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水の精霊 ~もっと光り輝いて~  作者: あるて
第2章 一等星になりたくて

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第14曲 婚姻届けは誰のため?

 さすが敏腕社長と言うべきか、記者会見の手筈を整えるのが敏速だった。

 顔合わせをしてから数日後、五代さんから連絡があって日時と場所、そこに集まる記者たちまで決まっていたのだから。

 記者会見は三日後と決まった。


 だけど、その前にやっておくべきことがある。



「それじゃ行こうか、ひより」

「はい」


 借りてきた猫のように大人しくなってしまっているひより。

 これから向かう先を考えると仕方がないのかもしれないけど、妙にしおらしくなっているのが愛おしい。


「緊張してるの?」


 優しく顔を覗き込むと、真っ赤になって慌ててしまう。


「そそそ、そりゃそうでしょ! だって、だって。だってこれから向かうのは市役所だよ!?」


 ひよりの言うとおり、これから向かうのは市役所だ。


「逆にどうしてゆきちゃんはそんなに冷静なのさ!」

「市役所なんて住民票を取りに行ったりで何度も行ってるからね」


 会社を設立するにあたって印鑑証明や住民票などいろいろ取得するものがあったので、慣れてしまっているんだもの。


「それとこれとは話が違うでしょ! 今日は、こ、こ、こここここ!」


 コケー?


「鶏の真似してどうしたの?」

「違うわ! 絶対分かってて言ってるでしょ! 今日は婚姻届けを出しに行くんだから緊張だってするよ!」


 言われなくても分かってるよ。


「ごめんごめん。ちょっとからかっただけだってば。わたしだって嬉しいに決まってる。いろんな想いが交錯してるけど、不思議と緊張だけはしないんだ」


「慣れてるとか?」


 慣れるかバカ。

 わたしは×いくつなんだよ。一個もないっての。


「そうじゃなくってね。小さいころからずっと一緒だったひよりと籍を入れるというのがなんだか不思議で。まだちょっと実感が湧いていないのかもしれないね」


「そっか。ゆきちゃんはいろいろ諦めていた時期もあったもんね。わたしは小さいころからの憧れだったからなぁ」


 小さい頃と言われて、かつてのひよりを思い出す。

 昔はわたしのことをお兄ちゃんと呼んでずっとまとわりついてきた。

 まだ二歳だったから本人は覚えていないだろうけど、「お兄ちゃん、ちゅ~」と言って何度もキスをせがまれたのも懐かしい思い出だ。


「考えてみたらわたしのファーストキスはとっくにひよりに奪われていたなぁ」


「そんな小さなころのキスはノーカンです! ってか昔の記憶は薄れたんじゃないの?」


 脳の障害を乗り越えて、忘れることが出来るようになったわたしは、過去の記憶に関しても忘れてしまったことがたくさんある。

 ママのことはもうほとんど思い出せないし、小さなころのことだって、もやがかかったように曖昧だ。

 だけど忘れたくないような良い思い出はおぼろげにしても覚えている。嫌なこともうっすらとは覚えているけど。


 脳の容量整理のために忘れるということが出来るようになったものの、わたしの脳が活発に動いているという状況は変わることがなかった。

 だから覚えようと思ったことはすぐに記憶することが出来るし、反射神経や運動神経に関しても以前と変わらない。

 なんだかチート能力が増強されただけのような気もする。


「だいぶ忘れてしまったけど、可愛いひよりの姿はけっこう覚えてるよ」


 そう言って笑顔を向けるとまたしても赤くなってしまった。


「ほんと、ゆきちゃんてズルいよなぁ。わたしが覚えているのはステージでキラキラしてる姿だけなのに」


 覚えているのは仕方がないから、ズルいと言われても困っちゃうよ。


「でも前ほど鮮明に覚えてないのは少し残念かな」


「何言ってんの。思い出なんてそんなものだよ。おぼろげになるからこそ、余計に美しくなるんだよ」


 忘れるということのなかったわたしにとっては新鮮な答えだった。


 薄れていくからこそ美化される。細かいところを忘れてしまうからこそ、人間は欠けた部分をより美しくなるよう想像力で補完してしまうということだろう。思い出は美しい、というのはそういうことなのかもしれない。


「だったら今日の事も、おじいちゃんおばあちゃんになったころにはとっても綺麗な思い出になってるんだろうね」


 思ったことを呟いただけなのに、ひよりはそれが嬉しかったのか、わたしの腕に絡みついてきた。


「辛かったことも、悲しかったことも、全部いい思い出になるよ。いつか笑って話せるように、いつまでも一緒にいようね」


 頭をわたしの肩に預けて、甘えるように腕を抱きしめるひより。

 そうだ。わたしは忘れがちだけど、彼女たちには一年以上も辛く寂しい想いをさせたんだ。

 だからこそ、これ以上は寂しい思いをさせたくない。


「みんなずっと一緒だよ」


 そう言ってひよりの肩を抱きしめた。



 市役所に到着し、市民生活課に婚姻届けを提出。わたしとひよりの名前が隣同士で並んでいるのが少し照れくさい。

 届けが受理されると、受付の人から祝福の言葉をもらった。それと一緒に婚姻届受理証明書と、それを入れるための『婚姻届記念台紙』もプレゼントされた。なんかゆるキャラ書いてあるけど。

 せっかくだからとその場で台紙に証明書を張り付けて、ひよりがそれを大事そうに抱えたまま家路についた。


 その幸せそうな横顔を見ているだけで、愛おしい気持ちが満ちてくる。

 よかったね、ひより。

 だけど、より姉、かの姉、あか姉の三人にも同じ幸せを噛みしめてほしい。


「何を考えてるの?」


 わたしの表情の変化に敏感なひよりがすかさず反応してきた。


「なんでもないよ。ただ幸せだなぁって」


「嘘ばっかり。どうせより姉たちのこと考えてたんでしょ」


 図星をつかれては苦笑いをするしかない。


「どうして分かったの?」


「そりゃわたしだって考えるからね。でも安心して。所詮紙切れにしか過ぎないこの証明書、みんながこれを見て笑顔になれるものに改造してみせるから!」


「?」


 改造ってどういうことだろう。なんだか自信満々な顔をしているけど。


「まぁまぁ。明日これをリビングに飾るから、楽しみにしていてね」


 ひよりがそう言うからにはきっと悪い結果にはならないだろう、と思う。たぶん。



 翌日、朝食が終わってすぐに部屋にこもってしまったひより。

 いつもはリビングでのんびり過ごすから珍しいなと思っていたら、小一時間ほどして下りてきた。

 手に持っているのは前面ガラスのない額縁のようなもの。

 中央部分がデザインカットされていて、そこには昨日貰った婚姻届受理証明書が張られているのだけど、なんだか違和感がある。


「ここに貼っておくね!」


 そう言ってみんながいつも見てるテレビの横に飾り付けてしまった。


 より姉たちと一緒に見に行くと、最初に感じた違和感の正体が分かった。


 夫・広沢 悠樹  平成〇〇年一月十三日 生

 妻・広沢 依子  平成〇〇年七月三日 生


「え?」


 昨日は確かにひよりと婚姻届けを出しに行った。本来ならここには、


 妻・広沢 陽愛  平成〇〇年十一月十日 生 と表示されているはずだ。


「ひより、これどういうことだ?」


 より姉も驚いたようで、やや慌て気味に問い質している。


「もう、みんな慌てないでよく見てみて」


 そう言われてよく目を凝らしてみると、妻の欄が不自然なことに気が付いた。盛り上がっている?


「こういうことだよ」


 そう言ってひよりが妻の欄に手をやるとそのままピラリとめくりあげた。

 二枚目に書かれていたものは、


 妻・広沢 楓乃子  平成〇〇年七月十四日 生


 もう一枚めくると、


 妻・広沢 茜  平成〇〇年十一月二十五日 生


 最後は昨日の通りひよりの名前が記載されていた。

 朝から何をやっているのかと思ったらこれを作っていたのか。


「フォントがどれか分からなくて、合わせるのが大変だったけどね」


 そう言って笑うひよりに、三人の姉たちが飛びついた。


「ひより! お前ってやつは!」

「こんな素敵なものをくれるなんて!」

「感無量!」


 涙ながらにひよりを抱きしめて、感謝の言葉を述べる姉さんたち。

 わたしでもこんなことは思いつきもしなかった。ほんと、いい子に育ってくれたよな。兄として、夫としてとても誇らしい。

 ひよりがここまでみんなの事を考えて行動したんだ。

 わたしも覚悟を決めないと。


 開け放していたリビングの窓から一陣の風が吹き、壁に貼られた婚姻証明書に貼られた名前を揺らした。

 それは扇のように広がって、全員の名前が確認できるように、ゆっくりとはためいていた。

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