第31曲 母となる前から女性は強い
地方都市に限定した日本全国縦断ツアー。
人口が少ないところを選んで敢行したため、当初は空席が出るんじゃないかという懸念もあったけど、結果的には販売開始と共にソールドアウトの大盛況となった。
その都市の住人だけでなく、近隣や中には遠方からでも来る人がいたので、わたし達の密かな目的でもあった町おこしという点でも大成功だったと言っていいだろう。
ツアーの合間に観光として地元のいろんなお店に入ったり観光名所を訪れて写真をSNSにアップしたので、訪れた場所が聖地扱いとなって観光客が増えたという報告もあった。日本にはまだみんなが知らないだけで、素晴らしい場所はたくさんあるんだよ。
山形なんてほとんどの人が首を傾げるけど、宝珠山立石寺は松尾芭蕉が「閑さや岩にしみ入る蝉の声」と詠んだ由緒あるお寺だし、戦国武将の上杉謙信を祀った寺社もある。出羽三山には羽黒山五重塔という国宝が鎮座していて、2026年は「羽黒山午年御縁年」といって十二年分のご利益があるとされてるんだよ。
そうやって訪れる都市のいろんな魅力を探していくのは楽しかったし、その土地の人々と交流するのも有意義だった。県民性というのは本当にあるもので、行く先々でいろんな発見があったから。
全員がそうだってわけじゃないけど、新潟の人は厳しい冬に耐える歴史を送ってきたからか、忍耐強く、真面目で堅実というイメージ。豪雪地帯であるにもかかわらず、日本有数の米どころとしてコツコツと積み重ねてきたからか、努力を惜しまない堅実さがあったように思う。
その反対側の静岡はのんびりしていて温和という印象。昔から東海道の要所として栄えてきたからか、あくせくした雰囲気がなく、のんびりしていて開放的なのは旅人相手に商売をしてきた影響だろうか。
そういった地方の違いというのはコンサートでの反応にも表れていて、比較的大人しいこともあれば真面目そうな人々が熱狂的に盛り上がって一緒に楽しめることもある。その違いがまた楽しい。
海外に旅行すれば人生観が変わるというけど、日本全国を旅するだけでも十分に価値観を変えられるんじゃないだろうか。
「今日は盛り上がったなー」
愛媛での最終日を終えて、観光前のホテルでのひと時。そこでみんなと今回の感想を述べあっていたんだけど、コンサート前に各所を回って抱いた印象とはまるで違い、とても盛況だったのでより姉が感心したようにつぶやいた。
「そうだね。コンサート前に会った人たちはみんな風流で穏やかな雰囲気だったけど、コンサート中はわたしみたいなネット出身のシンガーにも温かくてすごい熱狂ぶりだったと思う」
「やはり歴史というのはそこに住む人の性格にも大きな影響を与えるものなんですね」
かの姉もしきりに頷いているけど、みんないままでこんなにいろんな県を回ったことなんてなかったから、何を見ても新鮮なんだろう。
前回のツアーの時と違って今回はお嫁さん達全員が同行しているので、わたしも楽しさ倍増だ。五人分の目があると着眼点もそれぞれで、その意見を交換しているだけでも十分楽しい。
「京都の『着倒れ』、大阪の『食い倒れ』と並んで伊予は『持ち倒れ』という言葉がありますからね。流行には敏感ですから、今飛ぶ鳥を落とす勢いのゆきさんは以前から注目されていたようですよ」
マネージャーとして同行している五代さんは全国行脚に慣れているのか、その県の独自性というのをよく理解しているから、こういう旅慣れた人が一緒にいるといろいろ勉強になる。
コンサート、観光、人間観察といろんな観点から楽しむことが出来たので、裏方としてついてきたお嫁さん達も退屈することなく、ツアーそのものを楽しんでくれているようなので安心した。わたしにとっては一緒にいることそのものが大事なんだけどね。
ひとつだけ懸念事項だったひよりの体調も、五代さんやより姉たちがきめ細かく面倒を見てくれたのでいたって元気なもの。
「もう、ゆきちゃんだけじゃなくてみんなも過保護なんだから」
そんな苦情を言っていたけれど、その表情は嬉しそうなもの。
「ゆきとの子供なんだから、あたしら全員にとっても子供みたいなもんだからな。そりゃ大事にするさ」
「そうですね。産まれてくる子にとってはお母さんが四人いるようなものですよ」
「五人」
あか姉は誰をお母さんに勘定してるのかな?
「その中にはわたしも入ってるということでいいんですね」
五代さんが盛大な勘違いをしてるけど、あなたは「心の愛人」じゃなかったんですか。愛人が母親を名乗っちゃダメでしょう。
そんなこんなで楽しく過ごしながら、日本縦断町興しツアーは全席完売の大盛況で千秋楽を迎えることが出来た。
最終日には当然のことながら打ち上げとして同行したスタッフたちをも招いてお店を貸し切りにして盛大なパーティー。
当然お酒も振舞われているが、妊娠中のひよりは飲めないのが少し可哀想だった。姉妹三人が寄って大騒ぎしている中、ひよりは一人お店のバルコニーに設置されたテーブルに座り、大人しくオレンジジュースをちびちびと飲んでいる。
「一人だけ素面なのはつまらない?」
その向かいに腰掛けながら、その視線を追って一緒に星空を眺める。
「ううん。楽しそうにしてるみんなを眺めてるだけでも十分楽しいよ。ただふと見たら星空がとてもキレイだったから外に出てきただけ。こんなに綺麗な星空を見るのはいつぶりだったかなと思ってね」
確かにキレイだ。コンサート会場からは少し離れるけど、星好きなわたしの事を知っている五代さんとひよりが「日本一星空の美しい町」に七度も選ばれたことのあるこの町にホテルを用意してくれたから。
「本当にキレイだね。ありがとうね、ここを選んでくれて。こんなキレイな星空を見たのは熱海に行った時以来かなぁ」
「それって高校卒業前に一人逃避行をした時だよね」
しまった藪蛇だった。あの時は一人旅だったから当然ひよりもいなかったんだよね。
「あの時はすごく悲しくて不安で、どれだけ悠樹さんの帰りを心待ちにしていたことか……」
「はい、すいましぇん……」
今回のツアーが始まって以来、ひよりはわたしのことをずっと「悠樹さん」と呼んでいる。兄妹から一気に恋人関係に進んだという実感があって最初は気恥ずかしかったし、より姉やかの姉からはからかわれたけど、最近は少し慣れてきてそう呼ばれるのが誇らしくなってきている。
あか姉も最近真似して「悠樹」と呼ぶようになってきた。
かつての仲の良い家族は形を変えて。
でもそれは決して悪い変化じゃなくて。
全ては過去から繋がって今がある。
「あの時はそうだったけど、今となってはそれもいい思い出だよね。あの出来事があるから今があるんだと思ったら、あの哀しみさえ愛しく思えてくるよ」
「そうだね。後悔がまったくないわけじゃないけど、もし過去に戻れることがあっても結局同じ道をたどって同じ結果にするだろうと思う。今を失うのはイヤだからね」
一見回り道に見えたことでも、それがあったからこそ絆が強くなったこともある。
隠すことをやめ、全ての人に自分の事をカミングアウトしたからこそ、今こうやっていろんなことを受け入れてもらえているというのもあるだろう。全ては過去の積み重ね。例え話にはしたけど、時間を遡ることなんて出来はしない。未来に一足飛びすることも不可能だ。光速に近付けば時間の進みが遅くなるらしいけど、今の技術では光速の数パーセントに近付く事さえ至難の業だ。
つまり人間は今という時間を生きるしかない。
今という時間から過去をどう捉え、未来に何を目指すかによって今という時間の感じ方も大きく変わってしまう。
過去を土台と考えて、それが明るい未来につながると捉えられるひよりは本当に強い子だ。
「ひよりはきっといいお母さんになれるだろうね」
「それを言うなら悠樹さんも同じだよ」
「ひよりはどんな子供に育ってほしいとかあるの?」
誰にだって子供に託す希望というのはあるものだろう。そういう意味で聴いたんだけど、ひよりから帰ってきた答えは良い意味で違った。
「子供と言っても一人の人間だからね。親の理想を押し付けるより、自由で健康に、自分の選ぶ道を歩いて行ってくれるのが一番いいかな。たとえそれで本人が苦労することになってもね」
わたしと全く同じ考えなので驚いた。そう、レールは敷かない。自分で選び取った道を突き進んで欲しいというのはわたしも同じだ。
「一緒だね」
「悠樹さんならそう言うと思った」
わたしがひよりを理解しているよりも、ずっと深くひよりはわたしを知っているようだ。
やはり男というのはどこまで行っても女性には敵わないものなのかもしれない。生命をその身に宿せるというだけでも強いのだから。
もうすぐ母となるかつての妹に、尊敬の念を抱く夜になった。




