六話 幻の向こう側
二人が城に入ってからは、実に慌しい日々が過ぎた。
国王には感謝されたが、うっかりすることをしてしまったと告白すると、五人の王子と揃って殺気を向けられたり、ラスが乱入して父や兄達をなだめたり、という騒動があったり。
ちゃんとドレスを着せること、という条件をつけられたり。
ついでに、宮廷魔法師として働け、と実にいい笑顔で脅迫されたり。
さらにただの魔法師では姫を娶れないから、もちろん爵位も継ぐよなといわれたり。
ニルヴェルヘーナでの修行などとは比べ物にならないほど、慌しく忙しく、肉体的にも精神的にも疲れ果てる時間が流れた。耐えられたのは、夜はラスと一緒にいられたからだろう。
新婚間近の二人が右往左往する一方、町では二人の馴れ初めが面白おかしく、若干というには少々オーバー気味に脚色されて、国民の間で広く知れ渡っていた。
曰く姫様のお相手は、見目麗しくそして強い魔法使いだと。
その愛は何を前にしても揺るぎなく、神さえも引き裂けないほどの強さだと。
なお、それを知ったラスはひどく恥ずかしがってフィールを避け、我慢の限界を超えた彼に屋敷へ連行されたりしたが、それさえもやはりほほえましい物語として広まったとか。
■ □ ■
「ところでさ、どうしてファリなのに好きになったわけ?」
一通りやることが終わり、屋敷に戻ったフィールはある夜、ラスに尋ねた。
実はずっと気になっていたのだ。最初の頃、フィールはファリという名前の魔女で、見た目は完璧に彼女と同年代程度の少女だったはずだ。間違っても男には見えなかったはずである。
にもかかわらず、どうしてラスはフィールを好きになったのか。
自分が彼女を好きになるのはともかく、とフィールはとても疑問に思っていた。
問われたラスは少し考え、なぜか恥ずかしそうに頬を染める。
「えっと、何となく……だと思うの」
「は?」
「何となく、好きだなぁって。直感って、ヤツなのかも」
「……そう」
さすが魔法大国のお姫様。
いろいろと侮れないところがあるなと、フィールは改めて思った。
けれど、悪い気はしない。ファリという幻の向こう側にあるフィールを、見ていてくれたのではないか、という自惚れに、少しの間浸れそうだったから。
捕まってはいけないと、かつて離れた時に思った。
でも、捕まったのはきっとフィールだ。
このお姫様に、魔女だった彼は絡めとられて、逃げられなくなって。これまで長い時間をかけて積み重ねてきたファリ・ニルヴェルヘーナという、大切な仮面さえも壊された。
けれど、ファリという魔女のままでは、王女を娶ることはできないから。
後日、出来ればラスを伴って、ニルヴェルヘーナの里に帰ろう。親代わりだった師に、最愛の彼女を紹介したい。そして言わなければならない。自分は魔女にはなれないと。
――ボクは、ただの貴族、ただの魔法師になろうと思います、師匠。
幻術なんてものともせずに愛してくれた、可愛いお姫様と生きていくために。
いつの間にか眠ってしまった愛しい姫君に、フィールは囁く。
「愛してるよ、ラス」