第7曲 姉妹たちの人生
「そのことでみんなに話があるんだけど」
「話って? 飛行機に乗るときは手をつないでて欲しいとか?」
つないでて欲しいけど、今はそうじゃない。
「実はね。海外でもコンサートを行うって話が出てて。ついでにアメリカではテレビにも出演しようかなぁって」
恐る恐る切り出すと、みるみるうちにみんなの表情が険しくなった。
「日本縦断したと思ったらもう海外!? わたし達はどうなるのさ!」
最初に詰め寄ってきたのはひより。思ったことがすぐ口に出る彼女らしい。
「そうだぞ! まだ新婚なのにいきなり嫁をほったらかして海外を飛び回るとか、社畜かお前は!」
「単身赴任と変わりませんよ!」
「父親不在。不憫」
批難ゴウゴウ。
子供もいないのに不憫もへったくれもないでしょ。父親ちゃうし。
「ちょちょちょ! ちょっと落ち着いてってば! わたしからもうひとつ提案があるんだからさ!」
「提案?」
ちょこんと首を傾げるひより。あら可愛い。
じゃなくて。
「提案というかお願いというか。わたしはみんなとずっと一緒にいたいんだけど、そのことでお話があります」
姉妹たちの将来を決めてしまう提案だから、やっぱり緊張してしまう。
愛する人たちの人生を変えてしまうんだから、わたしの肩にかかる責任も重大だ。
「なんだよ、ハッキリ言えよ」
せっかちなより姉が結論を催促する。そんな急かさないで。
「あのね。わたしのチャンネルにけっこうな収益があるのは知ってると思うけど、それで税金対策のために法人化したらいいって五代さんに教わって。そうしたらもう会社でしょ? だからみんなもね、その……」
やはり簡単に頼めるようなことではない。みんな一生懸命勉強して、就職活動も頑張って今の会社に就職なり内定なりしたんだ。
わたしの都合で振り回してもいいものなんだろうか。
逡巡していると、より姉が優しく問いかけてきた。
「どうした? 怖がらなくていいから、最後まで話してみろよ」
包み込むような優しい笑顔。かの姉、あか姉、ひよりも優しく見守っている。
みんなちゃんと聞こうとしてくれている。だったらわたしがここで尻込みしている場合じゃない。
「あのね、みんなにもわたしの会社を手伝ってほしいんだ」
「手伝うだけでいいんですか?」
かの姉の問いに首を横に振る。世界を飛び回り、本格的に芸能活動を始動するにあたっては、片手間で出来るような業務じゃなくなってくるだろう。
「手伝うっていう表現じゃダメだね。みんなを引き抜きたい! みんなの人生をわたしに預けて欲しい!」
思い切って言い切った。みんなは黙ったまま。
恐る恐る様子を伺ってみたら、みんな俯いてしまっていた。しまった、失敗したかな。
ひよりに至ってはまだ内定をもらったばかりだもんね。
「ごめん! やっぱり無理だよね! この話は忘れ……」
「ゆきぃ!」
より姉が飛びついてきた。
「のわぁ!」
かの姉がすかさず体をひねり、わたしはそのままソファーに押し倒されてしまう。
「なになに!? そんな怒らなくても……」
「違うよバカ! やっと、やっと言ってくれたな! ずっとその言葉を待ってたんだぞバカヤロー」
え、泣いてる?
よく見てみたら他の三人も笑顔で涙を流している。
「もう、ゆきちゃんたら。わたし達がどうして今の仕事に就いたと思ってるんですか」
「そうだよ! 全員の職業をもう一度よく考えてみなよ!」
「全員役に立つ」
それぞれがわたしの芸能活動において役に立つ技能を身につけているのは分かっている。だからこそ声をかけたのだから。
だけど……逆だと思っていた。
わたしの配信を手伝っているうちに興味を持ったから、みんなその道に行ったものだと。
「いつかおまえの専属デザイナーになるって言ってただろ。いつかその夢を実現させてくれるって信じてたんだぞ」
「わたしもゆきちゃんをもっと美しく見せるために映像技術を磨いてきたんですから」
「カメラでゆきを捉え続ける」
「税金対策やマーケティングも全部任せて! ゆきちゃんの秘書だよぉ!」
全員が喜びを爆発させるかのような笑顔になって、順番に抱き着いてキスをしてきた。
わたしはとんだ勘違いをしていたみたい。
みんなは信じていた。
わたしがいずれ、日本中、世界中を飛び回って忙しく活動するだろうことを。
芸能界にも復帰して、自分一人では手が回らなくなるであろうことも予想していたんだ。
そしてその時に、わたしのことを支えるために今まで技術を身につけてくれていたんだと。
ひよりも家庭教師が出来るくらいにまで勉強を頑張って、成績優秀で卒業が決まっているらしい。わたしは一人で頑張っているつもりになっていたけど、みんなは常にわたしの方を向いていたんだ。
これじゃ、ニブチンと罵られても仕方がないのかもしれないな。
「みんな、最初からそのつもりで?」
「「「「当たり前!」」」」
綺麗にハモったその声に、今度はわたしが感激する番だった。
「ずるいよ、みんな。わたしいつもお世話になってばかりじゃない。こんなのもう返しきれないよ」
瞳を潤ませ、わたしの顔を覗き込む四人の顔を順番に見ていく。押し倒されたまんまだけど。
「何言ってんだ。もう十分すぎるくらい返してもらってるよ。産まれて来てくれてありがとうな」
その言葉で一気に涙が溢れてしまった。
わたしは産まれてきてよかったんだ。母親に疎まれ、虐待されてきた私にとっては何よりも心に響く言葉。
「うん、うん! ありがとう、みんな愛してる……」
「わたしも愛してますよ」
「わたしも」
「あたしだって」
「わたしもだよ! なにせ素敵なプロポーズの言葉ももらったしね!」
プロポーズ? そんなこと言ったっけ? ひよりは何のことを言ってるんだろう。
「そうだな。あれは実質的なプロポーズだ。もうちょっとムードは欲しかったけどな」
「あの言葉でわたしも体が震えましたよ」
より姉とかの姉まで。
どういうこと?
「みんなの人生をわたしに預けて欲しい。殺し文句」
あ! そう言えばそうだった。みんなの人生をわたしが背負う。こんなのプロポーズ以外の何だって言うんだろう。
それを認識したら途端に恥ずかしくなってきた。
「なんだ、気づいてなかったのかよ。相変わらず天然ニブ子だよなぁ」
「気づいてなかったのならやり直しだよね! 考えてみたらわたし達、ハッキリとした言葉はまだもらってないもん」
天然ニブ子……。また変な二つ名が増えた。
それにしてもやり直しって。あれだけでも気づいたらかなり恥ずかしかったのに、自発的にプロポーズしろと?
「ゆきちゃん、顔真っ赤。そういう姿も可愛くてたまりませんね」
「はよはよ」
期待に満ちた瞳を八つも向けられて、これ以上恥ずかしいからと逃げていては男が廃る。
ここは腹を括って、今の自分の気持ちをハッキリと告げるべきだろう。
「んんっ。みんな、よく聞いて。四人の事はどんなことがあってもわたしが幸せにする。だから」
一度溜めた後、もう一度見渡しながら力強く言葉をつないだ。
「みんなの人生をわたしにください。公私ともに、どこまでもわたしについてきてください」
切実に、真摯に。
あふれんばかりのこの愛情が、みんなの心へ届きますように。
「死んでも離れねーよ!」
「どこまでも一緒です!」
「運命共同体」
「ずっとずっと、生まれ変わっても一緒だからね!」
短い言葉だけど、それぞれの想いが十分に伝わってきた。今なら信じることが出来る。わたし達の愛は永遠だって。
無量大数なんて関係ない、不可説不可説転だって超えてみせる。
何度生まれ変わっても、この宇宙に終わりが訪れたとしても、わたし達の愛情に終わりはない。
「みんな、ありがとう。その人生、確かにわたしが預かったよ。必ず幸せにするからね」
ここは笑うところじゃない。だからあくまで真剣な眼差しで、心を込めて宣言をした。
「ふぁっ」「くふっ」「はぁぁ」「ゆきちゃぁん~」
気の抜けたような声を上げて腰砕けになる姉妹たち。どうしたんだろう。
「こ、これは反則だ……」
「可憐さに凛々しさが加わって……もう臨界点です……」
「男前」
「ゆきちゃんかっこよすぎるよぉ」
おや? おやおやおや! ここに来て出ましたよ男前! かっこいい!
こんなところで宿願が叶うなんて!
ふふふ、わたしも二十二歳。しかも初の全国縦断ツアーを果たして一皮むけたということか。
これからは大人の男として! みんなに頼もしい姿を見せていくぞ!
「なんかドヤ顔してますよ」
「何考えてるか一目でわかるな」
「単純」
「やっぱそういうところがかわいいよねぇ」
可愛いに戻った!
なんでだよぉ。




