不純異性(?)交遊部の危機
「待て! 武史くん、一旦ストップだ! 離したまえ!」
ぷしゅゅゅゅゅーーーーー!!
部長が割って入った。(消化器が発動した)僕の意識が、辛うじて現世へと引き戻される。
武史くんがハッと我に返り、真っ赤な顔をして僕を解放した。
僕は床に崩れ落ち、這いつくばりながら酸素を貪った。
「武史くん、今のハグは情熱的だったが、佐藤の表情を見てみたまえ。
……これでは告白というより、処刑だ。受け手側の『可愛さ』を引き出す余裕が君には足りない!」
「可愛さ……ですかッ!?」
「そうだ! 告白は対話だ。佐藤、立て! 君は今から、この学園で最も守りたくなる、儚げな美少女になりきるんだ。
いいか、腕の中に収まった瞬間、少しだけ首を傾げて、上目遣いで『……苦しいよ?』と囁く。これだ! これが愛を完成させる最後のピースだ!」
「……部長、僕、もう一回ハグされた方がマシな気がしてきました」
「つべこべ言うな! 一ノ瀬さん、佐藤の表情筋のデータを最適化してくれ!」
一ノ瀬さんが無言で僕に歩み寄り、冷たい指先で僕の口角を強引に吊り上げた。
「……佐藤くん、筋肉を弛緩させて。今のあなたは、捕まったカエルのような顔よ。
もっとこう……獲物を誘惑するクモのような、あるいは演算を狂わせるバグのような微笑みを浮かべなさい」
「リクエストの読解難易度が高すぎる!」
僕は部長の指導(というか洗脳)により、夕暮れの光の中で「いかにハグされながら可愛く見えるか」という、人生で最も無駄な特訓を強いられることになった。
「はい、佐藤、もう一度! もっと内股で! 儚く!」
「……っ、す、好きだぁ……(裏返り)」
「違う! その声は断末魔だ! もっとスフレパンケーキのように甘い声で!」
その時だった。
「――そこまでよ、不純異性交遊(?)部!!」
ドォォォン!
と、本日何度目かになる衝撃音と共にドアが跳ね飛ばされた。
そこに立っていたのは、腕章を光らせ、腰に手を当てた風紀委員長・冷泉ミカ。
彼女の後ろには、数名の風紀委員が竹刀を持って控えている。
「冷泉さん!? どうしてここに!」
「学園の治安維持は風紀委員長としての義務よ。
……第3美術室から、
男子生徒の『ぎゃああ!』という悲鳴と、
誰かの『好きだぁ!』という狂乱した声が聞こえるという通報が複数あったわ。
……そして、この惨状は何?」
冷泉さんの視線の先には、以下の光景が広がっていた。
床に這いつくばり、一ノ瀬さんに口角を強引に弄られながら、内股で震えている僕。
その背後には、興奮で鼻息を荒くし、今にも僕を粉砕しそうな巨漢の武史くん。
そして、その様子を満足げに眺めながら
「もっと儚く!」と叫ぶアロハシャツの部長。
「……なるほど。これは風紀の乱れというより、もはや理性の窓が全壊しているようね。
神宮寺、一ノ瀬。あなたたち、ついに佐藤くんを人間以外の何かに改造し始めたの?」
「冷泉さん、誤解だよ! これは安全な告白のためのシミュレーションなんだ!」
部長が必死に弁明するが、冷泉さんの視線は僕の胸元で激しく点滅しているリアルタイム衝撃測定器の赤いランプに釘付けになっている。
「……シミュレーション? その装置の警告音は、どう見ても被験者の生存限界を知らせているようにしか聞こえないのだけれど。
佐藤くん、大丈夫? 今すぐそこから離れなさい」
「れ、冷泉さん……。助けて……僕の肋骨が、世界で5番目のしなりを失う前に……」
僕が消え入るような声で助けを求めると、一ノ瀬さんが平然と僕を床に放り出し、冷泉さんの前に歩み出た。
「冷泉さん、あなたの介入は非効率的よ。
今、武史くんの情熱パラメータは沸点に達している。
ここで中断すれば、彼のエネルギーは行き場を失い、校内の物理的な壁や柱が破壊される可能性が87%に跳ね上がるわ。
それは風紀委員としても本意ではないはずよ」
「論点をすり替えないで、一ノ瀬さん。暴力による愛の強要は校則第8条に抵触するわ。……それに」
冷泉さんは、僕をじっと見下ろした。
「佐藤くんが、心なしか……いえ、明らかに『女装もしていないのにヒロインの顔』をさせられている。これが一番の問題よ。
彼の尊厳が、この部活の不条理な情熱によって削り取られているわ!」
「いいや、冷泉さん! むしろ君こそが、武史くんの真の練習相手に相応しいかもしれない!」
部長が、この絶体絶命の状況をさらに悪化させる方向に舵を切った。
「風紀委員としての強靭な精神力があれば、彼の愛という名の重圧にも耐えられるはずだ!
さあ佐藤、その測定器を冷泉さんに譲るんだ!」
「えっ、いいんですか!? 僕は喜んで譲りますけど!」
「させないわよ。佐藤くん、あなたはまだ私のデータ収集の途上よ」
一ノ瀬さんが僕の襟首を掴んで引き戻す。
「やめなさい! 武史くんも、その構えを解きなさい!」
冷泉さんの叫びも虚しく、極限状態に置かれた武史くんの耳には、もはや「愛」の二文字しか届いていなかった。
「……うおおおおッ! 冷泉先輩! 邪魔をしないでくださいッ! 自分は……自分は、この腕の中に、真実を掴み取りたいんですッ!!」
「待ちなさい、武史くん! 距離が近いわ! 詰め寄りすぎよ!」
武史くんの巨体が、冷泉さんに向かって一歩踏み出す。
冷泉さんだけは毅然と立っていたが、その指先はわずかに震えていた。
「(……まずい、これ以上は本当に大惨事になる!)」
僕は、一ノ瀬さんの手を振り払い、反射的に二人の間に飛び込んだ。
「待って! 武史くん、ストップだ!!」
ドォォォォォン!!
本日最大、いや、僕の人生最大の衝撃が走った。 武史くんのフルパワーのハグが、冷泉さんではなく、再び僕の体に叩き込まれた。
一ノ瀬さんのタブレットが
「ERROR! ERROR!」
と叫び出し、美術室の窓ガラスがガタガタと震える。
「……さ、佐藤くん!?」
冷泉さんの驚愕の声。
「……は、吐きそう
……でも
……冷泉さん
……無事で
……よかった……」
「...!?生徒会からの宣告です!
文化祭までに解決する事件を80%の成功率に引き上げてください!
こ、こんな殺人事件に立ち会う手筈じゃなかったのよ!」
冷泉さんの動揺した声が響き渡る。
僕の意識は、夕暮れの空に溶けていくカラスの群れのように、ゆっくりと闇へと沈んでいった。
ーその後の行く末ー
佐藤勇太……気絶(全治3日の打ち身と精神的疲労)
武史くん……冷泉さんによる「校則違反(過剰な接触)」の現行犯で連行(その後、あまりの反省ぶりに厳重注意で済んだ)
部長……冷泉さんにこってり絞られた後、一ノ瀬さんに「佐藤の耐久性が証明されたわ。次の実験は部長で、握力90キロね」とさらなる地獄を予告される。
結局、武史くんの告白は
「自分を鍛えすぎて相手を傷つける可能性があることに気づき、まずは握力を40キロまで落とす特訓から始める」
という、斜め上の決着を見た。
僕の平和な日常は、またしても僕の肋骨の犠牲によって、歪んだ形で守られた(?)のだった。
怒涛の展開でしたが、生徒会からの重い(?)罰が下された告白代行部。これからどうなるのでしょうか?




