第36曲 家族は計画的に
「やっぱりアメリカのノリは日本とは違うね。会場全体の温度がいつもより高かったような気がするよ」
前回渡米したときのセンセーショナルなデモンストレーションはしっかりとアメリカ国民の記憶に残っていたようで、初コンサートだというのにチケットは早々に完売していたそうだ。プレミアチケットとして高値で転売もされていたというのだから、注目度は相当高かったのだろう。
告知ポスターにもわたしが銃弾を弾いた時の、発射前に構えを取っている姿が印刷されており、エンタメ好きのアメリカンにとっては興味をそそられるものだったのだろう。
「事前のインパクトと今日という本番での実力が完全にマッチしたが故の熱狂でしょうね。ゆきさんなら当然です」
なぜか一番鼻を高くしているのは五代さん。
この日のために忙しく働いて力を注いでくれただけに、大成功に終わったのが誰よりも嬉しいんだと思う。今にも小躍りしそうなほどに機嫌がいい。
それだけわたしのことを真剣にサポートしてくれているということでもあり、ありがたいことなんだけどね。
「これで愛人一号としての面目躍如です!」
まだ言ってんのか、そのネタ。
もうわたしも一児の父だというのに、いつまでその話題を引っ張るんだろう。行き遅れるよ?
「わたしの目標はゆきさんをこのまま世界的大スターにして、その優秀な遺伝子を体外受精させてもらうことですから!」
とんでもねーこと考えてやがった。
「わたしの遺伝子は量産型じゃないです!」
まったく、我が子の事を思うならちゃんとした父親は必要でしょうに。
「いいんじゃねーか? 遺伝子くらい」
「浮気にはなりませんね」
「社会貢献」
「悠樹さんの子なら可愛い子が産まれるのは間違いないもんね。うちの子もめっちゃ可愛いし」
うちの嫁たちはなんでこんなに寛容なんだ?
わたしの子種がばらまかれることに抵抗感はないのだろうか。
ひよりはしれっと親バカ発揮してるし。
「正妻から許可もいただきましたし、子種提供お待ちしていますね」
おいおい、本気か。
「アメリカでの楽曲販売の道筋もつきましたし、次はいよいよヨーロッパですね」
五代さんが真顔になり、次のステップに向けての話を振ってきた。
まったく、この人たちの話はどこまで真に受ければいいのやら。
でも彼女が気を引き締めたように、アメリカではエンターテインメント性がウケたけど、音楽に対して長い歴史のあるヨーロッパではまた戦略が異なってくる。ここからはさらに自分の音楽の普遍性や独自性を高めていかなくちゃならない。
これから先も険しい道のりが待ち構えているけど、わたしの挑戦はまだまだ終わらない。
「わたしも今のうちにしっかり貯金をしておきますので、子種の冷凍保存、お願いしますね」
いや、ほんとどこまでが本気なの!?
* * *
* * * *
「やっと終わったー!」
ヨーロッパのツアーも終え、その後に依頼が入ったアジア各国でのコンサートも無事終了した時点で、わたしの知名度は世界的と言っても過言ではないものになっていた。
「世界ツアー完遂およびチャンネル登録者二億人突破おめでとー!」
より姉の音頭でみんなが手に持ったグラスを掲げてぶつけ合った。
音頭をとった張本人はお酒じゃなくて烏龍茶だけど。
「依子さんもひよりさんに続いてご懐妊おめでとうございます!」
今度はかの姉の音頭で、もう一度わたし達はグラスを合わせる。
ヨーロッパツアーが終わった時点で妊娠が発覚したんだけど、そのあとすぐにアジアでもコンサートすることが決まったので今日まで妊娠祝いも延び延びになっていた。
わたしにとってはダブルで嬉しいお祝いパーティーだ。
「あたしは飲めないもんなぁ」
祝われている当人はつまらなそうに烏龍茶をちびちび飲んでいる。
「お腹の赤ちゃんのためなんだからお酒は我慢してください」
「わかってるよぉ」
お酒好きだもんね。自分だけ飲めないというのがつまらないのは分からないでもないけど。
元気な子供を産んでもらうためにもここは我慢してもらうしかない。
「赤ちゃんが産まれたらお酒なんてどうでもよくなるよ」
先輩お母さんである末の妹に諭される長女。
「そりゃゆきとの子供が出来たのは嬉しいし、元気な赤ちゃんを産みたいよ。でもみんなが飲んでる中で自分だけが飲めないのはつまんないよなぁ」
「わたしも飲んでないよ。長いこと飲んでなかったからすっかり弱くなっちゃったし。でも素面の状態で酔っ払っていくみんなを眺めてるのは楽しいよ」
これからはママ友にもなるより姉とひよりが子供のことで話をしているのがとても微笑ましい。
以前のわたしはこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。
だからこそ今こうして手の中にある幸せがとても愛しいし、決して手放したくはないものだと思える。
「次はわたしと茜にもお願いしますよ」
かの姉がわたしの腕に絡みつきながらお願いをしてきた。そんな可愛くおねだりしてくれるのは嬉しいけど、こればっかりは自分の遺志でどうにかできるものでもないからなぁ。
「頑張れ種馬」
誰が種馬じゃ。
かの姉もあか姉も頬がほんのり赤くなってるから、もう酔いが回ってきてるんだろう。いつもに比べて言葉に遠慮がない。
「依子さんはギリギリ間に合いましたけど、わたし達も期限間近まで放置されるのは嫌ですよ」
「誰がギリギリだコノヤロー」
より姉にしっかり聞こえてますよー。
「せめて二十代の内には産んでおきたい」
うーん、かの姉の年齢を考えたらあと二年以内か。
わたしの体力がもつのか心配だ。
「直接仕込んでもらうのも大変ですね。わたしは冷凍保存されたものをいただくからそんな心配はありませんが」
仕込みとか言うのやめてくんない?
五代さんの冷凍発言、最近は冗談に想えなくなってきたんだけど、本当にわたしはバンク保存することになるんだろうか。
「出産だけが女の幸せだとは思いませんが、やはり好きな人の子供を産むというのは憧れますからね」
「それで冷凍保存しておけとおっしゃるのですか」
「大切な人に浮気をさせるわけにはいきませんから。唯一の抜け穴はそれしかありません」
大真面目な顔でとんでもないこと言ってるよな。
「おーそれでこそ心の愛人だな」
「浮気をさせないとは愛人の鑑ですね」
「模範的愛人」
「悠樹さんが若いうちのものでないと活きが悪くなるよ」
なんか世間一般では使わないであろう単語が飛び交ってるんだけど、なんだろうこのカオスな会話は。
しかも活きが悪くなるとか。
市場の取引じゃないんだから、鮮度の話はやめてくれるかな。
「でもみんなに子供が出来たらそれだけで四人の子持ちかぁ。けっこう子だくさんなパパだよね」
「五人です」
五代さんは少し黙ってて。
「でもみなさん一人だけでいいんですか? 二人目が欲しいとか」
五人目志望してる人がそんなことを言いますか。
でも言われてみればもっともな質問に顔を見合わせる四人の奥さんたち。
これでみんなが二人目も欲しいって言い出したら合計八人か。こりゃ本格的に家の増築を考えないといけないな。幸いステージを作った関係上、庭には十分なスペースがあるから可能ではあるんだけど。
「ひよりの子供を見てて思ったんだけど、ハッキリ言って自分の子供のように可愛いんだよな」
「そうですね。一人は産みたいとは思いますが、四人もいたらそれで十分かと思いますね」
「みんな我が子」
「そうだね。次に産まれてくるより姉の子供だってきっと可愛いと思うだろうし、みんなきっと兄弟姉妹みたいに育つだろうしね」
みんな意外と欲がなかった。
わたしにとっては全員同じ我が子だけど、みんなもにとっては甥っ子姪っ子のはずなのに。
「愛するゆきちゃんの子供ですし、その親もまた大切な家族の一員ですからね。みんながまとめて大家族の一員だと考えたらひよりちゃんの子も依子さんの子も、我が子のようなものですね」
「運命共同体」
共同体なのかは疑問だけど、これもうちの家族としての形なのかなと考えると納得できる面がある。
きっと世間では理解しがたいだろうし、共感できるようなものではないにしても、これがわたし達の、いやわたしが選んだ家族という形なんだから。
その想いをしっかりとくみ取って共有してくれる人たちに囲まれたわたしは、本当に幸せ者なんだろうなと思う。
わたし自身の理想と、これから生まれてくる子供たちのためにも、わたしはこんなところで立ち止まるわけにはいかない。
もっともっと高みを目指して、さらに挑戦し続けていこう。
傍から見れば奇妙な会話を交わす四人の奥さんと、一人の自称愛人を名乗る頼もしい協力者を見ながら、わたしの心は温かいものに包まれていた。




