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蒼嘉國雅芸宮奇譚 ーあやし くすしき 三日月の調べー  作者: Kirishimashiho


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立つ鳥の痕ー②

 

 対外的に、雅芸宮には八つの池がある――ということになっている。


 しかし実際は雅芸宮の中央に広がる大きなひとつの池であり、各殿舎から天鵬楼(てんほうろう)へ延びる十字の橋と、隣り合う殿舎同士をつなぐ回廊の中ほどから中央楼へ抜けられる十字の橋――図面上で見ると「米」の字に渡された橋で八つに区切られて見えるので、便宜上八と数えることになっている。

 これは雅芸宮が左右対称と強く認識させる要因のひとつでもあった。


「まったく。幕引きをはかろうとしているところで待ったをかけてこようとは」


 少し先を行く士雲が袖を振りながらぶつぶつ言っている。銀丈や第一発見者である宮妓、立ち番の下級武官数名も伴って、現場に向かっているところである。


 白星殿二の池は、白星殿と耀風殿の間で、かつ白星殿に近い側をさす。

 それでいて、夜雀の出現する場所から近いため、彼も報告を待つだけでは気がすまなかったのだろう。つねよりずいぶん早足になって、池に差し掛かった赤い橋を延々南へ進んでいく。

 夜雀にさんざん振り回されている彼としてはとても落ち着いてはいられないのだろう。


「あそこだな。くそ、もう野次馬が集まっているではないか。――(しし)もいる」


 士雲が首を伸ばすのにつられ、岳晋も目線を遠くにする。

 天鵬楼に近い欄干に幾人かの女たちが集まっていた。赤や黄、青の服をまとう宮妓のほか、濃淡さまざまな黒衣の女官もまじって、水面に目を凝らしたり、欄干から身を乗り出したり。まるでめずらしい魚でも見つけたような騒ぎだ。

 中でもひときわ存在感を放っているのはやはり、深い黒と身幅が目を引く女官長・陸媛清である。


「士雲さま、ご足労を。岳晋さまに、銀丈さまも」


 女官長を筆頭に、宮妓らがさざめき、いっせいに頭を低くした。

 いくらか混じる熱い視線、熱い吐息に銀丈がひらりと愛想よく手を振り、士雲はそっけなくうなずくだけで水面を見やる。岳晋も急ぎ確認した。


「あれか」

「そのようですね」


 なにやら茶色いものが波紋の中で揺れている。

 梅の実ほどの大きさがあるように見え、その点は確かに小鳥の笛に通じるものを感じたが、あいにくこの距離では正確なことは言えそうにない。

 池に浮いた枯れ葉も見え方の邪魔をした。風が吹くたび水面が揺れるのである。


「回収せよ」


 ただちに士雲の命が下り、下級武官らが動き出した。

 同時に、銀丈に対してこの場に居合わせた宮妓や女官の名と所属を把握するよう指示がある。彼はすばやくこれを請け負い、女たちの中に入って雑談という名の情報収集をはじめた。彼の得意とするところである。


「大変なことになってしまいました。まさか今頃になって小鳥の笛が見つかるとは」


 欄干に手をつき、ひとりの武官が池に入るのを目で追いながら、女官長が大きく眉尻を下げた。


 気も早くあの浮遊物を小鳥の笛と決めつけての発言である。いささか軽率だが、ひとまず士雲がその点を指摘する様子はないので「そうですね」とだけ応じておく。


 気ははやるが、推測でものを言うより事実を目にする方が重要だ。


 ほどなく、池に入った武官が岸に戻り、回収された浮遊物が士雲の元に回ってきた。

 

 やはり小鳥の笛である。


 水に濡れてつやめいてはいるが、その大きさ、その手触りは先ほど執務室で見た笛とまったく同じだ。士雲が手ずから笛にふれ、その小鳥の顔のつくりを、さらには、背の部分にあたる身体の線などをしかと確かめる。


「確かに例の笛だな。どういうことだ。荷検めで見つからなかったものが、なぜ今ここにある」

「犯人が肌身離さず持っていたのでしょうね」


 女官長が勢いこんで答えるのに、岳晋も深くうなずいた。


 ほかに考えようがない。


 荷検めは雅芸宮の住人たちが殿舎内の一か所に集まる食事の時間を狙って行い、部屋の者を順に呼んで立ち会わせ、棚や抽斗はもちろんのこと、寝台の裏や花瓶の中、敷布の下まで総点検した。

 繊月が気を利かせて笛を三つ持たせてくれたため、大勢の応援を頼んですべての殿舎で同時に点検することができたのだ。あのときとっさに部屋の中から持ち出したり、人目を盗んで隠ぺいするのは困難だったはずである。


「やはり荷検めの際に服の下まで確認すべきでしたわね」


 不意を打って女官長が言い添えるのに、士雲がぴくりと反応した。続けて「わたくしはそうすべきと思っていたのです」とさらに強く主張するものだから岳晋もひやりとする。


 服の下まで確認すべきか否かについては当然一度は議論に上がったが、女官に任せて抜かりなく行えるか――という点に不安があって見送られた経緯がある。その不安もこの騒ぎにおける女官らの初動の遅れから生じたものだ。そこを理解せずして『すべき』などと言うのは筋違いも甚だしいことである。


 これは士雲も黙っていないだろう。

 その表情をうかがうと、案の定、彼は目の奥に静かな怒りを漂わせていた。

 察しのよい宮妓らが早くもびくついているが、そこは猪突猛進の女官長である。「そうですわ、今後はこの件、わたくしどもが調査を行いましょう」などと言いだすから天を仰ぎたくなる。


 なぜみずから墓穴を掘りに行くような真似をするのか――。


「やだなー、女官長」


 と、そこで流れを一変させたのは銀丈だった。


「僕らがご婦人方の帯を解き襟を開くなんて不埒な真似できるわけがないじゃないですか」


 と、右耳から左耳へ、囲いこむようにささやけば、女官長は「まあ」と頬に手を当て、ほかの女たちもほっと表情をゆるませる。


 銀丈もまたにこりとした。


「そうだ。濡れてしまった彼をお世話してもらえませんか。身体も冷えただろうし、服も乾かさないと。紅花殿は喉の乾燥を防ぐためにいつも湯を沸かしてますよね? お茶でも淹れていただけると助かります。ついでに僕もいただいていいかな。喉かわいちゃって。ああ、いっそみんなでお茶会でもする?」


 彼がその美しい顔を左右に振り向けると、たちまち女たちが色めき立った。


 こうなると彼の独壇場である。「さあ行こう」とひと声かけるだけで、掃き集めるかのようにみな彼についていく。士雲と二人取り残されるまであっという間だ。思わず笑ってしまう。


「さすが銀丈殿。あざやかなお手並みですね」

「それがやつの仕事だ。茶会を終えるまでに何かしらの情報を握ってくるだろう」


 士雲が喉を鳴らして笑った。

 少し機嫌が直ったようだ。

 まるでその声が聞こえたかのように、銀丈が肩越しに振り返り、ひらり、手を振ってみせた。



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