こう側
ウェーリーは、少しだけ目を細めていた。
それは、理解者を得た孤独な娘の、
喜びの眼差しだった……。
《実際には、伝えることを諦めた者の静かな微笑みである》
──to be the epilogue.
私は、しっぽに殴られていた。
焚き火の前で、正座のまま、無言の娘にペチペチと。
だが待ってほしい。これは辱めではない。
これは父としての、昇格試験である。
——そして今、私は悟ったのだ。
娘の心は、しっぽに宿る。
ならば私は、それを背中で読み解く唯一の男。
……つまり、飛鳥を超えた“おしっぽ語”の使い手である。
——次回。
Epilogue:傷ついた父は、癒しを求める。
——
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もし書いてくださったら、作者がひと晩くらい「まだ生きてていいかな」って思えます。




