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水の精霊 ~もっと光り輝いて~  作者: あるて
第2章 一等星になりたくて

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第12曲 本当に大切なもの

 指輪を渡したからといって生活が激変するわけではない。

 もともと一緒に暮らしているのだから、それは結婚という形を取っても同じかもしれない。


 だけど、気分的な問題ならまた別の話だ。

 婚約という形を取ることによって、姉妹たちに絶対的な自信が生まれた。端的に言うと、琴音ちゃんや五代さんに対して寛容になった。


「もうあたしらは婚約を交わした身だからな。わははは!」


「むきー!」


 今日も遊びに来た琴音ちゃんに対して正妻マウントを取っている。

 あの日からずっと、姉妹全員婚約指輪を肌身離さず持っている状態。さすがに普段から指にはめたりはしていないけど、それを見せびらかされた琴音ちゃんがわたしに詰め寄ってきた。


「わたしも愛人指輪ほしいー!」


 なんだ愛人指輪って。

 新しいジャンルを作りだすんじゃない。


「琴音ちゃんには悪いけど、わたしは愛人を公認した覚えはないんだよ?」


「押しかけ愛人でいいもん!」


 押しかけ女房みたいに言ってるけど、そんなジャンルもないからね。

 それにしても諦めずに食らいついてくるよなぁ。大阪でカッコよく去っていったあの時の哀愁はなんだったんだろう。


「琴音ちゃんもめげないよねー。暖簾に腕押しなのに」


 ひよりも琴音ちゃんには何気にえぐいよね。


「ひとり相撲ですね~」

「無駄」


 いや、みんな酷かった。


「どうしてわたしと五代さんとで待遇が違うんですか!」


 当の五代さんは姉妹たちと一緒に食卓でわたしの淹れた紅茶を優雅に飲んでいる。

 確かに格差があるよね。


「一号と二号では立場が違って当然じゃない」


 当然か?


「それにわたしは琴音ほどがつがつしてないし。心の愛人で十分に満足してるもの」


 心の愛人ってなんだろう。今日はいろいろ新しい言葉が生まれる日だ。

 

「だってわたしはゆきちゃんともっと触れ合いたいもの!」


 なんか生々しいからやめてくれ。


「それが贅沢だというの。わたしはゆきさんの笑顔を見ているだけで満たされるのよ」


 達観しているというか、ファンの鑑だよなぁ。これだけ欲望に差があったらみんなの待遇に差が出るのも当然か。

 でも五代さんも時折ハンターのような目をしてる時があるから怖いんだよな。


「わたしは浮気なんてしないから、愛人ってのもあくまで自称だからね?」


 一応釘を刺しておこう。


「ゆきさんがお姉さん方にベタ惚れなのは分かってますよ。その絡みを見てるのも眼福ですから」


 絡みゆーな。健全な優良作品だぞ。



「そういえばみんなとの婚約の件、ファンのみんなにも説明しておいた方がいいかな」


 記者会見まで開く気はないけれど、いつまでも秘密にしておくようなことでもないし、何よりファンのみんなにも祝福してほしい。


「それはもう少し待っとけ」


「そうですね。事が事だけにもう少し慎重に行動する必要があります」


 より姉と五代さんの意見が一致した。


「どうして? みんなも早く世間に認めてもらいたいと思わないの?」


 ふと見るとかの姉やあか姉、ひよりまで少し寂しそうな笑みを浮かべている。


「あのな、ゆき。誰にも恥じることはないと思ってくれているお前の気持ちは嬉しいよ。だけどな、どこまで行ってもあたしらの関係は特殊なんだ。やっぱり四人の妻を娶るというのは普通の事じゃないんだよ」


 より姉に優しい声で諭されてしまった。


 考えてみればその通りかもしれない。いくらわたしに後ろめたい気持ちがなくっても、世間の賛同を得られるとは限らない。

 わたしだけなら耐えられるけど、愛しい人たちが後ろ指を指されるのは我慢が出来ないだろう。


「わたし達はいいんだけどね。でもゆきちゃんは人気商売だから、悪い評判が立つわけにもいかないでしょ。わたし達もそっちの方が耐えられないし」


 みんなも同じことを考えていた。

 確かにみんなの人生を背負っている以上、人気が落ちてしまうようなことは極力避けないといけない。下手をすると設立したばかりの会社が即倒産ということにもなりかねないのだから。


「そんな顔しないでください。わたし達はゆきちゃんの気持ちは知っていますから。それだけでも十分幸せですよ」

「幸せの形はひとそれぞれ」


 意気消沈していると慰められた。こんな形にしてしまった張本人であるわたしが気を遣ってもらってどうする。


「それじゃ、わたしは一生結婚なんてせずに、家族と共に生きていくって発表するよ。元々家族思いで通ってるし、それなら賛同も得られると思う」


「ゆき……」

「ゆきちゃん……」


 これならもっと喜んでくれると思ったのに、みんなはまだ寂しそうな顔のままだ。


「まぁそう焦るな。世間にはあたしらの血がつながっていないことも知れ渡っているし、勘ぐられてしまう危険性もあるんだ」

「そうですよ。その辺はわたし達も話し合ってますから」

「名案がある」


 みんなが優しい笑顔でそう言ってくれる中、ひよりだけが苦しそうな顔で下を向いている。どうしたんだろう?


「ゆき、ひよりと入籍しろ」


 ……え?


「ど、どういうこと?」


 言っている意味が分からない。わたしは四人全員を等しく愛してる。誰か一人を依怙贔屓するなんてことは考えることもできない。

 だから入籍という形にこだわるつもりはなかったし、事実婚というものを受け入れる気でいた。


「言っている意味そのままだよ。ひよりと入籍して、世間にはひよりと結婚したと発表するんだよ」

「どうして!」


 思わず声を荒げていた。


 世間に発表してひよりが表に出るということは、他の三人は陰に隠れてしまうことになる。

 ひよりのことももちろん愛しているけど、だからといって他の三人を陰に追いやるなんてことは出来るはずもない。


「わたしはみんなにプロポーズしたんだよ!? それでみんなも受け入れてくれたよね! それなのにどうして!?」


「落ち着いてください、ゆきさん」


 激昂するわたしを見かねたのか、五代さんが間に入って肩に手を置いてきた。


「みなさんだってきっと真剣に考えたと思うんです。それで見つけた最適解がきっとこの形なんでしょう」


 最適解? なんだよそれ。

 三人が大手を振ってわたしの妻だと名乗れないことが最適?


「そんなの、ただの自己犠牲じゃない……」


 ダメだ。堪えようと思っても涙がこぼれてしまう。

 この涙は悲しみなのか、憤りなのか。


 きっと両方だろう。

 こんなことになってしまった悔しさ、この結果を招いてしまった不甲斐ない自分自身への怒り。そしてこの結論を選んだみんなの気持ちを考えるといたたまれない想いになってしまう。


 入籍するという立場を得たひよりだって素直に喜ぶことはできないだろう。それはさっきから辛そうな表情をしていることからも読み取れる。


「自己犠牲というには短絡的すぎるんじゃないの? 誰か一人でもゆきちゃんと入籍すれば、少なくとも既婚者として世間には認知させることが出来るんだよ。それが表面上はひよりちゃんが前に出るというだけで、お姉さんたちにとってはゆきちゃんが結婚しているという事実の方が大事なんだよ」


 それまで黙って事の成り行きを聞いていた琴音ちゃんも間に入ってきた。


「そうやって思い悩んで、涙を流すほど四人の事が大切なんだね。その想いはきっと伝わってるよ」


「そうですよ、ゆきちゃん。それだけ平等にわたし達の事を愛してくれていること、とても幸せです。わたし達はそれで十分なんですよ」


 かの姉はそう言ってくれるけど、わたしはまだ自分の気持ちに整理をつけることができない。

 気持ちが爆発してしまったわたしはかの姉にしがみついていた。


「ごめん、ごめんね。みんな本当にごめんなさい。わたしが不甲斐ないばっかりに……」


 嗚咽交じりに謝罪の言葉を繰り返すわたしの頭を優しく撫でてくれている。

 その手は二本になり、三本になり、やがて姉妹全員の手がわたしの体に触れていた。


「謝らないで、ゆきちゃん。それだけ愛してもらえて、わたし達は本当に嬉しいんだよ。わたしもお姉ちゃん達に申し訳ない気持ちはあるけど、この形が一番いいと思ってる。誰が、じゃなくて結婚している、という事実があればそれでいいんだよ」


 後ろから聞こえてきたひよりの声に振り向くと、そこには笑顔の妹がいた。

 そして目の前と両隣には慈愛の瞳で見つめる三人の姉。


「そうだぞ。形なんてどうでもいいって言っただろ。大事なのはゆきが結婚していると発表することだけ。そうすれば勘違いした悪い虫が寄ってくることもなくなるだろうしな」


 わたしの頬に触れながら優しく語り掛けるより姉。その瞳はどこを見ているの?


「なんでわたしを見るんですか」


 琴音ちゃんだった。日本の歌姫を虫扱い。


「たとえひよりと入籍しても、ゆきの妻はわたし達四人だ」


 琴音ちゃんと五代さんからガードするように体を寄せてくるあか姉。


「わたし達の想いを全部受け止めて、それ以上の愛情を返してくれるゆきちゃんの気持ちはよく分かっていますから」


「そうだぞ。それだけ深く人を愛せるゆきだからこそなんだよ。他の人間だったらあたし達もこんなことは言わねーよ。その心を知っているから、どんな形になっても安心してられるんだ」


 より姉も横から、かの姉が後ろから寄り添うことで、正面に立つひよりと向き合う形になった。


「妹だけど、わたしもお嫁さんだから。よろしくね、ゆきちゃん」


 はにかみながらも決意を秘めて微笑むひより。いつの間にこんなに強くなったんだろう。

 強くしなやかなその姿はとても綺麗で。


「みんな、本当にそれでいいの?」


 わたしの問いかけに、笑顔で頷く四人。

 その姿は幸せそうに見えたけど、わたしの目にはまた別の形で映っていた。


 わたしは必ず、本当に大切なものを守ってみせる。密かにそう決意していた。

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