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転生魔導士は物語の始めにしか出てこない  作者: 空腹原夢路


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第二幕

役員との面談が月に一度だけある。


儀式で召喚する勇者についてのすり合わせ、人員の調整や、術式の維持にかかった経費等。これらを記録した書類を持って、ギルド長と俺が王宮に出向く。本来なら第二位の俺が出向く必要はないのだが、書類の作成は俺がやっている。質問されたら答えられるのは俺だけだ。だから俺もついていく。


その日も、いつも通りだった。


王宮の財務官庁の応接室。革張りの椅子。机の上には、俺が二週間かけて作った書類が並んでいる。向かいの席に、ザイグが座っていた。


ザイグは三十代後半の貴族だ。財務官庁の中堅役員。痩せ型で、目つきが悪い。鼻が高く、顎が尖っている。いつもツンとするほど強い香水の匂いがする。その香水の匂いが、俺は嫌いだった。


ザイグは書類を受け取った。一頁ずつめくる。指の動きに無駄がない。表情も変わらない。


「増員希望と予算の追加ですか」


ザイグは書類のその欄を、指で軽く叩いた。


「これは何故です」


「第十二位の魔導士が死亡しまして」


俺が答えた。「補充の魔導士が必要となります。採用と訓練のための予算を」


「そもそも、なぜ死亡したのです」


ザイグは、同じ書類の別の頁を見ながら言った。


「儀式後の魔力欠乏症です」


「業務中の事故ですか」


「業務上の責任は」


「魔力欠乏症は本人の体質によります。ギルドの管理責任ではありません」


ガレオスが慌てて口を挟んだ。


「結構」


ザイグは頷いた。それから、書類を机の上に並べ直した。


「今回の申請内容」


「はい」


「却下します」


ザイグはそれだけ言って、印を押す動作に入った。


「増員は、ギルドの内部で探してください。それなら、費用はかからないでしょう」


「しかし──」


俺は身を乗り出した。「ギルドの内部に、補充できる人材はおりません。無属性の魔導士は数が限られております。外部から募るには、それなりの費用が」


ザイグは印を押す手を止めず、顔も上げなかった。


「予算は据え置きで決定しております。決まりですので」


「決まり、というのは」


「決まりは決まりです」


ザイグはようやく顔を上げた。表情は変わっていなかった。


「そもそも、貴殿らは戦闘に参加できない落ちこぼれでしょう」


雑談の調子だった。書類の不備を指摘する時と同じ声で、ザイグはそれを言った。


「戦場に出られぬ無属性の魔導士が、塔に集められて、儀式の時だけ必要とされる。ただの起動装置です。その起動装置を押して、勇者を呼ぶ。それで仕事は終わりです。スイッチが値段の交渉をするのは、おかしいでしょう」


「……」


「ご理解いただけましたか」


ガレオスが、深々と頭を下げた。「もちろんでございます。ザイグ様の仰る通りで」


「結構です」


ザイグは書類を一枚抜き取り、印を押した。「では、来月もよろしく」


ガレオスは、もう一度頭を下げた。俺は、頭を下げなかった。下げ忘れた、というほうが正確かもしれない。ザイグの「スイッチ」という言葉が、俺の喉の奥に詰まっていた。


俺たちは部屋を出た。長い廊下を歩きながら、ガレオスはずっと俯いていた。何も言わなかった。俺も何も言わなかった。


王宮の門を出て、坂道を下りる。夕暮れだった。秋の終わりで、空気が冷えていた。


「すまんな」


ガレオスが、ぼそりと言った。


「お前にも、苦労をかける」


「いえ」


「ザイグは、まあ、ああいう人物だ。気にせんでよろしい」


「はい」


「これも務めだ。我慢してくれ」


「はい」


ガレオスは、塔の方角ではなく、自宅の方角へ歩いていった。今日はもう、塔に戻る気力もないらしい。俺は一人で、坂道を下り続けた。


夕暮れの石畳。馬車も人通りもまばらだ。俺の足音だけが、規則正しく響いていた。


スイッチ、か。


俺は呟いた。


「スイッチが、値段の交渉をするのは、おかしい、か」


胸の奥が、妙に静かだった。怒りでも、悲しみでもなかった。何かが、ようやく定まったような、奇妙な静けさだった。


ザイグは、悪意を持って俺たちを「スイッチ」と呼んだのではなかった。装置の機能を説明する時と同じ声で、ザイグはそれを言った。それが一番、堪えた。


千年。


千年、俺たちは、王家のためにこのスイッチを押し続けてきた。押すたびに、王家所属の侍女の子が一人増える。その子は十六で戦場に出され、戦果をあげれば領主になる。王家の血筋ではないが、王家の周辺は、力のある貴族として地に根を張る。王家は、王家であり続ける。


俺たちが押してきたスイッチが、王家の権威そのものを支えていた。


それを、王家は、知っている。知っていて、なお、俺たちを装置の機能を説明する時と同じ調子で「スイッチ」と呼ぶ。


「……いっそ」


俺は呟いた。


「いっそ、俺がなってやろうか。転生者にでも」


足が止まった。


風が止まった。


──待てよ。


俺は、ガレオスがいじっていた節を、頭の中で思い返した。古代語の助詞一つ。あの一文字で、第十二位の若手は死んだ。ガレオスは、自分の都合で術式を書き換えた。千年続いてきた術式に、自分の保身のために手を入れた。


そうか。


そんな簡単なことを、俺たちは何も考えずに従っていた。それこそ、装置のように。スイッチと言われても仕方ない。


転生魔法を、俺自身に使えばいい。


『最も近き胎に、誇り高き勇者の魂を宿らせよ』


書いてあるのは「勇者の魂」だけだ。「異世界より」とは、書かれていない。何を勇者と指定するかは、術者が決められる。指定は、術者が心の中で唱える真名で行われる。


俺の真名で指定すれば、それで済む。誰も試したことすらない。


これを、俺一人で、誰にも知られずに行う。


転生魔法は、本来、術者一人でも発動できる。一人で発動すれば術者は死ぬ。だから十二人で分散する。それが慣習だ。


だが、転生するのは俺だ。術者の死など、なんの問題もない。


そして、もう一つ。


塔で儀式を行うのは、王宮の王妃や王女の胎に魂を宿らせないためだ。塔に侍女を呼んで、塔の中で「最も近き胎」が侍女になるように、千年、王家は制御してきた。


つまり、その逆をやれば良い。


塔から侍女を遠ざけ、王宮内で妊娠中の王女だけが残る状況を作って儀式を行えば、王女の胎に魂が宿る。王女の子になれる。


そして、今、王女は妊娠している。


こんな絶好の機会は、もうない。


俺は、坂道の真ん中で、声を出して笑った。


人通りはほとんどない。馬車屋の主人らしき男が、不審そうに俺を見て通り過ぎた。構わない。俺は笑い続けた。


笑いが、収まらない。


千年、王家は、自分たちの血筋に勇者の魂が宿らないように、わざわざ塔を建て、わざわざ侍女を住み込ませ、わざわざ儀式の時にだけ侍女を儀式の間の中央に立たせてきた。鉄壁の防御だ。賢い。実に賢い。


ところが、その鉄壁の防御を成立させているのは、ギルドの段取りだ。塔の鍵を握る者が、侍女ではなく王女を「最も近き胎」にしてしまえば、鉄壁の防御は、その瞬間に裏返る。


塔の鍵を握る者──それは、ギルド長だ。


俺は、笑いを収めて、頭の中で計算を始めた。


ガレオスは今年で七十一だ。あと数年は粘る。だが、儀式の負荷は、第一位に集中するのが本来の仕様だ。俺が補助役として、自分の魔力を多めに乗せているから、ガレオスは生きていられる。


第十二位の負担を増やしている今の術式を元に戻し、俺が補助をやめれば。


「……」


俺は、立ち尽くした。


ガレオスを殺せる、と気づいた。


詠唱の中で、俺が自分の魔力を本来の第二位の分担量に戻す。それだけで、負荷は第一位──ガレオスに集中する。ガレオスの老体は、本来の第一位の負荷に耐えられない。儀式後の魔力欠乏症で、ガレオスは死ぬ。


俺がやることは、ガレオスがやってきたことの、逆向きの一手だ。ガレオスは第一位の負荷を末端に逃した。俺は、その逃げ道を塞ぐだけだ。俺は術式を元に戻すだけだ。それだけで、ガレオスが第十二位に流していた余分な負荷も含めて、全部、ガレオス自身に返る。


第二位の俺は、ギルド長に繰り上がる。塔の鍵を握る。


そして、王女の胎に、俺の魂が宿る。


王家の鉄壁の防御は、内側からは、何の防御にもなっていない。


俺たちをただの装置としか見ていない奴らに、こんなことは想定できない


俺は、自分の足元を見た。坂道の石畳が、夕日に赤く染まっている。


ここに気づいたのは、俺一人だ。


千年、ガレオスも、王も、貴族たちも、誰一人として気づかなかった。気づかないまま、千年、装置を回してきた。気づかないまま、千年、俺たちを「スイッチ」と呼んできた。


千年の鉄壁を、俺一人が、坂道で、たった今、見破った。


俺は、また笑った。


笑いながら、塔の方角へ歩き始めた。坂道を下り続けた。


塔に着いた頃には、夜になっていた。俺は自分の部屋に直行し、書棚から魔導書を取り出した。古い羊皮紙の本だ。表紙が擦り切れている。


俺は震える手で、魔導書を開いた。


『最も近き胎に、誇り高き勇者の魂を宿らせよ』


俺は、夜が明けるまで、魔導書を読み続けた。計画を完璧にこなすために。


俺自身を、勇者として、俺の真名で指定し、王女の胎に宿らせる。


俺は、魔導書から顔を上げた。


王女が産む最初の子は、次期王だ。


俺が、次期王。


王家は、千年、自分たちの血筋に勇者の魂が宿らないように防御してきた。王家の血と勇者の魂は、別のもの。それが王家の鉄則だった。


ところが、その鉄則を破った瞬間、何が起きるか。


王家の血を引き、勇者の能力を持つ存在が、次期王になる。


そして、その存在の正体が「元・塔の第二位の魔導士」だとは、誰も知らない。儀式は深夜、俺一人で行う。誰にも見られない。誰にも記録されない。


俺は、机に肘をついて、額を押さえた。指の隙間から、笑いが漏れ続けていた。声を抑える気もなかった。塔の他の部屋には誰もいない。隣の部屋の住人は今月、王宮への遠征で出払っている。


俺は、夜が明けるまで、笑い続けた。


まずはガレオスを片付ける。次に、塔から侍女を遠ざける名目を作る。それから、儀式の日付を選び、深夜に独りで塔に登る。


そして、俺は王女の胎で育ち、王女の腕で乳を飲み、王宮の絹の寝台で眠る。スイッチ扱いされていた男が、王家の系譜の真ん中で、誰にも気づかれずに、毎晩眠る。


それだけで、もう、滑稽だ。

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