第25曲 国民のアイドル、復活
パーソナリティの紹介を受けてスタジオ入りするわたし。
目の前に鎮座するのは芸能界の大御所。拍手をしながらわたしを出迎えているものの、その眼差しはどこか値踏みをしているようにも見えるのは穿ち過ぎだろうか。
さすがはというか、長年この世界に君臨してきただけあって、漂うオーラは普通の人のそれではない。
人好きのしそうな柔和な笑顔で接してくれているものの、一筋縄ではいかない人間だというのはよく分かる。
この人の機嫌を損ねたら芸能界で干されちゃうのかな、なんて呑気な事を考える余裕はあるけれど。
「どうも初めまして。歌手、そしてダンサーとして活動しているゆきと申します。まだ若輩者ですが、今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
まずは型通りの丁寧な挨拶。あまりいい印象を持てないとしても相手は年長者。最低限の礼儀は尽くしておかないと、社会人としても失格の烙印を押されてしまう。負けず嫌いの虫にはまだ大人しくしていてもらおう。
「あら、歌とダンスをメインに活動してらっしゃるんですね」
この時点でわたしに興味がないと言っているようなものだ。普通ゲストとして呼ばれている人間のことくらい調べるものじゃないんだろうか。
「それにしてもお綺麗な方ですねぇ。わたしの若い頃にも負けないくらい。透き通った白い肌が羨ましいわ」
人の事を褒めながらも、露骨に自分の過去の事も自慢している。わたしと同じく自己顕示欲の高い人なんだろう。少し好感が持てるな。
「お若い頃の写真は見たことがあります。本当にお綺麗で、男であるわたしなんかと比べるのはおこがましいくらいです」
実際に見たことがあるのだが、本当に人形のように綺麗な人だった。過去形だけど。
独特の髪型と丁寧に施された化粧からは上品さが漂っているものの、寄る年波には勝てなかったということなんだろう。
失礼なことを考えているなと思っていると、目を細めて質問をしてきた。ヤベ、何か勘付かれたかな。
「ゆきさんはどうして歌をネットなんかで発表しようと思ったんですか?」
少しカチンときた。ネットのことをなんかと言ってしまう時点でこの人は何か偏見を持っているのだろう。そのネットでたくさんのリスナーさんに支えられているわたしに向かって言う言葉とは思えない。やはりどこかでわたしの事を見下しているような雰囲気を感じてしまう。
「ゆきさんほどの美貌なら、たとえ男性と言えどテレビでも十分に活躍できると思うんですよね」
一応補足を入れてくれたけど、もう遅いよ。
「昔、『ピーノちゃん』という名前で子役をやっていたんですけどね。その時も得意としていたのは歌とダンスだったんですよ」
ピーノちゃんという名前を聞いてわたしが誰か分かったんだろう。目を瞠っている。当時あれだけ人気があったんだ、芸能界に所属する人間なら名前くらいは知っていて当然だろう。目の前にいるのが当人だとは知らなかったみたいだけど。
「あなたがあの。当然知っていますとも。可愛らしい容姿に歌とダンス。視聴者を完全に虜にしていましたものね。それだけ芸能界で活躍していたあなたがどうしてネットの世界なんかに飛び込んでいったのですか?」
またなんかって言ってるよ。自分の発言の迂闊さに気が付かない人なのかな。
そういえば好き嫌いのはっきりした人だったな。もしかしたらネットはテレビを侵食してしまうと思って毛嫌いしている人なのかもしれない。
「小さなわたしには芸能界は厳しすぎました。長年ご活躍しておられるのでご存知だとは思いますが、利権が絡んでくるとどうしても、ね」
詳細をテレビで話すわけにはいかないのでそれ以上は苦笑いで誤魔化したけど、しっかりと伝わったようで深く頷いてくれた。
「あれだけ売れたんですものね。それはいいことばかりじゃなかったでしょう。それで嫌気がさしてテレビからは遠ざかったと?」
「それも原因ではあるんですけど、ネットでデビューしようと思ったきっかけは昔のネームバリューに頼らず、自分の歌声だけでどこまで通用するのか試したかったというのがあります。だから最初はVtuberとして素顔を出さずに活動していました」
これはあくまでわたしの挑戦だったから。
人々に幸せを届ける精霊としての使命を全うするためにも、本当に自分の歌声が人の心に届くのか知っておきたかった。
「なるほど。すごいチャレンジ精神ですね。普通の人ならば二匹目のどじょうを狙う所を、ゼロからスタートするというのは生半可な覚悟ではできないことでしょう。覚悟と自信、どちらもお持ちだったんですね」
売れるまで努力し続けるという決意はあった。だってお金をかけて地下にスタジオまで作ったのだから、こけたらそれらが全部無駄になってしまう。
「確かに中途半端な気持ちではできないことでしたね。設備の準備をするため子役時代に貯めたお金はスッカラカンになりましたし」
そう言って笑うと、それまでどこか一線を引いたような態度だったのが少し軟化したような気がした。
「そういう覚悟を持って全力を尽くす人には好感が持てますね。七光りや二番煎じ、一発屋の多い中、昔の功績という頼れるものがあるにもかかわらず、それを捨てる勇気がある人は賞賛に値しますよ」
彼女も彼女なりに、衰退しつつあるテレビ業界に対して思うところはあるのだろう。
だからこそ今勢いに乗っているネットに対して敵愾心みたいなものを抱いているのかもしれない。きっとそれだけ芸能界という場所を愛しているのだろう。
「かつて神童として一世を風靡したあなたがそれだけの努力をして、今の地位を築いたのですからテレビに出ればすぐにでもかつての名声と同等、いやそれ以上の人気を得ることが出来るでしょうね。これからもテレビに出る予定は?」
「この番組に出させていただいて、かつてのイメージもだいぶ払拭されましたので、まずは音楽番組からになるとは思いますが少しずつ露出を増やしていこうとは思っています。あんまり体を張るような企画は苦手なんですけど」
「アメリカであれだけ派手な事をやらかしておいて何を言ってるんですか。あの人間離れしたパフォーマンスはわたしも拝見させていただきましたよ。心技体、全てを兼ね備えたあなたならこれからどんなことがあっても大丈夫ですよ」
なんだ、アメリカでのこともちゃんとチェックしてるんじゃないの。ということはわたしの歌も聞いているはず。
最初に配信者と言い捨てたのはやっぱりわざとだったのか。
でもここに来て態度がどんどん軟化していってるのはどうしてなんだろう。
「最初の印象は新しい媒体でちょっともてはやされて、天狗になっているだけの人かと思っていたんですけど、話せば話すほどあなたの芯の強さと音楽を愛する心が伝わってきてとても好感が持てるようになりました」
元々歯に衣着せぬところが売りの人だったけど、ここまであけすけに言われるとは思わなかった。
もう苦笑いするしかない。
「最初はそのつもりがなかったんですが、ぜひあなたの歌を聴いてみたくなりました。今日、ここで唄っていただけますか?」
さすがにこの申し出には驚いた。今日の予定には全く入っていなかったからだ。どんな不測の事態にも対応できるように音源は常に持ち歩いているから問題はないけど、いきなりのリクエストというのは長年続いたこの番組でもほとんど例がないんじゃないか。
「ここで唄わせていただけるなら是非。そう言っていただけると光栄です」
さっそくステージに移動して一曲だけ披露することに。
唄っている間、手拍子をしてくれてはいたが、ずっと目を瞑ったまま聞いていた。
唄い終えて席に戻ると、力いっぱいの拍手で迎えられる。
「やっぱり配信で聴くのと生で聞くのとは全然迫力が違いますね。あなたの歌声、心の奥底まで響いてきました。これだけの歌唱力というか、発信力を持ったミュージシャンはほとんどいないでしょうね」
たくさんのミュージシャンを知っているはずの人からそう言われるというのは、とてつもなく名誉なことだろう。とても誇らしくはあるけど、そこまでべた褒めされると照れくさい。
「褒められてはにかむ姿まで可憐ですわね。本当に男の子かと疑ってしまうくらい。名残惜しいけど、もう時間が来てしまいましたので今日はこの辺で。いつかまた必ず来てくださいね」
次の出演のお願いまでされてしまった。前半は身構えていたものの、後半はとても楽しくおしゃべりできていたので、再出演に関してはこちらからお願いしたいくらいだ。
腹を割って話してみると、とても気さくないい人だということがよく分かる。嫌いな人に対する態度がどんなものなのかは分からないけど。今度からこの番組もチェックしてみようかな。
撮影が終わり、撤収する段になって言われた言葉。
「もし芸能界でイヤな事や困ったことがあったらいつでも言ってきてくださいね」
こう言われるということは気に入られたということでいいんだろうか。
後になって五代さんから聞いたところによると、撮影後にそうやって声をかけてもらえること自体が破格の扱いだとか。ましてや保護してくれるような言葉をもらうということはこれからの活動も安泰だと、わたしではなく五代さんが大はしゃぎしていた。
わたしの出演したその回は高視聴率をたたき出し、わたしのテレビ再デビューは最高ともいえる形で幕を開けることになった。
そういえば、わたしの負けず嫌いを発揮するまでもなかったな。




