夏の道具。夏の風景を切り取って絵みたいに飾る。
ん? 蚊が飛んでるね。蚊取り線香焚く?
娘が怪訝そうに空中を見つめ、ぱちんと両手を叩く。仕留められなかったらしく、私の方に寄ってきて「焚こう、焚こう」言う。私は棚の扉を開ける。蚊取り線香とマッチと、蚊取り線香を吊るす受け皿と。道具を揃える。
私は蚊取り線香が好きだ。道具も、この渦巻きの形も、香りも好きだ。夏だ、という感じがするし、蚊を退治してくれよ、という期待感もあってわくわくする。
蚊取り線香をがそごそ取り出して、家族みんなが頭を寄せる。「誰がマッチを摺る?」なんて取り合いだ。結局、兄がその役目をゲットして、みんなで見つめて、「ああ、失敗⋯」なんて言ったり。
結局、私が点ける。マッチを摺った時の硫黄の匂いもいいし、蚊取り線香に付いて、赤い火の点と、そこから立ちのぼる煙に夏を感じる。
きょうだいたちが小さな頃は、「おばあちゃんのうちの南無みたいだね!」と言って二人して蚊取り線香に向かって手を合わせていた。「チーンはうちにはないの?」と言っていた息子のあどけない表情は懐かしい。
蚊取り線香は、かつて蚊遣り火と言われていた。蚊取り線香の渦巻き状でなく、棒状の線香だった。俳人の正岡子規は蚊遣り火を題材に俳句を残している。
「留守の家にひとり燃えたる蚊遣哉」
ぽかんとした淋しい空間に燃える蚊遣り火。赤く燃える火だけが生きた表情で、静謐さに際立つ。我が家で蚊取り線香を焚く時は、いつも賑やかな光景の中と言えそうだが、子規の俳句は、なんとなく孤独で、夏でも晩夏といったような感じだし、夜というより夕暮れ時を描いているような郷愁が漂う。
夏の道具。夏の風景を切り取って絵みたいに飾る。生活に漂う夏の香りに、暑さも堪能してやるか、と。
部屋に漂う残り香も愛おしく。




