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水の精霊 ~もっと光り輝いて~  作者: あるて
第2章 一等星になりたくて

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第23曲 余興の弾丸、メインディッシュはこれからだ

「ゆきちゃん!」


 ひよりの悲痛な声が響き渡った。

 わたしは腕を伸ばしたまま、微動だにしない。

 怪我をしたわけではない。

 ただ想像以上に凄まじい衝撃で、少々腕がしびれているだけだ。


 その瞬間は誰が見てもまさに衝撃的だった。

 9ミリパラペラム弾特有の高い音と共に、「ブォッ!」という空気を切り裂く掌底の音と、「パシ! パシパシィッ!!」という、弾丸がアクリル板に何度も跳弾する甲高い音が重なった。

 次元が違う。

 エアガンの時とは音も、衝撃も、迫力がまるで違っていた。



 スタジオでは当然、その瞬間のスロー映像が大型モニターに流れている。

 そこに映っているのは、飛んでくる弾丸よりも速いようにすら見える、弾道に向かい正確に繰り出される掌底。手のひらに張り付けられた鉄板で寸分の狂いもなく弾丸を捉え、その軌道を強引に捻じ曲げている。

 そして大きく軌道を変えた弾丸は設置されたアクリル板へ次々に跳弾しながら最終地点に設置された壁面へ深くめり込む。

 会場は完全に息を飲んでいた。


「Oh my God!」


 司会のローリー氏が思わずつぶやき、慌てて自分の口を押さえ込む。

 その顔からは先ほどまでの余裕の笑みは消えていた。



「よし」


 小さくつぶやき、ようやく痺れの取れてきた腕をそっと下ろす。

 やり切ったという達成感が、ゆっくりと全身を駆け巡っていく。


 この想いを最初に表すのはやはりこの人達しかいない。

 先ほどまでの緩慢な動きと打って変わって、素早く後方へと振り向いたわたしは、そこに並ぶ愛しい面々を見て表情を綻ばせる。

 満面の笑顔でブイサイン。


 四人の愛する姉妹と五代さんが、目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。


「さすがゆきさんです!」

「すげー! 本当にやりやがった!」

「感動しました!」

「超人」

「ほんとすごかったよ! 声も出なかったもん!」


 口々に賞賛の言葉を浴び、共に成功を喜び合う。


 これでわたしは「ちょっとネットでバズっただけの配信者」から「本物のサムライガール」へと変貌し、アメリカに最初の足跡を残すことが出来た。ガールちゃうねんけどなぁ。


 だけど本当の歩みを始めるのはこれからだ。わたしは大道芸人ではない。

 わたしの本当の武器は歌とダンス。

 これからスタジオで見せるわたしの声とパフォーマンスは、さっきの弾丸を余興に変えるほどの衝撃になるだろう。




 ロケ地はスタジオのすぐ隣だったので、移動にはさほど時間をかけることなく会場入りすることが出来た。


「それではもう一度紹介します。先ほど驚異的なパフォーマンスを見せてくれた日本の配信者、ゆきさんです!」


 こやつ。

 さっきの余興で少しは見方も変えたのかと思いきや、未だに「配信者」としか言わない。


 本業はミュージシャンだと分かっているはずなのに、まだ大道芸人扱いされるのは正直腹に据えかねるものがあるけれど、その余裕もここまでだ。

 チャレンジに成功した場合、スタジオで自分の楽曲を三曲、披露していいと言ったのは他ならぬこの司会者だ。

 今更反故になんてさせない。


 このまま「Oh my god」では済まないほどのインパクトを植え付けてやるから待っていろ。

 そう思っていたのだけど、ローリー氏はさっきの映像を何度も流したり、そのことについてコメントを求めてくるばかりで一向に約束については触れてこない。


 観客の中には疑問の表情を浮かべている人もいるから、意図的に引き延ばしているのは明らかなんだろう。

 いろいろと策を弄するのが好きなようだけど、残念ながらわたしはそんなに気が長くない。


「ローリーさん、チャレンジする前にした約束、覚えていますよね? そろそろ歌の準備に入らないと放送時間がなくなると思うんですが」


 事なかれ主義でニコニコしているだけの日本人とわたしを一緒にしないでもらいたい。

 基本的には性善説で、人には優しく、人々に幸せをがわたしのモットーであり使命だけど、悪意を持って接してくる相手には容赦がないんだよ?


「そ、そうですね。時間も押してきましたし、歌の方を披露してもらいましょうか。でももう少し先ほどのお話を聞きたいので二曲で済ますというのは……」


 その言葉には答えず、舞台袖に控えているスタッフに音源の入ったUSBを渡しながら言伝る。


「最初に入ってる三曲を流してくれれば構わないので」


 何が二曲だ、ふざけるな。

 日本には『武士に二言はない』って言葉があるんだよ。


 どうしてそこまで頑なにわたしという存在を否定しにかかるのかは謎だけど、観衆を味方につけてしまえばわたしの勝ちだ。

 アメリカ人の好みは徹底的に調べてある。

 派手な舞台装置とアクロバティックな動き。まさにわたしの得意とするところだ。


 この人にはわたしがミュージシャンだということを徹底的に教え込む必要があるだろう。

 苦々しい表情を隠そうともしないローリー氏に一礼をすると、ヘッドセットを装着。イントロが流れ出したのでステージに向かって走り出す。


 そして体操選手も顔負けの綺麗なロンダートから後方宙返り。それだけで大きな歓声が上がる。

 着地と同時に第一声を発した瞬間、会場からはどよめきが上がった。


 圧倒的な声量と技巧、倍音や裏声へのつなぎ、格闘技で鍛えた動きのキレ。

 そして技量や声量を越えた情熱的な歌声は、言語という壁を越えて直接心を鷲掴みにしてしまう。

 ノリのいい曲では全員が立ち上がってリズムに乗り、しっとりとしたバラードでは心を打たれて涙を流す。


 先ほどの弾丸を余興に変えるという決意をそのまま体現するかのようなパフォーマンスに観客はみな夢中になっていた。

 最初の二曲は日本語で歌い上げたが、最後の一曲は日本語を英訳して歌い上げた。帰国子女なめんな。

 ネイティブに比べても何ら遜色のない発音での歌唱に観客からは悲鳴にも似た歓声が上がり、わたしと会場は完全に一体となっていった。

 こうしてここアメリカでも「ミュージシャンゆき」が誕生。この国で確かな足跡を残すという目的を達成することが出来たと思う。


 三曲目が終わった後に「Thank you everyone for today!(みんな今日はありがとう!)」という言葉で締めると、会場が一体となってのスタンディングオベーションで応えてくれた。


 日本には日本の、アメリカにはアメリカのいいところがある。この直接的な好意の表し方はこの国ならではのものだろう。


 ステージを後にして司会者の元へ戻ると、ローリー氏は意気消沈したような、諦めたような表情でわたしを待っていた。

 その表情とは裏腹に、両手は惜しみない拍手を送ってくれている。どういうことだろう。


「本当にお見事な歌声とパフォーマンスでした。先ほどの弾丸チャレンジが霞んでしまうほどに」


 明らかに賞賛の言葉なのに、表情と食い違いすぎて戸惑ってしまう。ローリー氏もわたしの反応には気が付いたのか、苦笑いをしながら言葉を続けた。


「実はですね、ゆきさんの歌声の事は以前から配信を見て知っていたんですよ。その素晴らしさを知っていたからこそアメリカに来てほしくなかった。アメリカのミュージックシーンはエルトン・ジョンやボブ・ディランこそが至高だと考えていた私には、あなたという存在にアメリカの音楽界を塗り替えられてしまうのが恐ろしかったんです」


 なるほど。ただの白人至上主義だとばかり思っていたけど、アメリカの音楽を本当に愛しているからこそだったわけだ。でもアメリカにも素晴らしい歌を唄う有色人種はたくさんいるでしょ。スティーヴィー・ワンダーとかレイ・チャールズとか。


「だけど今日あなたの歌声を初めて生で聞いて、抵抗するだけ無駄だと悟りました。今日ここで唄わなくても、いずれあなたはアメリカで人気を博すことになったでしょう。そう考えればその足掛かりとなれたわたしは幸運な司会者なのかもしれませんね」


 そしてローリー氏は今日初めてともいえる本当の笑顔を見せ、わたしに握手を求めてきた。

 その力強さに若干の悔しさと敬意をにじませながら。


「サムライガールゆき! アメリカへようこそ!」


 歓迎の言葉と共に、握手した右手をそのまま高く掲げるローリー氏。

 こうしてわたしはアメリカでも強く、深い一歩を刻み込むことが出来た。


 ただ、何度も言うけどガールじゃないんだよなぁ。


 ――第2章 『一等星になりたくて』 完結――

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