第5曲 星の輝きはどこまでも
名古屋、大阪でのコンサートも大盛況に終わり、いよいよ最後の公演地である福岡へと到着した。
福岡でもドームを使うことが出来ず、15000人収容できるメッセを使用することに。
ドームを使えば5万人の人にわたしの歌を聴いてもらうことが出来るんだけど、それは求め過ぎというものか。
チケットが完売しているということは今回買えなかった人もいるということだから、できれば全員に会ってみたかったわたしとしては残念な気持ち。
「売れ残るよりも完売した方が利益率も全然違いますから」
五代さんはそう言うけれど、インターネット配信で全ての人に歌声を届けられる環境に慣れてきたからか、あぶれた人がいるというのはどうにも落ち着かない。
「できればみんなと会いたかったなぁ」
ぽつりとこぼした言葉。
「相変わらずゆきさんは優しすぎるくらいファンを大事にしていますね。でもね、ゆきさんのファンを全員集めようと思ったらどんなコンサートホールを借りても無理ってものですよ」
言われてみればその通りか。
今回全国の五都市でコンサートを行ったけど、延べ動員人数で言えばせいぜい数十万。
対してわたしのチャンネル登録者数は日本国内だけでも一千万を超えているんだから。たとえ分割したとしても全ての人に生で会うというのは不可能だろう。
「やっぱりインターネットって便利ですね。いつでもどこでも、リスナーさんに会うことが出来るんだから」
「ネットにはネットの、コンサートにはコンサートの利点がそれぞれありますよ。コンサートでチケットを買えない人のことを憂うゆきさんの優しさも分かりますが、逆に言えば簡単に手に入らないからこそ、そこにありがたみが生まれるんですよ」
なるほど。
確かに、簡単に会えるアイドルというのもありがたみが薄れてしまうか。
昨今ではそれを売りにしているグループもいるけれど、あれはグループだから通用する商法であって、ソロで活動しているわたしが真似するとただの地下アイドルになってしまう。
「ゆきさんのブランディングも行っている以上、今よりもっと価値を上げていく必要がありますからね。今回のチケット即完売というのはいい宣伝材料になりましたよ」
要は考えようってことか。わたしも今の立ち位置に満足しているわけではない以上、五代さんの指示通りに動くことも必要になってくるだろう。餅は餅屋、じゃないけれど、やはり売り込みという点に関してはプロの言うことに従うのが間違いない。
「日本のテレビに出たくないということなので、アメリカでデビューすることも考えていますよ。どこの国でもカメラの前に立つのはイヤですか?」
やはり世間への認知度を上げるという点では、依然としてテレビにも隠然たる力があるのは間違いない。
いつまでも子供みたいに嫌い嫌いと言っていても自分の可能性を狭めてしまうだけなのかもしれないな。
確かに日本のテレビ局にいい印象はないけど、アメリカでは雪辱を果たしたいという想いがある。かの地でならわたしのテレビアレルギーも改善できるかもしれない。
誰も知る人のいないアメリカでなら……。
「音楽番組に限定したいですけど、テレビ出演も前向きに考えてみます」
子役の頃に嫌な思い出があることを考慮して、クッションとしてアメリカで初出演を果たすことまで考えてくれているんだ。
五代さんの後押しにわたしとしても応えたい。
「ゆきさんは強いですから。きっと克服できますよ」
本当は臆病で泣き虫なんだけどね。
だけど、脳の障害を克服したことで多少なりとも強くなれた気もする。やはり生きるという意思は人を強くしてくれるのだろう。
「五代さんがわたしのことを最優先で考えてくれているのは分かっていますから。信じてるからこそ前向きになれるんですよ」
信頼感を表したつもりだったんだけど、それを聞いた五代さんは真っ赤になってしまった。
「そんな無条件の信頼を寄せられるなんて、もう夫婦みたいじゃないですか」
それは違う。
頬を押さえてくねくねしてるけど、そういう意味じゃないからね?
論理の飛躍というか、どうしてわたしの周りには自分の都合にいいように解釈する人が多いのだろう。
「まぁ、ゆきさんの場合はネットを通じて既にアメリカでもある程度の知名度はありますから、テレビ出演は比較的簡単に実現すると思います。ツアーが終わったらすぐに調整に入ってもいいですか?」
急に真顔に戻らないで。
仕事モードに戻った五代さん。合わせてあげたいけど唐突過ぎて少し戸惑う。
「それは少し待っていただけますか。姉妹たちとも少し話しておきたいので。アメリカに行くとなったらまた家を空けることになりますし」
「それくらいは全然かまわないですよ。みなさんにとっていい形になるといいですね」
「ありがとうございます」
いつだってわたしの都合を優先してくれることをありがたく思いながら、頭を下げた。
「愛人一号のことも周知しておいてくださいね」
そんなこと出来るわけねーだろ。
頭下げて損したわ。
ファンたちの声援を受け、わたしはステージ上で歌い、踊っている。スポットライトを一身に受け、わたしは命を燃やし、光り輝く。
ライトが集中するステージ上は想像以上に熱いものだ。
すでに一時間以上が経過しているけどパフォーマンスが落ちることはなく、全身に滝のような汗をかいている。その汗が体を動かすたびに飛び散り、ライトの光を反射してキラキラと輝くさまは美しい結晶のよう。
五代さんとスタッフさんとで取り決めた、ストーリー性のある選曲。今歌っているのはその中で一番盛り上がるクライマックスシーンだ。
会場の盛り上がりも最高潮に達し、曲も大サビに入ろうとするところでそれは起きた。
バツン!
何かが弾けるような音と共に、会場が暗闇に包まれた。
どこかで漏電でもしたのか。
照明だけでなく、スピーカーやアンプなどの電源も落ちてしまったので、突然訪れてしまった静寂。観客の戸惑うような声と小さな悲鳴だけが会場を埋め尽くす。
予備電源が作動したようで、一部の照明だけが暗闇を照らし出した。
スタッフが駆け寄ってきた。
「ゆきさん、申し訳ありません! システムトラブルで一時的に電源が落ちてしまいました! 復旧作業を急ぎますので少々お待ちいただけますか」
「わたしよりも、お客さんの方が心配です! 拡声器なんかはありませんか!?」
急な暗闇状態になることでパニックを起こす人が現れるかもしれない。そうなるとパニックが伝染していく可能性だってあるんだ。
「ごめんなさい! こういった事態は想定していなかったので、用意していないんです。事情を説明するためにスタッフを走らせますので!」
それでは時間がかかってしまう。こうなったら仕方ない。
わたしは大きく息を吸い込むと、自分が持てる最大限の声で会場に向かって叫んだ。
「みんな! まずは落ち着いて! わたしの声を聞いて!」
小さなころから鍛え続けたわたしの声は、古の武将を彷彿とさせる大音声となって会場に響き渡った。
それまで騒然としていた会場が静まり返り、不安と緊張から右往左往していた観客の視線がもう一度わたしに集まってくる。
「せっかく楽しんでくれていたのに、こんなことになってごめんなさい! システムトラブルによる一時的な停電で、時間が経てば復旧するらしいんだけど……」
わたしの説明を聞いて少しは安堵してくれたようなんだけど、わたしから見えるファンの顔には落胆の色が隠せない。
それはそうだろう。せっかく一番盛り上がっていた時間に水を差されてしまったのだから。
「みんなイヤだよね! こんな形でコンサートが終わってしまうなんて! わたしもイヤだ!」
そう言ったわたしはそのまま後ろを向いた。
スタッフが用意してくれたタオルで汗を拭き、ヘッドセットを外して観客席に向き直る。
「わたしのパフォーマンスは停電なんかじゃ止められない! みんな! わたしを見て! わたしの歌を聴いて!」
* * *
ゆきさんが息を吸い込み、丹田に力を込め、大きく口を開いた。
次の瞬間、人々は息をのむ。
その声は魂の叫びとなり、会場の隅々まで響き渡っていく。観衆は歓声を上げることも忘れてその場に縫い付けられたように動けなくなった。
「やっぱりゆきさんはすごい……」
ステージの袖で見守るわたしにとっては、何かが爆発したかのような感覚に襲われた。衝撃波がそばを駆け抜け、声が膜となって耳朶を叩きつけてくる。
こんな歌手、見たことない。琴音のマネージャーから始まったプロデュース人生の中で、これほどまでに感動したのは初めてだ。
その声量だけでなく、熱量すらも比肩するもののいない唯一無二。
これだけ広い会場をその声で、アカペラで、気迫だけで黙らせることが出来る人なんてゆきさん以外にいるだろうか。いや、いるはずもない。
神から与えられたとしか思えない才能に加え、常人をはるかに超えた努力の量。歌だけでなくファンへの深い愛情に裏打ちされたその想いは、今ここに結実したと言っても差し支えないかもしれない。
「あなたと出会えて本当によかった。ありがとう……」
涙が止まらない。
ここから見える観客たちも、多くは涙を流している。
これは理屈じゃない。歌がうまいからとか声量がすごいからとかそういった次元ではなく、純粋にゆきさんの心がそのまま観客たちに届き、直接心を揺さぶってくる。
本来ならこのまま中止になってしまう可能性すらあるハプニングもチャンスに変え、ファンの心を鷲掴みにするその姿は本当の意味でのスターだ。
非常電源の淡い光に照らされたその姿はとても美しく、強くしなやかに光り輝いている。
この光、わたしがもっと輝かせ、いつか一等星にしてみせる。




