その羽は、漆黒-⑦
「――珠佳さま、お仕事できすぎでは」
繊月は思わずつぶやいた。
栄安一の歓楽街、そのいっとう目立つところに門を構える高級妓楼・金花院の一室である。
目論見通り今日の稼ぎ場に潜りこむことに成功した繊月は、早々に満室になったことをいいことに、贅沢に明かりを使った妓女らの控室で冊子を読みこんでいる。
「いやほんと、すごい」
一枚、また一枚とめくるにつけ、感嘆にも力がこもる。
台帳は、宮妓ひとりにつき一枚、所有する楽器や所属・階級、採用年月日や生まれ年などが整然とした美しい文字で記されており、それぞれが楽器の種類ごとにまとめられていた。
紐をとけば年齢順や階級順にも並べ替えができるので汎用性が高く、ひょっとすると珠佳は以前からこれを持っていて、この機に楽器の種類ごとに並べ替えて貸してくれたのかもしれないと思う。
予想したとおり、彼女の仕事は信用できる。
(ひとまず笛の中に雀の鳴き真似ができるものはないな)
手始めに『吹』の楽器のあたりを読みながら、繊月はその事実を把握した。
一般に想像される縦笛、横笛はもちろん、細い竹を束ねたような形状の『排簫』、瓢箪の胴に竹の管をいくつもつないだ『笙』、小鳥の水笛と構造上同じ部類に入る、陶器製や石の『壎』など、素材、形状、音色までも多種多様でさすが雅芸宮と思うものの、どれもあくまで奏楽用の楽器であって、疑似笛として代用が利くものではないと分かる。
それでいて、宮妓が所持している楽器は必ずしもひとつではなく、たとえば琵琶の奏者が予備として二面三面の琵琶を所持しているのはふつうだし、台帳を見るかぎり、十弦琴の奏者が小鼓を所持していたり、縦笛の奏者が横笛を所持していたりもする。
いろいろ扱えた方が活躍の機会が増えるという考えなのだろうけれど、紅花殿や耀風殿の宮妓が小型の楽器を所有している例もあるから、あらためて全体を、時間をかけて読み解いていく必要がありそうだ。
(――で、本題には関係ないけど気になるのがこの人だ)
繊月は鼻にしわを寄せた。
冊子の後方、『打』の楽器の一番目につづられているその人は、今朝ほど軽微な修理を頼んできた旺喬である。
所有しているのは『石琴』一台。それ自体は問題ではない。引っかかるのはべつのところ。
(階級が、白星殿三位……)
夜雀騒動の発端は白星殿三位の宮妓の交代である。
そして台帳を見るに、旺喬は雅芸宮に入ると同時に三の位に就いていることも分かる。
在籍年数の長い宮妓が昇格するのならいざしらず、新人がいきなり上位に就く。
なんらかの力が働いているのは明らかだ。そして、この一見筋の通らない位付けも、雅芸宮の主である士雲の決裁がおりなければ実現しないはずである。
(でもこれを見ると、士雲さまが旺喬さまに便宜を図るのはおかしいんだよね……)
あやしくし。
むうと唸りながら台帳の文字に目を細めていると、「繊月、ちょっと」と声がかかった。




