第6曲 一日千秋
「わざわざ家まで送っていただきありがとうございました」
ハプニングはあったものの、どうにか無事にツアーを終えた翌日、空港で五代さんが借りてくれたレンタカーに乗っていた。
「いえいえ。一刻も早く帰りたかったでしょうから」
悪戯な笑顔でウィンク。こういう仕草も似合うのが羨ましい。
そうこうしているうちに愛しの我が家に到着。玄関先につけてくれたので、もう一度お礼を言う。
「これも仕事で推し活の一環ですから。推しを送迎できるなんて他のファンからすれば垂涎ものですよ」
趣味と実益を兼ねているのはある意味羨ましいものがある。それを言えばわたしもそうか。
「それより早く帰ってあげた方がいいんじゃないですか? みなさん首を長くして待ってる様子ですよ」
そう言われて後ろを振り返ると、姉妹たち全員が玄関の外にまで出てきていた。
「うぉ。びっくりした。それじゃ、帰ります。どうもありがとうございました。あと、例の件、こちらから連絡しますのでその時はよろしくお願いしますね」
それだけ告げると人差し指と中指をピッと立てて走り去ってしまった。
あんな気障な行動も似合うのが憎らしい。
車を見送った後はお待ちかね。さっきからまだかまだかと言った様子で待ち構えている姉妹の方へと向き直る。
「みんな、ただいま!」
「「「「おかえり(なさい)!」」」」
四人の弾ける笑顔を見て、あぁ、返ってきたんだという実感が湧いてくるな。
と思う間もなく一斉に飛びかかってきた。
か、狩られる!
「ゆきちゃん! 寂しかったよぉ!」
「やっと会えた」
「待ってましたよぉ!」
「おせーんだよ!」
別に襲い掛かってきたわけではなく、全員がそれぞれわたしにしがみついてきた。
「どうしたのみんな? 毎日ビデオ通話はしてたじゃない」
「バカやろ! それとこれとは話が別だ!」
「そうですよ。ゆきちゃんは女心というものがわかっていません!」
「見た目は女の子なのに!」
「ニブチン」
一斉に怒られた。
理不尽だと思うのはわたしだけだろうか。悪口混ざってるし。
「ごめんごめん。画面越しだと寂しかったよね。わたしも早く会いたかったよ。」
「だけどこんなに遅くなってる」
遅いかな? 日が傾き始めたばかりだけど。
「ちゃんと寄り道せずにまっすぐ帰ってきたよ? 朝一番の電車に乗ったんだから」
「飛行機なら午前中には着いてる」
ぎくぅ!
あか姉、鋭い!
「ひ、飛行機が欠航してたらしくて新幹線で~」
「飛行機飛んでたよ? どれに乗って返ってくるかなと思ってチェックしてたもん」
おのれネット社会!
現代っ子のひよりにかかればそれくらいは調べがつくか。歳変わらんけど。
「なんか怪しいな。まさかあのマネージャーを愛人にしたんじゃねーだろーな!」
愛人一号ネタはもういいって!
なんで変なところで通じ合ってんのさ。
「そんなわけないでしょ! わたしが愛してるのは後にも先にもここにいる四人だけだよ」
いいこと言ってる風に聞こえるけど、四人という時点で鬼畜だよな。
「じゃーなんで遅くなったんだよ。ちゃんと納得のいく説明をしろ」
畳み掛けてくるなぁ。より姉も余程寂しかったんだろうか。
「そりゃ、新幹線で帰ってきたからだけど……」
「なぜ飛行機を使わずに時間のかかる陸路を選んだんですか?」
間髪入れずに質問が入る。かの姉の顔は笑ってるけど笑ってない。
ヤバいぞ。これは包囲網が狭まってきている。
あぁ、わたしの弱点が……。
「だって……ひこ……こわ……し」
「なんですか? そんなボソボソ言われても聞こえませんよ」
容赦ないなぁ。ええぃ、こうなりゃヤケだ!
「飛行機が怖いの!」
思い切ってカミングアウト。
これからみんなと飛行機に乗る場面も出てくるかもしれないし、先に言っておいた方が気も楽なのかもしれないよね。そう思っておいた方が精神衛生上いいだろう。
からかいの言葉が飛んでくるかと思ったら、みんなが背を向けてしまった。
肩震えてんぞ、おい。
「笑いたきゃちゃんと笑えー! ずっと平気だったのに、北海道へ行く飛行機に乗った途端、急に不安感に襲われちゃったんだよ!」
「わ、笑ってないよ?」
嘘つけ! 目の端に涙が溜まってるぞ!
それとなんでお腹を押さえてんだよ。
「もういっそ笑ってもらった方が気が楽です……」
「「「「あははははは!」」」」
本当に大笑いしやがった。こいつら……。
少しは同情とか憐憫とか、そういった感情はないのか?
「いやー。これはいい話を聞いた。ゆきに弱点が増えるとはなー」
より姉は嬉しそうだね。絶対いじり倒す気だよ、この人。
「成人してから飛行機に乗ってパニック障害を引き起こす人は珍しくないそうですから」
フォローありがと、かの姉。でも息も絶え絶えになってるよ。
「かわいさ倍増」
どういう意味でしょうか? あか姉の趣味嗜好がよくわからん。
「ゆきちゃん、仲間だね!」
まぁ嬉しそうだこと。今まではひよりだけだったもんね。
アメリカに渡るとき気が付いて、帰りの飛行機でも震えてたのはよく覚えてる。
「なんでもいいけど、まずは家に入らない? 玄関先で大笑いするから近所の人にめっちゃ見られてるんだけど」
いつも騒がしい我が家だから近所の人も見慣れているのか、微笑ましい顔なのがなんとも複雑な気分。
お笑い一家ですいません。
ようやく自宅に入り、荷物も片付けてソファーで一息。まだ晩御飯までは時間があるから休憩だ。
「そんな気を遣わなくてもご飯くらい作るのに」
みんなのご飯を作るのはわたしの趣味みたいなものだから、少々疲れていようと全く苦にならない。
「ごめんね。少し休んだらご飯作るから」
「ゆきも疲れてるだろ。今日くらいはゆっくりしとけ。今日はツアーの成功を祝ってお寿司で乾杯だ!」
「そうじゃないんですよ。せっかくゆきちゃんのお祝いなのに、作ってもらった料理では釈然としないでしょう。みんなで作ることも考えたんですが、どうせならお寿司で盛大にお祝いしようということになったんですよ」
「そうそう! わたし達が作ってもゆきちゃんの味には追いつけないしね! お寿司はちゃんと回らないお店で買ってきたから!」
回転ずしでも良かったのに。
「それだと高くついたんじゃないの? なんだか悪いね」
「気にしない。みんな働いてる。気持ちは素直に受け取る」
あか姉の言うとおり、姉たちはもうみんな社会人。
そしてひよりはというと、なんと大学に入ってからは家庭教師のアルバイトをしている。あの赤点ギリギリだったひよりがだ。
「そうそう! みんな実家暮らしの特権でお金に余裕はあるかんな! たまにはあたしらにもかっこつけさせてくれよ」
そして相変わらず男前のより姉。
個性豊かな四人の姉妹に囲まれて、家に帰ってきたという安心感に包まれる。
包まれてるのは気持ちだけでなく、物理的にもなんだけど。
「ねぇ、どうしてみんなわたしにくっついてるの?」
両腕により姉とかの姉。片足ずつにあか姉とひより。
しっかりとホールドされていて、まるで取り押さえられた凶悪犯のようだ。
「そんなの決まってるじゃん! お仕事で疲れて帰ってきた旦那様を労わるのは妻の務めだよ」
「旦那様……」
「あ、ゆきちゃん照れてる」
「照れてない!」
その旦那様を隙あらばからかおうとする妻というのもどうなんだい。
そんなこと言ってるけど、みんなくっつきたいだけなのは分かってるんだからね。寂しい思いさせてごめんね。
「でもゆきが飛行機恐怖症とはなぁ。高いところは平気なのにな」
まだその話を引っ張るのか。
コンサートではゴンドラにも乗ったけど平気だったし、高所恐怖症になったわけではない。
「あの離陸の時のふわっとした感じが怖くって。ジェットコースターも平気だったのにおかしいよね」
「閉鎖空間だからじゃないですか。狭いところだから不安を煽られるのかもしれませんね。いざという時に逃げ場がないというような」
確かにそれはあるかもしれない。
閉所恐怖症とまではいかないけれど、幼い頃よく押入れに閉じ込められたから狭いところは好きじゃないし。
「まぁでも海外に行く予定もないから大丈夫だろ。日本国内ならどこでも陸路で行けるしな」
北海道に行こうと思ったら十時間ほどかかるんだけどね。
でもそういう問題でもなくて、他に言っておくべきことがあるんだよな。




