限界オタクからの挑戦状 上
星野キラリは、重度の、
それも救いようのないレベルの「限界オタク」だったのである。
「私……隣のクラスの平凡くんが好きなんです! 好きすぎて、尊すぎて、彼が呼吸をしているだけで『酸素に感謝! 供給が過多! 生きとし生けるものすべてに金一封を!』って叫び出しそうになるんです!」
キラリは部室の床に膝をつき、拳を握りしめて熱弁を振るう。
「彼が消しゴムを拾う姿はもはや宗教画!
彼が教科書を読む横顔は国宝指定されるべき美学!
休み時間、彼が窓の外を眺めているのを見ると、つい……つい、隠し持っているペンライトを高速で振り回して、全力のオタ芸を披露したくなっちゃうんです……っ!」
「……それ、告白じゃなくて『参戦』ですよね?
あるいは『信者』の巡礼ですよね?」
僕は思わず、焼きそばパンの袋を握りしめたままツッコんだ。
キラリの悩みは深刻だった。
平凡くんに「おはよう」と言おうとするだけで、オタク特有の「推しを前にした挙動不審」が完全発動してしまう。
具体的には、彼の視界に入った瞬間に心拍数が200を超え、高速で反復横跳びをして残像を作り出したり、あるいは地面に五体投地して「神……」と呟きながら白目を剥いて拝んだりしてしまうらしい。
「この前なんて、彼が落としたシャープペンの芯を拾ってあげようとしたのに、『尊さの衝撃』で手が震えて……。
結局、阿修羅のような形相で芯を握り潰しちゃったんです。
平凡くん、引きつった笑顔で『星野さん、最近体調が悪いのかな……精密検査受けたほうがいいよ』って……。
ガチで心配されちゃって……死にたい……!」
「……成功率、現時点でマイナス300%よ。
彼はあなたを『美少女』としてではなく、『奇行を繰り返す危険人物』として認識し始めているわ」
一ノ瀬さんの無慈悲な宣告が、美術室に響いた。
「よし、任せろキラリちゃん!
乙女の純情とオタクの熱情、その両方を束ねてこそ告白代行部だ!」
神宮寺部長が、今度は敏腕アイドルプロデューサーのような顔(※ただのニヤケ顔)で立ち上がる。
「いいかい佐藤くん。
今回のミッションは、キラリちゃんの『限界オタク語彙』を完全封印し、彼女を『普通の女子高生』として平凡くんに接触させることだ。
名付けて――『代打・佐藤の、一般人トーク・トレーニング』を開始する!」
一ノ瀬さんが即座にタブレットを操作し、壁の大型モニター(※いつの間にか部備品になっている)に【禁止用語リスト】を映し出した。
【キラリ専用・禁止用語リスト】
・尊い
(→眩しい、素敵)
・優勝
(→嬉しい)
・待って無理、しんどい
(→胸がいっぱい)
・産んだ(母親面)
(→親近感が湧く)
・お金払わせて・貢がせて
(→力になりたい)
「佐藤くん、君は平凡くん役だ。
キラリちゃんが会話中に『尊い!』と言いそうになったり、反復横跳びの予備動作を見せたりしたら、すかさずこの『特製ハリセン』で物理的にツッコミを入れ、彼女の記憶を飛ばしてリセットするんだ」
「僕の役割、どんどん人権を無視する方向へ進化してませんか!?」
特訓が始まった。
「あ、あの……ひ、平凡くん……」
「(よし、いいぞキラリちゃん。まずは挨拶だ。普通に、あくまで普通に!)」
僕は平凡くんになりきり、地味な猫背で彼女を振り返る。
「今日の髪のハネ具合……黄金比すぎて、作画が神がかってて……無理、しんどい、全財産を課金させて……!!」
「はい、アウトー!!」
(バコォォォン!)
僕のハリセンが、キラリの美しい後頭部に炸裂する。
「い、痛い……!
でも、今の平凡くんのハネ具合は、間違いなく第3話の回想シーンのような神作画で……!」
「はい、おかわりー!!」
(バコォォォン!)
後ろで神宮寺部長が、
「もっと甘酸っぱく!
脳内のオタ用語をすべてシュレッダーにかけろ!
IQを3まで下げて、ただの恋するメダカになるんだ!」
と叫び、
一ノ瀬は、
「今の攻撃による衝撃で、語彙回路の一部に一時的な機能不全を確認。再開しなさい」
と冷たく言い放つ。
またもやキテレツ集団に巻き込まれる佐藤勇太の「受難の日々」はまだまだ続く。




