エピソード3:高校時代3ーれんとの別れー
『エピソード3:高校時代2』の続きとなります。
れんとの約半年間…何をしていただろう。
私がメンヘラになり困らせたことが数度あるのは覚えている。
デートというデートは、覚えている限り大阪の海遊館くらい。
しかしそれも私の機嫌が悪くなり、帰ってきた記憶がある。申し訳ないね…本当に。
前述したが、私は某飲食店でアルバイトをしていた。それもいつの間にか辞めていて。
そして高卒が取れないと察した私は、将来に役立つ資格を取ることにした。
選んだのは介護の資格、『介護職員初任者研修』。
将来食いっぱぐれることはないだろうという理由で介護の資格をとることにした。
ただ、一人で受講する勇気がなくれんも誘って一緒に通うことにした。恐らく17歳の頃かな。
受講当日、私とれん。また他に青年が一人とおばさま方が三人ほどいた記憶がある。
その六人が同級生であった。しかし青年一人は途中リタイア。
資格を取るのにどれくらいの期間がかかったかは覚えていないが、せいぜい3か月というところだった気がする。
その間、私はコンビニ。れんはドラッグストアでアルバイトを始めていた。
れんのバイト終わりによく、自転車で迎えに行ったことを覚えている。
転機が訪れたのは、高校三年生の年の3月頃だっただろうか…。
私は運悪くインフルエンザに感染してしまった。れんはそんな私を看病してくれていた。
熱にうなされる中、れんが「ゴミを捨ててくる」と部屋から出て行ったのを覚えている。
私はそのまま眠りについた。
次に目が覚めた時、れんはいなくなっていた。私の家から去っていた。
置き手紙だけを残して。
家中、れんの物がないかを探した。泣いた。
後から聞いた話だと、学校の都合で丁度帰る時期だったらしい。
電話を掛けた。
「なんでなにも言わずに帰るの…?」
れんは言った。
「言ったら帰らないでというだろう」
その通りだっただろう、私たちはある意味共依存していたのだから。
そして、別れた。今思えばくだらない『喧嘩別れ』。
着信拒否され、気が狂いそうだった。
腕を切り、薬をODした。そんな日々の繰り返し。
一人で寝ることすらできなくなった。
二階の自室のベランダから飛び降りてしまいそうで、夜は母の部屋で母と眠った。
食べ物すら受け付けなくなり、初めて母の方から精神科を提案された。
その精神科で初めて私に病名がついた。『社会不安障害』。
精神薬を出された、レクサプロだったかな…。あとは眠剤、ベルソムラ。
それでも私の感情の波は収まらず、病院帰りに母に薬局に寄ってもらいこっそりOD用のブロン等を買い占めていた。
ODする、落ち着く、気分が悪くなる…吐く。それの繰り返しだった。
吐くことを心配され、また精神科に連れていかれた。
主治医にだけはODしていることを正直に話したが、何を言われたのか覚えていない。
とりあえず、レクサプロを半錠にすることになったのは覚えている。
そんな日々を繰り返し…時間薬というものでしょうか、私も落ち着きを取り戻しました。
ご飯も食べられるように、夜は自室で眠れるように…いつの間にかね。
そして私はまた’’Skype’’を再開しました。またかよ、というツッコミは自分でしておきます。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回、『エピソード4:上京編』に続きます。




