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転生魔導士は物語の始めにしか出てこない  作者: 空腹原夢路


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3/3

第三幕

急がなければならなかった。


王女の懐妊は、噂で耳にした限り、三ヶ月目くらいということだ。出産まで残り数か月。その間に、ガレオスを片付け、ギルド長に繰り上がり、塔から侍女を遠ざけ、王女を呼び出して、儀式を実行する。


俺は、翌月の儀式から、負荷の調整を始めた。


第二位として、本来の分担量よりも多めに乗せていた魔力を、少しずつ、本来の量に戻していった。一度に減らせば、ガレオスが警戒する。気づかれない範囲で、しかし、確実に。


ガレオスは、最初の一回は気づかなかった。儀式の後、いつもより疲労が重いと感じていた様子はあった。だが、年齢のせいだと思い込んでいた。


二回目の儀式の後、ガレオスは咳き込むようになった。魔力欠乏症の初期症状だ。俺は、ギルドの薬棚から、回復用の魔力剤を彼に手渡した。「お身体に障りますので」と言って。


ガレオスは「すまない。歳には勝てんな」と全く警戒はしていない。


俺が渡した魔力剤は、量を半分に薄めてあった。回復は緩やかになる。だが、ガレオスは気づかなかった。


三回目の儀式の後、ガレオスは三日寝込んだ。


俺はその間、ギルドの運営を実質的に取り仕切った。書類はもともと俺が作っていた。ザイグとの折衝も、ガレオスに代わって俺が行くようになった。ザイグは、俺に対する態度を、わずかに変えた。「ガレオス殿のご容態は」と尋ねるようになった。心配しているのではない。次のギルド長候補として、俺を品定めしているのだ。


四回目の儀式が始まる前に、術式を元に戻した。


これで、急ごしらえで第十二位に流れていた負荷も全て、ガレオスにかかるようになる。


そして、ガレオスは儀式中に倒れた。


俺は、第二位として、即座に対応し、儀式を完遂させた。倒れたガレオスは、儀式の間の隅に運ばれた。儀式中、出入りは一切禁止されているからだ。


その夜、彼は自宅の寝台で息を引き取った。


王女の懐妊から、四ヶ月が経っていた。


葬儀には、王宮から五名の役人が参列した。ザイグの姿もあった。「長年のご功労、誠にお疲れ様でした」と、ザイグは形式的に頭を下げた。ガレオスはその年、結局、王家から何の褒章も受けなかった。


ガレオスの死後、ギルドの会議が開かれた。次のギルド長に、俺が選出された。満場一致だった。第三位以下は、誰もこの座を望まなかった。大きな負荷を引き受けながら、王宮にも頭を下げる役回りは、誰もやりたくない。


俺はギルド長になり、目的の塔の鍵を手に入れることができた。


元第四位、現第三位が、ギルド長就任の祝いに、塔の俺の部屋を訪ねてきた。彼女は古い葡萄酒を一本持っていた。


「あんたがギルド長か」


「そうらしい」


「お似合いだよ」


「……どうかな」


第三位は俺の机に葡萄酒を置いた。それから、俺の顔を、しばらく見ていた。


「あんた、最近、痩せたね」


「そうか」


「うん」


「気のせいだろう」


「そうかもね」


第三位は、それ以上、何も言わなかった。葡萄酒を置いて、出ていった。


俺は、机の上の葡萄酒を、しばらく眺めていた。それから、栓を抜かずに、棚の奥に仕舞った。


ギルド長就任から一ヶ月後、俺は計画の次の段階に進んだ。王女の出産まで、残り三ヶ月。


「胎児への加護儀式」という名目を立てた。王家の慶事に対する儀礼として、過去にも前例があった。王妃の懐妊、王配の即位、そういった節目で、ギルドが王家のために祈祷を行う。形式的な儀礼だが、王家は喜ぶ。ザイグも喜んで印を押す。


ただし、今回の建て付けは、過去のものと一つ違う。


俺は、ザイグに対して、こう申し入れた。


「王女殿下のご懐妊を祝い、胎児への加護儀式を執り行いたく存じます。本儀式は、王女殿下ご本人が塔へお越しいただくことが必要となります。胎児への加護を、母体を通じて直接お授けする儀式でございます」


ザイグは書類を眺めた。「王女殿下を、塔まで」


「塔の最上階に、儀式の間の真上にあたる祈祷の間がございます。そちらに王女殿下をお招きし、加護をお授けいたします」


「塔の最上階に、王女殿下を一人で」


「いえ、祈祷を執り行うのはギルド第三位の魔導士でございます。同じ女性同士、お心安く加護をお受けいただけるかと。私はギルド長として下の儀式の間に控え、術式の制御を担当いたします」


「同じ女性が」


「はい。胎児への加護は、母体に直接触れ、祈りを捧げる手順を含みます。男の手では失礼にあたりますので」


ザイグは少し考えてから、頷いた。「分かりました。日付を調整します」


ザイグは、何も疑わなかった。儀式の作法は、ギルドの専門領域だ。役人が口を挟む領域ではない。ましてや、転生魔法の細則を、財務官庁の役人が知っているはずがない。


そして、何より、「女性が女性に祈祷を行う」という建て付けは、王宮側にも都合が良い。王女が男のギルド長と二人きりになる必要がない。王配や王妃の手前も立つ。


俺は、もう一つの段取りを進めた。


塔に住み込みの侍女を、儀式の日に塔から離す。


万が一、王女よりも近くに懐妊中の侍女が来てしまっては、計画はすべて終わってしまう。計画は完璧でなければならない。


俺は、ザイグへの上申書に、こう書いた。「昨今、勇者の魂を授けた後の流産が、看過できぬ件数で発生しております。原因は、転生先の侍女の元来の健康状態に問題があると見られます。今後の儀式の成功率を向上させるため、塔に住み込みの侍女に対し、王宮の医務局における健康診断を実施したく存じます。本診断は、王女殿下のご臨席日に、王家の慶事へのご静養を兼ねた形で、まとめて執り行うのが効率的かと」


ザイグは、書類を二度読んだ。


「流産は、何件あったのです」


俺は、過去二年分の儀式記録を提示した。実際に流産した侍女は、六人だった。書類の数字は誇張せず、ありのまま書いた。誇張すれば、ザイグは疑う。ありのままの数字で、十分、彼を動かせる。


「儀式の半数以上が、流産で不成立になっております。改めて新規の侍女を入れ、改めて魔力を消費し、改めて勇者を呼び直す。経費は二重にかかります」


俺はそれだけ言った。それ以上の言葉は要らない。


ザイグは、書類に印を押した。


「分かりました。診断の段取りは、医務局と調整させます」


ザイグは、何も疑わなかった。


塔に住み込みの侍女は、現在三人いる。三人とも懐妊中だ。彼女らを、儀式当日、王宮の医務局に集める。塔から王宮までは、馬車で半日かかる距離だ。一日では往復できない。儀式当日、塔の中に「胎」を持つ者は、王女一人だけになる。


完璧だ。


俺は、自分の部屋で、書類を整理しながら、しばらく動かなかった。


警戒など、しない。


警戒されないということが、これほどまでに惨めだとは、思わなかった。


警戒されないということは、敵だと思われていないということだ。敵だと思われないということは、対等ではないということだ。対等ではないということは、奴らにとってはただの道具ということだ。


そう。千年間、俺たちはただの道具だった。


千年間、俺たちは、王宮の人間に「これは何かを企んでいるのではないか」と疑われたことすら、なかった。


そして、今、俺はギルド長として、王女を塔に呼び、侍女を塔から離し、一人で儀式を発動する段取りを、全て王宮の承認のもとに進めている。


ザイグは、書類に印を押している。


ガレオスは、もういない。


俺は、笑った。声を出して笑った。


部屋には、俺一人しかいない。誰も聞いていない。だから俺は、好きなだけ笑った。


儀式の前夜。


俺は、ギルド長の執務室で、机に向かっていた。


書類が積み上がっている。儀式の段取り、必要な物資の一覧、参列者の動線、術式の発動手順。全て俺が作った書類だ。これを、明日の朝、現第三位以下の魔導士たちに引き継ぐ。


ただし、明日の儀式は、十二人では行わない。


書類には、明日の儀式の参列者として、ギルド長の俺と、祈祷役の現第三位の名前だけが記載されている。「本日の加護儀式は、王家直系の血筋に関わる儀礼ゆえ、王家の機密性に鑑み、ギルド長と祈祷役の二名のみで執行する。他の魔導士は塔の指定区画への立ち入りを禁ずる」と。


現第三位は、明日、王女に祈祷を施す役割しか聞かされていない。彼女は塔の最上階の祈祷の間で、王女に手を添えて、形式的な祈祷の言葉を唱える。それだけだ。俺が階下の儀式の間で何をするか、彼女は知らない。


それでも、ギルド長が単独で儀式の間に入ると知れば、勘の良い彼女は、何かを感じ取るかもしれない。


何かを感じ取った彼女は止めるかどうか。


いや、彼女は止めないだろう。


俺は、棚の奥から、現第三位が持ってきた古い葡萄酒を取り出した。栓を抜いて、グラスに注いだ。


一口、飲んだ。甘くて、渋い。


王女のことを考えた。


俺は、王女に会ったことはない。遠くから見たことが、二度ある。十六、七歳の頃の話だ。儀式の場で、彼女は王の隣に立っていた。金色の髪に、白い肌。普通の貴族の娘の顔だった。


その彼女の腹に、明日、俺の魂が入る。


王女は、何も知らない。


王女は、自分の子供だと思って、その腹を撫でる。生まれた赤子を抱く。授乳する。名前をつける。おそらく「レオ」になるだろう。王家の系譜から、その名が候補に挙がっていると聞いた。次期王に与えられる名だ。


俺は、その「レオ」になる。


王女の胎児としての記憶は、当然ない。だが、生まれた瞬間から、三十二歳の魂を持って王女の腕の中にいることになる。乳を飲み、泣き、眠り、また泣き。三十二歳の魂が、赤子の身体に閉じ込められる。


しかも、誰もそれを知らない。


王女は、自分が産んだのは、ただの王家の血筋の子だと信じる。王も、王妃も、ザイグも、誰も、レオに俺の魂が宿っていることを知らない。レオに、何の警戒もしない。


俺は、葡萄酒のグラスを、机に置いた。


少しだけ、足が重くなった。


──あの方は、何も知らない。


しかし、すぐに振り払った。


知らないまま使われてきたのは、俺たちも同じだ。千年間、俺たちは、自分がただの道具であることを知らされず、ただ使われ続けてきた。


俺は、グラスを空けた。


風が冷たい。窓の外には、月が出ていた。

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