凡人による柔道男の腹話術
生徒会直属の風紀委員の取り締まりによって勢いを失ったかのように見える告白代行部。
だが、計画が終わるまで執念深いのが告白代行部の特徴だった。ある日の放課後、美術室には佐藤、一ノ瀬先輩、神宮寺先輩、武史の4人が集まっていた。
そして教団で熱弁しているのは、他でもなくアロハシャツの部長である。
「いいかい佐藤くん、武史くんくん。今回のポイントは『中和』だ。武史くんの暴力的なまでの男らしさを、佐藤くんの『無味無臭な凡人オーラ』で薄めるんだ!」
PM 4:15。
旧校舎の第3美術室に、脳に直接来るような断定的な声が響き渡った。
窓から差し込む西日が、誇り高いアロハシャツの原色をよりいっそう毒々しく照らしている。
僕、佐藤勇太は、その暑苦しい熱量から逃れるように、一歩、また一歩と後ずさりをした。
「どういうことですか?」
僕が首を傾げると、一ノ瀬さんが無言でタブレットの画面を見せてきた。
そこには、軍事作戦のブリーフィングかと思うほど緻密な、図書室の平面図と移動経路のシミュレーションが映し出されている。
「作戦はこうよ」
一ノ瀬さんのメガネが、冷徹な光を反射した。
「ターゲットである白鳥さんが放課後の図書室で一人になる時間を狙う。彼女の動線上に、佐藤くん、あなたが配置される。
あなたは白鳥さんの目の前でわざとらしく本を落としなさい。
そして彼女がその本を拾おうとして、物理的な視線が下がった瞬間――」
一ノ瀬さんが、獲物を追い詰めた猟師のような笑みを浮かべた。
「背後の棚の隙間から、武史くんが囁くのよ。
佐藤くんの口パクに合わせて、事前に録音、あるいは生声で、ターゲットの脳を揺さぶる『甘い愛の言葉』をね」
「腹話術!? しかも棚の隙間からって、それ完全にホラーじゃないですか!? 図書室の怪談として語り継がれますよ!」
「いいや佐藤くん、これは『壁ドン』の進化系、『棚ドン』だ!」
神宮寺部長が鼻息荒く、壊れかけた画架を叩いて立ち上がる。
「想像してみたまえ! 本を拾おうとした瞬間に、耳元に届くバリトン・ボイス! 視界には君の無害な顔、しかし耳には武史くんの重厚な魂が届く。このギャップ! この中和! これこそが、今の学園に必要な『愛のイノベーション』なのだよ!」
「イノベーションの意味を辞書で引き直してください! 武史くん、君も納得しちゃダメだ!」
隣に立つ武史くんは、身長190センチ、体重100キロを超える、我が校が誇る最強の柔道家だ。その風貌は、歩く岩石、あるいは怒れる仁王像。
そんな彼が、今、恋する乙女のように頬を染め、巨大な手をモジモジさせている。
「……自分、白鳥殿のためなら、棚の隙間に挟まる覚悟はできていますッ!」
「覚悟の方向性が間違ってるよ!」
そして、地獄の特訓が幕を開けた。
「(囁き声で)……白鳥殿……君の瞳は……まるで、よく磨かれた畳のようだ……」
「(口パク)……パクパク(これ畳って言っちゃってるけどいいの!? そもそも畳の瞳って何!?)」
「ストップ! 全然ダメ!」
一ノ瀬さんが、どこから出したのか分からない銀色のホイッスルを鋭く吹いた。部室の静寂が切り裂かれ、僕の心臓が跳ね上がる。
「武史くん、畳はダメ。
あなたの脳内にある『柔道部部室』の語彙を一旦すべて消去しなさい。
そこは『静かな湖畔』よ。佐藤くん、口パクが0.2秒遅い。視覚と聴覚のズレは、ターゲットに違和感を抱かせるわ。
もっと白鳥さんの魂を蕩けさせるような、とろとろのプリンみたいな表情をして」
「無理ですよ! 目の前で100キロ近い大男が『畳がどうの』って不気味に囁いてるんですよ!? 恐怖しか感じません!」
「四の五の言うな! これもすべて、一人の男の純情を救うためだ!」
神宮寺部長が僕の肩を掴んでガクガクと揺らす。
「いいか佐藤、君の役割は『受像機』だ! 武史くんという最高級の電波を、君という庶民的なアンテナで受け止め、美しく出力するんだ!」
部室の外では、オレンジ色の夕日が差し込んでいる。
他の生徒たちが、部活で汗を流したり、カップルでアイスを食べたりして青春を謳歌している中、僕たちは美術室に籠もり、
「最強の柔道家をいかに可愛く、かつ甘美に見せるか」
という、世界で一番不毛な特訓に明け暮れていた。
武史くんの「囁き練習」はさらにエスカレートしていく。
「……白鳥殿……君の笑顔は……まるで、完璧に決まった一本背負いのようだ……」
「(口パク)……パクパク(部長! 柔道用語しか出てきませんよこの人!)」
「いいぞ武史くん! その『一本』という言葉に込められた情熱!
佐藤、もっと受け止めろ! 背負われる覚悟で顔を作れ!」
僕は悟った。この部活に常識を求めてはいけない。 一ノ瀬さんの精密すぎる狂気と、部長の底なしの熱量。
その板挟みになって、僕の凡人としての感性は、少しずつ、しかし確実に削り取られていくのを感じていた。
今回はちょっと短めです!現在順調に(?)活動を続けている告白代行部。これからも順風満帆な活動を続けられるのでしょうか...?( ̄▽ ̄)




