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限界オタクからの挑戦状 下

特訓の真っ最中、部室のドアがゆっくりと開いた。

「あら……。アイドルの皮を被った怪物が、一般人に擬態しようとしてるの? 見苦しいわね」

小鳥遊めるが、黒い日傘を回しながら現れた。

「キラリちゃん。嘘をついて近づいても、いつか中身の『怪物』が溢れ出すわよ?

それならいっそ、彼の等身大パネルを100枚自作して、自宅の地下室に神殿を作ればいいじゃない。

リアルな恋なんて、汚れを知らないアイドルには早すぎる毒よ」

めるめるの誘惑的な低音が、キラリの揺れ動くオタク魂を直撃する。

「パネル……等身大……アクスタ100個……神殿……っ!

供給が、供給が約束された安らぎ……!」

「キラリちゃん、騙されるな!

青春はパネルの中にじゃない、その生身の、ちょっと猫背で消しゴムを拾うのが下手な平凡くんの中にあるんだ!!」

僕の叫びに、キラリが正気を取り戻す。

「……めるめる、あなたの言う『パネルで我慢する恋』なんて、ただのデータ保存、あるいは墓標に過ぎないわ」

一ノ瀬さんがタブレットの画面をパチンと弾き、キラリの前に立った。

そのレンズが夕闇を反射して、鋭く光る。

「キラリちゃん、語彙力を封印しようとするから失敗するのよ。

脳内のリソースを削るのではなく、『推し活の専門用語』を、すべて一般人に聞こえる『甘酸っぱい言葉』に置換コンバートなさい」

一ノ瀬が画面に表示したのは、部室のスパコンをフル稼働させて作り上げた『限界オタク→乙女語・高速翻訳プログラム』だった。

「いい? キラリちゃん。

平凡くんを見ても『尊い』と言ってはダメ。代わりに『眩しい』と言いなさい。

『無理、しんどい』は、『胸がいっぱいで、苦しいの』。

そして『全財産を課金させて』は——『あなたの力になりたい、支えたい』。

これよ。意味は同じ、ただガワを入れ替えるだけ」

「……お、おぉ。一気に少女漫画のヒロインになった……!」

僕は思わず唸った。

神宮寺部長も、

「天才かよ一ノ瀬……! 愛の暗号解読機デコーダーだな!」

と感動している。

「待って無理、一ノ瀬さん……天才すぎて五体投地して、今すぐ祝杯をあげて聖杯戦争を始めたい……!」

「はい、今の言葉も翻訳コンバート!」

「……待って……一ノ瀬さん、素敵すぎて……お礼がしたくて、胸がいっぱいで……何も手につかなくなっちゃう……!」

「よし、合格。これで行くわよ。作戦開始」

平凡くんが一人で本を読んでいる、放課後のテラス。

キラリは一ノ瀬特製の「リアルタイム翻訳イヤホン」を耳に隠し、僕と神宮寺部長は植え込みの影に潜んだ。

一ノ瀬さんは少し離れた場所から、ドローンでキラリのバイタルデータを監視している。

「(通信中)キラリちゃん、ターゲット捕捉。

まずはいきなり突撃せず、環境光に溶け込むようにフェードインして。……あ、反復横跳びは厳禁よ。地面に穴が開くわ」

「は、はい……。あ、あの、平凡くん……」

平凡くんが顔を上げる。

「あ、星野さん。……今日はなんだか……雰囲気が違うね?

いつもより、こう……地面を拝んでいないというか」

(キラリ心の声:うわあああ! こっち見た! 瞳のハイライトが4k画質! 作画が良い! 神回! 放送事故レベルの可愛さ! 無理! 好き! 死ぬ!!)

「(一ノ瀬の声:置換して! 脳内言語を即座にコンバートしなさい!)」

「あ……えっと……平凡くんが、すごく『眩しくて』。

あ、あまりに素敵だから……私、『胸がいっぱいになっちゃって』。

さっきから、呼吸を忘れるくらいなの」

平凡くんの顔が、わずかに赤くなる。

「そ、そんな風にストレートに言われたの、初めてだよ……。

星野さんって、もっと……なんていうか、アグレッシブな人だと思ってたから」

いい感じだ。

翻訳プログラムが完璧に機能している。

だが、そこに影が差す。

「フン、小賢しい真似を……。翻訳された言葉なんて、合成音声と同じよ」

めるめるが日傘を武器のように構え、平凡くんの背後から「彼の黒歴史(実は小学生時代にポエムを書いていた)」を暴露しようと忍び寄る!

「させるかぁぁ!」

僕は咄嗟に、植え込みから飛び出し、めるめるの前に立ち塞がった。 

「めるさん! 僕と『どっちが凡人の夕飯に相応しいおかずか対決』をしましょう!

さあ、昨日の晩御飯のおかずを白状するんだ! 僕は納豆だぞ!」

「離しなさいよ、この凡人!! 暑苦しいわよ!!」

僕が体を張って(主に精神的なダメージを受けながら)時間を稼ぐ中、キラリと平凡くんの距離は急速に縮まっていく。

しかし、極限状態に陥ったキラリの脳内で、ついに翻訳プログラムがオーバーヒートを起こした。

「平凡くん。私……あなたに……『全財産を捧げてもいい』くらい……」

「(一ノ瀬:置換! 置換よキラリちゃん!!

そこは『あなたの力になりたい』でしょ!!)」

キラリは、耳元のイヤホンを自ら引き抜いた。

ノイズ混じりの翻訳なんて、もういらない。

彼女は真っ直ぐに、震える瞳で平凡くんの目を見た。

「……ううん、翻訳なんていらない!

平凡くん、私……あなたの『全肯定・単推し』になりたいの!

毎日あなたを見ていたい!

あなたの幸せが、私の生きがいなの!

平凡くんという存在そのものが、私の人生のメインテーマなんだよ!!」

「……星野さん……」

平凡くんは驚いた顔をした後、ふっと優しく笑った。

「なんだかよく分からない言葉もあるけど……。

でも、星野さんが一生懸命なのは伝わったよ。

僕でよければ……まずは、友達から、お願いできるかな?」

「――ふぎゃああああ! 供給(OK)キターーーー!!

神展開! 運営に感謝! 墓を建てろ!!」

キラリはその場に崩れ落ち、夕日に向かって全力で拝み始めた。

結局、最後はいつもの限界オタクに戻ってしまったけれど、平凡くんはそれを  

「面白い子だな、退屈しなさそう」

と、不思議そうに、でも楽しそうに見つめている。

「……ま、結果オーライね」

一ノ瀬がため息をつきながらタブレットを閉じる。

「成功率0.01%の置換ミスを、本人の狂信的なパッションが上回った。

データとしては興味深いけど、再現性は皆無ね」

「はっはっは! これぞ青春!

推しと友達になるなんて、全オタクの夢じゃないか!

佐藤、君のハリセン捌きもなかなかだったぞ!」

神宮寺部長が、僕のボロボロになった肩を叩く。

「……でも部長。

キラリちゃん、平凡くんと付き合えたとしても、デート中に彼が飲み干したペットボトルを『聖遺物』として回収しようとするのをやめるまでには、まだ数年はかかりそうですよ」

「……それもまた、一つの愛の形よ」

めるめるが、いつの間にか僕の隣で、負け惜しみのように小さく呟いた。

夕暮れの学園に、キラリの歓喜の叫びと、それを優しくいなす平凡くんの笑い声が響き渡る。

僕の「平和な放課後」はまたしても遠のいたけれど、夕日に照らされた美術室のドアの向こうには、昨日よりも少しだけ賑やかな空気が残っていた。

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