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水の精霊 ~もっと光り輝いて~  作者: あるて
第2章 一等星になりたくて

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第13曲 さらなる飛躍への布石

 会社というのも設立して終わりじゃない。


 姉妹たちの雇用手続きは社労士さんに、税金関係は税理士さんにお任せして全部済ませたけど、他にもホームページの作成やら銀行口座の開設、関係各社へのご挨拶など各方面でやることはたくさんある。

 本当なら同行するのは秘書兼副社長であるひよりの役目のはずなんだけど、そこは話し合ってるのか四人が順番についてくる。

 これじゃ、全員が兼任秘書みたいなものだな。


「これだけ従業員から愛されてる社長もゆきくらいだろうな!」


 今日の同行役であるより姉がご機嫌な様子で言うけれど、従業員が全員正妻という特殊企業だからでは?


「社長がこれだけ従業員を愛してる企業も、うちくらいだよ」


「言うようになったじゃねーか」


 より姉の男前ムーブを一番近くで見てきたからね。少しはあやからないと。

 そんな軽口を叩き合いながら歩いていると、前方に大きなビルが見えてきた。


「あそこだね」

「あぁ」


 そのビルが近づくにつれて口数が少なくなっていくより姉。


「緊張してるの?」


「全然! と言いたいところだがそういうわけにもいかないみてーだ。やっぱり最重要取引先の上層部と直接会うんだからな」


 今日伺うのは五代さんの働く芸能事務所。

 いくつかの会社が入ったテナントビルに入り、エレベーターで目当ての会社が入っている五階に向かう。


『トラフィック・ハブ株式会社』と書かれた扉の前に立った。『交通の要所』って意味なんだろうけど、それを言うならA transportation hubなんだよなぁ。これも和製英語ってやつかな。


 ノックをして扉を開くと、小さなエントランスに電話が一台置かれている。隣に各部署と担当者の内線番号の書いた表が置いてある。

 ピラミッド状に校正された、社内ヒエラルキーを感じさせるその表の上の方を探すと五代さんの名前があった。さすが敏腕プロデューサー。内線番号を押し、数コール待つと聞きなれた声が受話器越しに響いてきた。


「こんにちは。ゆきです。少し早いけど到着しました」


「お待ちしてましたよ。迎えにいかせますね」


 ほどなくして電話の隣に設えられた扉が開き、見知らぬ女性が現れた。


「広沢悠樹さんですね。応接室にご案内します」


 受付嬢というやつだろうか。革張りのソファーが置かれた応接室に通され、座って待っていると珈琲を運んできてくれた。


「五代は今社長を呼びに行っていますので、少々お待ちください」


 約束していた時間より十五分ほど早く到着してしまったので、少しくらい待たされるのは仕方ない。


「あ、おかまいなく」


 頭を下げると受付のお姉さんは微笑みながら扉を閉めた。

 さっきからより姉が大人しい。


「どうしたの? すごく緊張してるみたいだけど」


「緊張はしてるんだけどな。それよりも周りが豪華すぎて場違い感が半端ねー」


 確かにビルの外観も現代風でおしゃれな雰囲気。内線電話が置かれたエントランスにもスタイリッシュな社名のロゴがでかでかと描かれ、静けさも手伝ってハイソな感じ。そしてトドメに通された応接室は色鮮やかな赤絨毯が敷かれた部屋のど真ん中に、いかにも高級そうな革張りソファー。片側の壁面は全面ガラス張りで、ドラマで見かける銀行の頭取室のようだ。


 要するに雰囲気に呑まれてしまっているんだろう。


「相手も同じ人間だから。そこまで構えなくてもいいよ」


「そのへんの度胸はさすがだよな。あたしはもうちょっと慣れるまでは厳しいわ」


 いつものより姉からは珍しい弱気な発言。以前勤めていた会社はけっこうアットホームな感じがしていたから、雰囲気に慣れていないだけだろうとは思う。

 田舎の若者がいきなり国会議事堂に通されたような感覚なんだろうか。

 そわそわと落ち着かないより姉が可愛らしい。


「契約先の社長と会うってのに落ち着いてるよなぁ」


「契約の主体が個人から法人に変わるだけで、契約実態――中身は全然変わらないからね。今日は法人設立のお知らせと顔合わせだけだよ」


 わたしの場合は専属契約を結ぶにあたって面接などもなかったし、全ては五代さんがやってくれていたので、社長さんと会うのは今日が初めてだ。先方から法人化のお祝いを言いたいということで呼ばれたんだけど、内容はただの挨拶だ。

 やがて応接室の扉がノックされ、五代さんと一緒に、いかにもナイスミドルといった感じの紳士が現れた。年のころは四十代と言ったところだろうか。


「はじめまして。トラフィック・ハブ株式会社の代表の本多克也(ほんだかつや)と言います。以後お見知りおきを」


 一見冷徹そうに見える風貌をしているけど、その瞳に宿る温かさと、丁寧な物言いに好印象を持った。


「ご丁寧にありがとうございます。広沢悠樹です。社長さんも是非ゆきと呼んでくださいね」


 親しみを込めた笑顔で右手を差し出した。


「配信の時やコンサートの映像では見ていましたが、実際にお会いするとなるほど、五代が夢中になるのも分かるほどの美貌ですね」


「愛人一号ですから」


 それ、会社でも言ってんの?


 今まできれいとか可愛いとかはよく言われてきたけど、改まって美貌と言われるとかなり照れるな。

 切れ長の目に薄い唇、理知的な容姿からは怜悧冷徹と言った印象を相手に与えてしまうだろう。だけど、差し出した右手を握り返しながら見せる笑顔からは人好きのする温厚さと、信用のおける人柄がにじみ出ている。


 五代さんを見出したのもこの人だというから、人を見る目もあるのだろう。

 第一印象の紳士的な対応も相まって、わたしの中での評価は「信用してもいい人」になっていた。


「はにかんだ表情も愛らしい。男だということを忘れさせる可憐さは人の注目を集めるに十分でしょうね」


 よかった。この人はちゃんと男だということを認識してくれているようだ。さらに好感度アップ。


「ありがとうございます。以前はわたしのコンサートツアーに多大なる助力をいただきまして、ありがとうございました」


 五代さんが一生懸命説得したものの、役員の中には実績を理由に渋る人もいたらしい。

 そんな中、部外者に近いわたしのコンサートを実現するのにゴーサインを出してくれたのはこの人だ。


「将来性のある人に助力を惜しまないのがわたしどもの商売ですからね。期待を裏切らず、最高ともいえる結果を残してくれたことに感謝していますよ」


 全国五都市、通算二週間にわたるコンサートツアーは全日程全席完売、グッズの売り上げも絶好調で、相当な利益をたたき出した。

 実績がないことへの担保として、利益の取り分を会社側が多めに設定してあったのでかなりの儲けになったはずだ。


「今回わざわざご足労いただきましたのは、その時のお礼と、今回の法人化へのお祝いを述べるためでもあります。こちらから伺うべきところをありがとうございます」


「いえいえ。これだけの規模の会社を率いている以上、生き馬の目を抜くほど忙しいのは分かりますから。こちらこそ貴重なお時間を割いていただきありがとうございます」


 礼儀として社交的な挨拶を交わしたものの、少し気になる言い回しがあった。


「でもある、ということは他にも理由があるんですね」


 腹の探り合いは好きじゃない。気になったことは単刀直入に聞くに限る。


「さすが聡いですね。小耳にはさんだのですが、この度はご結婚されるそうで。まずはおめでとうございます」


「よく聞こえる耳をお持ちのようで。一つ下の血のつながらない妹と入籍することになりました。ありがとうございます」


 情報源は五代さんしか考えられないけれど、あえて濁すあたりはさすが敏腕社長と言ったところか。迂闊に名前を出すことの危険性を良く知っている。評判というものを気にする業界だからさもありなんだ。


「結婚のことは公表するんですよね? そこでわたしから提案なのですが、結婚報告記者会見を当社にてセッティングさせてはもらえないでしょうか?」


 さすがにこれには驚いた。記者会見というのはどこかが依頼して受けるものではない以上、大した利益を生まない。

 あくまでタレントの人気を守るために行うものであって、専属契約を結んでいるもののフリーに近いわたしのために開いてもほとんどメリットがない。だから考えられることとしては。


「その記者会見を通して、わたしの所属先を明確にしておこうということですか」


 今度は相手が目を見開く番だった。


「本当に聡いですね。かつての神童も伊達ではないということでしょうか。ただ、正解はまだ半分といったところですね」

「半分?」


 さすがにそれ以上は想像がつかない。わたしにできる役割とは何なのだろう。


「この度、弊社では子会社を作って、配信者及びVtuberの事業を本格的に行うことになりました。悠樹さんにはそこのアドバイザーとして弊社との結びつきを強めてもらいたいのです」


 企業に所属する配信者並びにVtuber。いわゆる企業勢と言われる人たちのプロモーションをこの会社でもやりたいということだ。

 アドバイザーということは、わたしも形では企業勢という形になって配信活動を行っていくことになる。


「それはゆきにとってメリットはあるのかよ」


 それまで何も言わずに石化していたより姉が口を出してきた。


「今でさえゆきはいろんな仕事を抱えて忙しいんだ。アドバイザーなんて仕事でこき使われたら本来の仕事に支障が出るんじゃねーのか」


「ちょっとより姉……」


 さすがに企業の社長を相手にその口の利き方はどうかと思ったが、より姉からは強い口調が返ってきた。


「ゆきは少し黙ってろ。どうなんだ。厄介ごとを押し付けるだけなら承知しねーぞ」


 最初は驚いた顔をしていた本多社長だったけれど、すぐに温和な笑顔に戻った。


「五代から聞いてはいましたが、お姉さんは本当に悠樹さんを大切に想っているんですね。ご心配なく。五代にも動いてもらってご負担は極力かけないようにいたします。お願いしたいのは配信者としてのノウハウの提供と、後進とのコラボをしていただくこと、あとは当社所属という形で、0期生としての肩書を背負ってもらうくらいです」


 ノウハウと言っても配信者というのは売り物があくまで個人であるからそんなに提供できるものはない。コラボに関しても今までにもやってきたことだし、実質的には負担ゼロに近いだろう。


「メリットとしては既に引き抜きを済ませてある有名配信者とのコラボが容易になることと、グッズ化。もちろん売り上げ利益の分配は行います」


 グッズという言葉にはより姉も魅力を感じたようで、浮かしかけていた腰を落ち着けた。

 わたしの方は少し気になる物言いがあったので質問をする。


「引き抜きを済ませている配信者というのは?」


「悠樹さんもよくご存じの方ばかりですよ。水音紡、冬空雪乃、レイラ、そして彩坂きらり」


 最後の名前には驚いた。企業勢としてもトップ層にいたきらりさんを引き抜いた?


「悠樹さんの名前は出していませんよ。ただこちらとして最大限の誠意を見せてお願いしただけです」


 どれだけの好条件を出せばこれだけの錚々たるメンバーをたやすく集められると言うんだろう。


「本当ならそちらの会社に出資してこの事業を全部任せていいとも思っていたんですが、悠樹さんの歌声を披露する場面が少なくなってしまっては元も子もありませんからね」


 そう言って笑う本多社長からは、わたしの事をよく理解してくれているというのが伝わってくる。


「わかりました。引き受けます」


「いいのか、ゆき?」


 まだ少し心配そうなより姉を制して話を続けた。


「わたしがVtuberとして活動していた時に飛躍のきっかけをくれたのは彩坂きらりさんです。彼女が所属する企業のために尽力するのはわたしにとっての恩返しにもなりますし、何より後進を育てるというのはわたしのやりたかったことでもあります。わたしの力でよければ存分にお使いください。あと、わたしのことはゆきでいいですよ」


 わたしの返答に満足したのか、それまでのビジネスライクな笑顔から一転、破顔した本多社長の顔は少年のようだった。


「やはりゆきさんはわたしの見込んだ通りの人だった。もし、配信者を引退する時が来たらこの会社はお任せしたいですね」


 こちらとしても同じ気持ちだ。この人は信頼に値する。会社を引き受けるかどうかは別にして。

 そして今回のことはわたしにとって相当なメリットがある。

 これからの飛躍、将来の安定、そしてもうひとつ。


 布石は打たれた。

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