刹那的世界観をカンバスに。―シンデレラ
始業時間。私も日々はフレキシブルと言えど、仕事の始業時間と言うものがある。始業時間に間に合う様に、朝起きて、弁当を作り、身だしなみを整え、家を出る。さあ、仕事の時間だ、とこう言うわけである。
シンデレラは12時の鐘が鳴るまでしか魔法は効かない。12時。ダンスはおしまい。さあ、また労働の時間だ、とこう言うわけだ。シンデレラというその名の通り、灰をかぶって働く女の子に戻るのだ。
シンデレラのお話が生まれた近代は、その象徴に、時計、時を告げる機械が登場する。時の刻みと、労働とは近代を象徴するものと言えそうだ。近代は時間の発見、と言えそうな例に、『睡蓮』の連作を描いた、画家のモネがいる。
それまで遠近法と言う、絵画に空間を描くのに懸命だった時代から、モネはカンバスに時間を描こうとした。外界の光を描くモネは、見え方が時間で変わってしまうことに気づいた。光と影とは三十分も経てば移動してしまう。刹那的世界観をカンバスに。モネは連作をすることでそれを描こうとした。
写真のはしりにもなるモネの絵は近代人の、なんとも忙しい姿が見えてきそうだ。
早く帰らないと! 焦って帰るシンデレラはうっかり片方の靴を落としてしまう。そのおかげで、王子様と再会する手立てとなったわけだが。時計を見て、焦る姿は、現代の働く人々や学生の姿にも通ずる。職場に遅刻するわけにはいかないですから。
忙しなさの時代を生きている、シンデレラやモネを思うと、毎日、忙しくくてもちょっと慰められる気持ちになる私。同士というものね、とこう言うわけです。




