アロハシャツ、猫になる
「作戦開始よ。各員、位置について」
放課後の図書室。
静寂が支配するその空間に、一ノ瀬さんの指令がインカム越しに響く。 僕らは戦場へと足を踏み入れた。
作戦は完璧なはずだった。
ターゲットである白鳥さんは、窓際の席で熱心に参考書を読んでいる。
武史くんは、既に『歴史・考古学』の棚の裏に、その巨体を信じられないほどの柔軟性で潜り込ませている。
棚が心なしかミシミシと悲鳴を上げているが、一ノ瀬さんの計算によれば
「崩壊まであと5分は耐える」
らしい。
僕は深呼吸をし、重厚な革表紙の図鑑を抱えて歩き出した。
ターゲットの目の前。ここで本を落とす。
拾う。
囁く。
すべてが予定通りに動き出そうとした、まさにその時。
「あら。そんなところで何をしているのかしら? 不法投棄された粗大ゴミみたいな顔をして」
図書室の入り口に、一人の少女が立っていた。 午後の光を背負い、不吉なほどに完璧なシルエット。
黒いレースのヘッドドレスが、彼女の青白い肌を際立たせている。
手には、この室内には不釣り合いなフリル付きの日傘。
校則の隙間を縫うような、徹底した「地雷系」ファッションを、彼女はまるで王族の正装であるかのように着こなしていた。
彼女は僕ら――棚の影に隠れている部長や、隙間に挟まっている武史くんを、まるで見透かしているような笑みを浮かべている。その瞳には、知性的な悪意が宿っていた。
彼女こそが、この界隈で密かに恐れられ、神宮寺部長が唯一「天敵」と呼ぶ存在。 『別れさせ屋』こと、小鳥遊めるだった。
「めるめる(普段めるは、めるめると呼ばれている)……! お前、なんでここに!?」
神宮寺部長が、珍しく焦った顔で声を上げる。
「決まってるじゃない。この学園に蔓延る『偽物の愛』を、一粒残らず駆逐するためよ。……ねえ、そこに隠れている大きなクマさん(武史くん)。あなたが今からしようとしているのは『告白』じゃない。『事故』よ?」
めるは、図書棚の隙間に隠れていた武史くんを、日傘の先でツンと突いた。
「ひっ、ひぃっ! 俺の隠密行動が、こうも容易く……!」
「隠密? 巨体すぎてお尻が棚からはみ出してるわ。……佐藤くんと言ったかしら。あなたも、こんなペテン師たちの片棒を担ぐなんて、凡人の鑑ね」
めるはクスクスと笑いながら、図書室のカウンターで本を整理していた白鳥さんを指差した。
「教えてあげる。白鳥さんは今日、告白されるのを待っているんじゃないわ。……彼女が待っているのは、『行方不明になった飼い猫』の情報をくれる人よ」
「な、なんだって……!?」
僕ら三人は絶句した。一ノ瀬が血相を変えてタブレットを叩く。
「……本当よ。彼女のSNS、裏垢の方で三日前から『ミーちゃんが帰ってこない』って1時間おきに呟いてる。完全に盲点だったわ……私の分析が、『恋』の熱量に振り回されすぎていた……!」
「そう。今の彼女に『愛してる』なんて言葉は、ただのノイズ。むしろ、猫を探さずに自分の欲望を押し付ける男なんて、最悪の心象よね。……さあ、どうするの? 告白代行部さん」
めるは勝ち誇ったように笑う。
彼女の目的は、代行部の活動を邪魔して、成立しそうなカップルを未然に
「別れさせる(というか壊す)」
ことにある。
「ぐぬぬ……! こうなったら作戦変更だ!」
神宮寺が拳を握る。
「武史くん! 今すぐ猫を探しに行くんだ! 猫を抱いて戻ってきて、そのまま『猫共々、俺が君を守る!』と叫ぶんだ!」
「無茶言わないでください! 今から探してたら日が暮れますよ!」
その時、めるが僕の耳元で小さく囁いた。
「ねえ、佐藤くん。いい方法があるわよ。……あなたが白鳥さんのところへ行って、『僕が猫を見つけたよ』って嘘をつけばいいの。そうすれば、この茶番は一瞬で終わるわ。もちろん、武史くんの恋もね」
めるの瞳は、悪魔のように光っている。 一方、棚の裏では武史くんが
「ミーちゃん……ミーちゃん……」
と、今にも泣きそうな声で猫の名前を呟き始めている。
「(どうする……。めるの言う通りにしてこの場を収めるか、それとも、この絶望的な状況から武史さんの恋を救う方法を考えるか……!)」
僕の視線の先には、不安げに窓の外を見つめる白鳥さんの姿があった――。
「……佐藤くん、一ノ瀬さん。そしてめる。……青春っていうのはね、計算や理屈じゃ語れない『奇跡』が必要なんだよ」
神宮寺部長が、ゆっくりとアロハシャツのボタンを外し始めた。
「ちょ、部長!? 何してるんですか、ここ図書室ですよ!」
「静かに。……一ノ瀬さん、予備の『猫耳カチューシャ』は持っているかい?」
「……なぜかカバンに入ってるわ(※一ノ瀬の備えに抜かりはない)」
神宮寺はそれを受け取ると、迷いなく自分の金髪に装着した。
さらに、どこからか取り出したピンクのチョークで、自分の頬にヒゲを三本ずつ描き込む。
「佐藤くん。君は白鳥さんの元へ行き、こう告げるんだ。『白鳥さん、君の探している猫なら、あそこにいるよ』と」
「……え、まさか」
「そう、俺が猫だ。」
神宮寺部長はそのまま、しなやかな動きで図書室の床を四足歩行で進み始めた。
「ニャ〜ン……。ゴロゴロ……」
「……バカなの? あの男、本当にバカなの?」
流石のめるめるも、絶句して日傘を落としそうになっている。 一ノ瀬は無表情のまま、猛烈な勢いでタブレットを操作し始めた。
「……神宮寺部長の骨格から算出される『猫っぽさ』はわずか1.2%。だけど、この夕暮れの逆光と、彼の異常なまでの演技力が合わされば、視力1.0の白鳥さんを一時的に攪乱できる可能性……30%!」
「佐藤、行けッ! 恥を捨てるんだ! 俺が白鳥さんの意識を惹きつけている間に、武史くんに『猫を探してきた風のポーズ』を準備させるんだ!」
神宮寺(猫)が白鳥さんの足元に擦り寄る。
「えっ……ミーちゃん……!? え、でも、なんだか急に……ガタイが良くなったような……」
困惑する白鳥さん。そりゃそうだ、猫にしては肩幅が広すぎる。
「今だ、佐藤くん!」
神宮寺の目配せを受け、僕は裏側に潜む鬼河原くんにサインを送る。
「武史さん! 本物の猫はいませんけど、せめて『猫を見つけた喜び』を全身で表現して、彼女の心を癒すんです! 告白は二の次でいい!」
「おおおぉぉ……! 承知したぁ!!」
武史くんは棚の影から、「何もいない空間を、それはそれは大事そうに抱きかかえるポーズ」で飛び出した。その顔は、今までに見たことがないほど優しく、慈愛に満ちている。
「白鳥殿ッ! 猫は……猫は拙生が、異次元(※神宮寺部長のこと)から救い出した! 安心するがよい!」
「えっ……? あの、何も持ってない……です……よね?」
白鳥さんは、猫耳をつけたアロハ男と、空間を抱きしめる巨漢に挟まれ、完全にパニック。
その時だった。
「ミャ〜ォ」
図書室の開いた窓から、一匹の本物の三毛猫がひょっこりと顔を出した。 白鳥さんの目が輝く。
「ミーちゃん!!」
猫は神宮寺部長の背中を、まるで「偽物め」と言いたげに一蹴りして、白鳥さんの胸の中に飛び込んだ。
「……あ」
静まり返る図書室。 猫耳をつけたまま四つん這いの神宮寺。 虚空を抱きしめたまま固まる武史くん。
そして、それを見て、
白鳥さんが……吹き出した。
「あははは!……ふふっ、あはははは! 何、それ! 何してるの、あなたたち!」
白鳥さんの、今日一番の笑顔。 めるめるは舌打ちをして、
「……つまんないの。愛より滑稽なものを見せられるなんてね」
と、足早にどこかへ行ってしまった。
PM 4:30 図書室の隅
佐藤が、白鳥さんのために「猫耳カチューシャ」をつけた部長を見て、思わず笑っている。
一ノ瀬さんは、その横顔を見つめていた。
「(……佐藤くん、笑ってる。データ収集中なのに、純粋に楽しんでる)」
一ノ瀬さんの胸に、小さな違和感が生まれた。
「(私も……笑いたい? でも、それは非効率的。感情は、データ収集の邪魔になる)」
でも、佐藤の笑顔を見ていると、自然と口角が上がりそうになる。
「……っ」
一ノ瀬さんは、慌ててタブレットで顔を隠した。
「一ノ瀬さん、大丈夫ですか?」
佐藤が心配そうに声をかけてくる。
「……何でもないわ。ただ、データの整理をしていただけ」
「そうですか」
佐藤が、また笑顔を向ける。
「(……なんで、こんなに胸がざわつくの? データ、エラー……?)」
一ノ瀬さんは、タブレットに新しいメモを追加した。
『佐藤勇太と接触時、心拍数が平均12%上昇。原因不明。要継続観察』
告白代行部の天敵、めるめるの登場です!告白代行部の中でも感情に動きが......?( ̄∀ ̄)




