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水の精霊 ~もっと光り輝いて~  作者: あるて
第2章 一等星になりたくて

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22/23

第21曲 本気を出したゆき

 結局、リハーサルでは一度も成功しなかった。


 現地のスタッフも心配そうな表情になってきて、『中止しましょうか?』と言ってくる始末。

 いくらリハーサルとはいえ、肩の力を抜きすぎたか。


「大丈夫ですよ! 本番では見事キャッチしてみますから!」


 うちの姉妹含めて五代さんも英語はネイティブ並みなので、現地の人とのコミュニケーションにも何ら問題はない。

 日本語で話しているかのような感覚で意思の疎通が出来る。英語が混じると読みにくくなるとかそういうんじゃないからね。


「なんでゆきちゃんはそんなに余裕そうなの? まだ成功したことないし、弾いた弾丸(たま)が体に当たったりもしたよね。危ないよ」


 心配げに袖をつかむひよりに向けて、わたしは安堵させるように説明してあげる。


「リハーサルはね、失敗するためにあると思ってるんだ。特にこういった絶対に本番で失敗しちゃいけないようなケースだと、どういうところに失敗の種が転がっているか確認しておかないといけない。風の向きとか、発射する瞬間の反動による弾道のズレだとか。あとは自分の体のコンディションもそうだね。でも心配しないで。わたしは本番でこそ最高のパフォーマンスを発揮する男! 安心して見ててくれていいよ」


 そうは言ってもひよりの表情は晴れない。もう、どこまでも過保護なんだから。

 何も言ってこないけど、他の三人も顔が曇ってるのは分かってるんだからね。


 本気でやった失敗には価値がある。どこかで読んだ受け売りだけど、真理だと思う。

 今日まで何度も繰り返してきたけど、このロケーションでの弾道のブレや風の向きはほぼ把握した。いくら見えているとはいえ、小さな物体。少しのズレで手の中から零れ落ちてしまう。本番で確実にキャッチするために、今日まで失敗を繰り返してきたんだ。


「本番はいよいよ明日ですね! 良いところを見せることが出来てませんけど、明日は期待しておいてください。わたしは本番に強い男ですから!」


 わたしの自信満々な態度に、先ほどまでの空気は少し和らいだ。

 幾人かのスタッフから「Man(男)?」という声が聞こえてきたけど。

 どこに疑問を持ってんだよ。



 そして迎えた本番当日。今日の天気は晴れ。都合の良いことに、風もほとんど吹いていない。やっぱりわたしには神様がついてくれているのかな。


 カメラが回り、スタジオと中継がつながった。

 会場は大いに盛り上がっているようで、インカム越しにでもその歓声が聞こえてくる。


「ゆきさん、初めまして! 司会のローリーです。わたしも配信を見ましたので知ってますよ、サムライガール! エアガンの小さな弾をキャッチするという離れ業を一度でやり遂げたそうですが、リハーサルでは何度か失敗したそうですね」


 弾丸の初速や気候条件など初めてのことが多かったせいもあるのだけど、ここで言い訳をしてもみっともないからあえて黙っておく。


「あはは。スタッフさんにはみっともないところをお見せしてしまいましたね。久しぶりのアメリカということで緊張してミスをしてしまいました。でも今日は本番。皆さんの期待にお応えできると約束しましょう」


 挑発するかのように不敵な笑みを浮かべると、会場はさらに盛り上がる。


「そういえばあなたはかつてアメリカに住んでいて、その時に歌を何曲か発表したそうですね。売れ行きはどうでした?」


 それくらいテレビ局なら少し調べれば分かりそうなものなのに、わざわざ答えさせるところに若干の悪意を感じる。

 ひょっとしてこの人……。


「あんまり、というかほとんど売れませんでしたね。まだまだ実力不足でした」


 ここも素直に認めることしかできないので、率直な反省を述べるしかない。


「でしょうね。ここアメリカで日本人が人気を得るというのは並大抵の事ではありませんから」


 その言葉で確信した。この人は白人至上主義だ。

 有色人種であるわたしに、好意を持っていないのは明らか。

 リハーサルでわたしが失敗し続けたことも小気味よく思っていて、今日も失敗することを望んでいるのかもしれない。


 面白い。

 ここでわたしの負けず嫌いに火をつけてくれるとは、逆に感謝するべきかもしれない。ここは流れに乗っておこう。


「ローリーさんはわたしの成功にあまり期待していないようですね。だったらこうしませんか?」


「どうするんですか?」


 期待していないという私の挑戦的な言葉に対して否定することもなく、続きを促す司会者。周囲の人間が心配そうな表情を見せているが、わたしとローリーさんは気にする素振りすら見せずに会話を進めていく。


「わたしがこの企画を一発で成功させることはもちろん、内緒でお伝えしていたチャレンジにも成功した場合、スタジオへ戻った後にわたしの持ち歌を一曲披露させてくれませんか?」


 姉妹たちと五代さんに内緒で、テレビ局側にあるチャレンジをしたいと打診してある。これはアメリカでしか実現できないことだから、是非ともやってみたいと思っていたことだ。

 わたしの一歩も引かない提言に対して、余裕の態度を崩さないローリーさん。


「あぁ、あれですか。聞いてますよ。およそ人間には不可能なことをやろうという無謀な試みですよね。いいでしょう。万が一それが成功したならば、一曲と言わず三曲、スタジオで披露してもらいましょう」


 かかった。

 しかも余程自分の賭けに自信があるのか、向こうから条件を釣り上げてきたのだから、ここで乗らない手はない。


「言いましたね。後からやっぱりナシなんてのはイヤですよ」


「テレビで公開されているのに嘘なんて言いませんよ。それよりも、ご自身の安全を第一に考えてください」


 あくまで無理だと決めつけている様子。

 ここまで否定されると逆に燃えてきてしまうのは、実はわたしってばギャンブラー精神が旺盛なのかもしれない。

 わたしという人間を舐めたこと、後悔させてやる。


「そろそろ時間も押して来ていますので、さっそく挑戦に移ってもらいましょう。何度か失敗するだけの時間も確保しておかないといけませんしね」


 これがアメリカンジョークというのだろうか。会場では笑い声が上がっている。

 わたしには理解できない笑いだけど、ヘイトも混じっていそうなその笑みを、今から驚愕の表情に変えてやる。


 後ろで殺気を出している姉妹と五代さんを振り返り、親指を立てて見せる。


(わたしなら大丈夫。任せておいて)


 そんなメッセージを込めて出したハンドサイン。みんなも意図を理解してくれたようで、同じようにサムズアップで返してくれた。



 所定の位置に着く。

 今日までのリハーサルで幾度となく繰り返してきた動作だけど、今までとの違いはわたしを知る人にとっては一目瞭然だった。


 獲物を狩る時の鷹のような、標的を射抜く鋭い眼光。

 玄人が見ても隙を感じさせない、無駄のない立ち居振る舞い。


 五感が研ぎ澄まされている。誰かが唾を飲む音が聞こえる。微かな風も逃さぬほどに、神経が活発化しているのが分かる。

 わたしの脳は忘却するという機能を得たものの、常人よりはるかに活発化することを覚えた神経細胞は元に戻ることはない。むしろ意識を集中させることによって前以上の集中力を発揮することができるようになった。


「それでは発射準備に入ります」


 その言葉と共に、トリガー役の男性が固定されたエアガンの後ろに屈みこんだ。トリガーに指をかけるのが見えた。

 わたしはゆっくりと腰を落とし、構えを取る。その弾道は何もしなければ喉元に命中する危険な位置だ。


 だけどその位置が腕を素早く振り抜くには丁度いい高さ。危険はない。

 なぜなら必ず成功するから。


「いつでもどうぞ。カウントダウンはいりません」


 スタッフたちが驚愕する。リハーサルではカウントダウンを入れて、なおかつ一度も成功しなかったのだ。

 中には自暴自棄になったと思う人もいるだろう。だけどわたしを知る五人だけは、逆に安心した表情を見せている。

 銃口から目を離さない。瞬きもせず、その小さな穴から飛び出す白い弾丸だけを待ち続ける。



 バシュ、フォン、バチィ!


 ほぼ同時に鳴り響いたその三つの音が止んだ時、わたしの腕は振り抜かれていた。

 ボクサーが右フックを放った後と同じ姿勢で止まっている。


 周囲の人間からは声もない。左耳にはめたインカムからも、何の音も聞こえず、無音だけが耳に痛い。

 息をするのも忘れたような空気の中、ようやくわたしは落としていた腰を上げて肩の力を抜いた。


 その途端にため息のような、息継ぎのような音がそこかしこから聞こえてきた。本当に息をするのを忘れていたのだろうか。


「け、結果は?」


 わたしは答える代わりに、握っていた拳を開き、その手に握られた白い弾をカメラに向けて見せつけた。


 途端に湧き上がる大歓声。

 事前の約束通り、一つ目の関門は突破した。


 次はもうひとつのチャレンジだ。

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