Scene8:『ぺしぺししたい、お年頃です』
『痛みを伴わない教訓には、意義がない。
人は何かの犠牲なしには、何も得ることはできないのだから』-「ハガレン」より引用。
——しかし、痛みを伴って得た教訓に、常に意義があるとは限らない。
そんなもの、誰も保証してくれないからだ。
焚き火のぱちぱちという音が、
夜の湖畔に響いていた。
私は、びしょぬれの白衣を石の上に広げつつ、
己の言動を省みていた。
「……反省すべき点は、多々ある」
神妙な顔で、私はうなずいた。
「まず、飛びすぎた距離感。次に、強引すぎた言葉。
最後に、早すぎた家族化。うむ……誤算だ」
「やはり“娘とは3日かけて懐かせるもの”
という格言は真理……」
《そんな格言はない。しれっと捏造した》
「だがしかし!」
手をギュッと握り、私は立ち上がった。
「すでに我々の間には、"おしっぽ語"による
コミュニケーションが存在している。ならばっ!!」
——そのときだった。
“ぺしっ”
空気を裂くような音が、地面に跳ね返った。
私は、肩をびくりと震わせた。
脊髄に、冷たい感覚が走る。
視線を向けると、そこにはアクウェリーナ。
その尾鰭は……見慣れぬ形状に変化していた。
異様に細く、長く。
まるで一条のムチのように。
「……えっ?えっ?……なに?」
“ぺしっ”
尾が、もう一度、湖畔の岩を叩いた。
私は静かに正座した。
私は悟った。
この尾の動きには、はっきりとした意味がある。
【おまえ、ちょっと調子に乗りすぎたぞ】
なんという鋭い意思表示。
まるで、言葉が聞こえたかのようだ。
「うむ、娘よ」
私は、坐を正す。
「そうか……! これが“娘に怒られるお父さん”!
さあ来い!アクウェリーナッ!」
アクウェリーナは無言のまま、
尾を私の背に振り下ろした。
“ぺしっ”
その音が、まるで式典の祝砲のように響いた。
「ぎゃっ!? 今のは……
今のは絶対、許しちゃいない感じだな!?」
焚き火の赤い光が、
ウェーリーの横顔を下から照らしていた。
無表情の顔に、明滅する光と影がゆらゆらと踊る。
“ぺしっ!”
“ぺしっ!!”
容赦なく、しなる尾が二度、
頬と脇腹を打ちすえる。
私は静かに手をグッとにぎりしめた。
焚き火の揺らめきの中、無言で“しばき”を繰り返す
アクウェリーナの背に、私は確信を抱いた。
これは怒りではない。
これは語りかけだ。
「つまり、これはまさに…おしっぽプレイ…!!」
《“おしっぽプレイ”、パワーワード爆誕だ》
「この娘は今、痛みによって、
私に、言葉では届かぬ想いを伝えているのだ!」
《ふつうに怒ってるだけだ》
「ふっ……そうか、そうだったのか……」
私はピシッと正座したまま、しみじみと呟いた。
「アクウェリーナ、
我々は、言葉などいらぬ関係に至ったのだな!」
《いや"今すぐ誰か言葉で説明して”と願っている》
私は静かに笑った。
「……ありがとう、娘よ」
焚き火の光が揺れた。
その向こう側、ウェーリーの尾鰭。いやムチが、
ひときわ力強く振り下ろされる。
"ぺしんっ!"
「……いたっ!!」
——to be last scene.
しなる尾が、頬を撫で、脇腹を貫いたとき——
私は悟った。これは痛覚を通じた共感、
すなわち“おしっぽによる魂のラブレター”である。
……視界の端が、ちょっと光ってる気がするが、きっと焚き火のせいだろう。
——次回予告。
Last scene:残業しっぽ、定時ビンタ。
——
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