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蒼嘉國雅芸宮奇譚 ーあやし くすしき 三日月の調べー  作者: Kirishimashiho


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唄う鴨子ー①


 どこかの誰かが嫁に行くらしい――と気がついて、繊月(せんげつ)は仕事へ急ぐ足を止めた。


 秋盛りの蒼嘉国(そうかこく)栄安(えいあん)。紅葉の名所と名高い半国寺(はんこくじ)の大門の近くである。


 すがすがしく晴れた空にすでに日は高くのぼっており、人や荷車が絶えず行きかう往来に一見それらしい姿は見当たらない。

 が、大路に立ちのぼる土埃(つちぼこり)をかいくぐるようにして、確かにその音は耳に届いた。


「祝いや、祝いや、みな祝いや――」


 キンと高い女衆の口上に続き、銅鑼(どら)に太鼓、琵琶に笛がドン、テン、ヒャラリとにぎやかに鳴る。


 それこそまさに花嫁行列が街を往く証だった。


 夜空からいっせいに星が降るような、リン、シャン、という鈴の音の重なりはつねになく豪勢で、裕福な家の娘が嫁ぐのだろうと自然に想像がつく。


(さて花嫁はどこだろう?)


 繊月は両耳に下げた房飾りを大きく揺らし、鼻を上向けた。


 まなじりの下がった眼を閉じ、耳を澄ませて音を追えば、祭りのような賑わいはあんがい近くにあると気づく。


 そちらに足を向けると、同じく耳を誘われたのだろう、三人組の女児が、「お嫁さんどこー?」と声をあげながら繊月の脇を駆けていった。


(かわいいなあ)


 思わず頬がゆるむ。


 三人はめいめい振り太鼓を握っている。花嫁に向かって祝いの音を鳴らすと返礼の菓子が振る舞われるから、これからめいっぱい鳴らして回るのだろう。


 通りには同じように、楽器を手におもてへ出てくる女性の姿がいくらもある。さすがに大人の持ち出す楽器は子どものそれよりいくらか上等だが、方々から放たれる音はまろやかに重なり、やがてひとつの旋律を形作った。


 花嫁のための祝いの曲だ。


 道行く人がみな花嫁の門出に彩りを添える――それはこの国伝統の輿入れの風景だ。


「――うん、めでたいね。これは翡翠(ひすい)仙女も祝福する」


 繊月は胸いっぱいで呼吸しながら、(いらか)の波の果て――帝のおわす宮城(きゅうじょう)の、さらに向こう側――蒼天にくっきりと浮かびあがる天尖(てんせん)山を遠望した。


 その名のとおり天を突くようにそびえるその名峰には、古来より世にも美しい仙女が住んでいるとされている。長らくこの国を守護し、繁栄させてきた、翡翠仙女である。


 この翡翠仙女は歌舞音曲(かぶおんぎょく)を愛することで知られており、花や玉石、山海の幸を供物とするのと同じように――いやそれ以上に、歌や舞、管絃の()が捧げられるのを喜んだ。


 いわく、日照り続きに雨乞いの舞を奉納したら天水が大地を潤した――。

 いわく、道迷いのさなかに歌を唄ったら土地に明るい者と遭遇した――。

 いわく、瀕死の病人を前に奏楽をもって祈願したらすっかりと回復した――などなど、翡翠仙女と歌舞音曲にまつわる不思議な逸話は大なり小なり語り継がれており、今では季節ごとに執り行われる宮中祭事はもちろんのこと、庶民の日々の暮らしのあらゆる場面においても楽を奏するのがこの国の習わしとなっている。


 つまりこうして花嫁の門出をみなが奏楽で祝うのも、仙女の加護を乞うため。

 いずれわが身、かつてわが身と思う女たちならなおさら、花嫁の乗る紅い輿が近くを通るとあれば、楽器を手に手に駆け出でずにはいられないのである。


「ではわたしも」


 と、腰帯に挿した横笛に手を伸ばしかけたとき、背中にどんと衝撃があった。

 この人混みなら多少の押し合いへし合いは仕方がない。それでも頭くらいは下げておくかと振り返ると、思いがけず憎悪にゆがんだ若い娘の顔が面前に迫る。


「――あんたみたいな『わけあり』が吹くんじゃないわよ。縁起の悪い」


 いきなりの暴言に面食らった。


 この人誰だっけ――と、見覚えのあるような、ないようなその団子鼻の顔を注視すると、娘は繊月をひと睨みしたのち、さっと身をひるがえして人混みの中に消えていく。


 驚くべきことに、手には(かね)を持っていた。

 あんな表情をして他人を罵ったあとで、自分は祝いの奏楽にくわわるらしい。


(あやしくし……)


 亡き父の口癖が脳裏に浮かぶ。

 (あや)()しーー不思議だなあ、おかしいなあという意味合いだ。


 祝いの場でのあのような振る舞いこそ縁起が悪いではないか。

 思いつつも、繊月は腰に伸ばしていた手で空をつかみ、そのまま通りに背を向けた。


 年老いた父と行き遅れの母の間に生まれ、二人に先立たれて齢十六にして天涯孤独の身。それが今の繊月である。

 両親のなれそめなど知らないが、親子ほど歳の差のある二人がわけなく連れ添うはずもなく、またひとり娘が十五の歳も数えないうちに二親(ふたおや)とも逝ってしまったのだから、縁起が悪いと言われれば否定のしようもない。


(ま、しょうがない、しょうがない)


 あきらめというか、開き直りというか。妙にすっきりした気持ちで歩き出す。


 あの団子鼻の娘が行きつけの飯屋の常連だと思い出したらなおのこと、暴言についてはどうでもよくなった。

 むしろその行動力の使いどころを間違えていると詰めてやりたい。いつももじもじしながら飯屋の息子を目で追っているのはなんなのだ。こんなところで絡む勇気があるならさっさと色目でもなんでも使えばいい。


(――はっ。だめだ。ひねくれてる)


 あわてて頬をこねくり回し、繊月は蒼天目がけて雄々しく顔をあげた。


(これはあれだ、寄り道せずに仕事に行けっていう翡翠仙女の思し召しだ)


 房の耳飾りを大きく揺らしてうんうんとうなずく。


 日雇い仕事に行き、心をこめて笛を吹き、駄賃をもらう。そして、もらえなかった祝い菓子の代わりに何か美味しいものを食べる。

 そして今日は早く寝よう。そうしよう。


 そう、前向きに決めて大きく一歩踏み出したときだった。


 ふいに耳を奪われるものがあり、繊月はぴたりと動きを止めた。


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