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蒼嘉國雅芸宮奇譚 ーあやし くすしき 三日月の調べー  作者: Kirishimashiho


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立つ鳥の痕ー⑦

 

「その猪って、食用ですか? それとも愛玩用ですか?」


 銀丈のあとをついて歩きながら、繊月はたずねた。

 雅芸宮とは深い濠と高い壁に囲まれた閉鎖的なところであり、野生の猪が入りこむ余地はないわけで、猪がいるとすれば飼育されていることになる。愛玩用ならうり坊の可能性もあるけれど、食用なら成体にちがいない。後者が逃げ出し捕まえるのに格闘中ということであればけっこうな問題だろう――。

 と、大真面目に考えたのだが、なぜだか銀丈には大笑いされた。


「違う違う、猪っていうのは、愛称というか通称というか、なんかそんなやつだよ。安心して」

「……ということは相手は人ですか」


 なんだ、と微妙にがっかりする。

 記念すべき雅芸宮の――正確にはその外側にある黒曜殿の――門をくぐる第一歩をおかしな感情で超えてしまった。できればもうちょっと厳かな気持ちでいたかったのに、台無しである。

 

「ちなみに戦ってる、というのも比喩なんだけどさ」


 繊月の落胆など知る由もなく、銀丈は続ける。

 比喩――そうだろう。立ち番の武官にも行きかう文官にもあわただしさはない。捕り物や騒動があっているわけではなさそうだ。何か重要な問題が起こって、岳晋が対処に乗り出しているということだ。

 

「べつに岳晋さまがおられなくても大丈夫ですよ。場所と台帳さえあればひとりでやれます」


 宣言すると、銀丈は大きくこちらを振り返って、なぜかにっこり笑いかけてきた。

 なんとなく不穏なものを感じて身構えると、彼はますます笑みを深め、


「ねえ鴨子ちゃん。怒らない?」


 繊月は思わず真顔になった。


「なんですか、その不吉な質問。怒られそうなことがあるんですか」

「うん。実は書庫が台帳を出さないって言い張ってるんだよね」

「は?」

 

 真顔がさらに硬直する。

 が、銀丈は「そこで書庫の入り口に立ちふさがってるのが、猪こと女官長というわけ」と呑気に笑っている。笑い事ではない。

 繊月は待て待てとばかりに大股で彼に追いつき、追い越し、きっと美々しいその顔を睨みつけた。


「台帳を出さないってどういうことですか。わたし何しに来たんだって話ですよ」

「あ、大丈夫大丈夫。そのために岳晋が説得にいってるんだから」

「今頃説得してる時点で遅いですってば! 昨日のうちに段取り整えといてくださいよ!」

「やー、それがちょっと状況が変わっちゃって、こっちも後手後手でさ」


 ゆるく詫びた銀丈が、ふいに繊月の耳元に顔を寄せた。そしてささやいたことに、


「実はゆうべ急転直下見つかっちゃったんだよ。笛を池に捨てた子が」

 

 おお、と、思わず目を見開く。

 不満も一瞬に吹き飛ぶ報せだった。


「それ、夜雀の犯人確保、ってことですか」

「うーん、まだ本人が認めてないから、そうだ、とは言えないかな。でも目撃者が多くいたからね。その子が笛を捨てたことは間違いない。――お、噂をすれば」


 銀丈が首を伸ばす。つられて見ると、ちょうど、女官四人が角を曲がってくるところだった。

 彼女らに囲まれるように、ひとり、質素ななりの少女もいる。そわそわと落ち着きなく周囲を見回しながら歩いており、「まっすぐ歩きなさい!」と女官からきつく注意を受けていた。


「真ん中のあの子だよ。容疑者。名前は梅花(ばいか)ちゃん」


 銀丈が顔を寄せてささやくのに、繊月は少々眉をひそめた。


「子どもじゃないですか。いくつですか」

「十歳。孤児なんだって。多くはないけど、雅芸宮にはたまにああいう子もいるよ」

「それは、知ってますけど……」


 世の女性たちの中には、困難な境遇から脱するために雅芸宮へ来る者がいる。

 寝食に困らず、安全で、給金も出るのだから、弱者にとって雅芸宮は救いの場所で、なんなら雅芸宮の方から弱者に門を開いているようなところもある。

 よって十歳の孤児が雅芸宮にいることそれ自体は不自然なことではない。


(でも、子どもが夜中に悪戯なんかする?)


 なんとなく疑問に感じて少女を注視する。


 先ほど注意を受けたばかりなのにやはりきょろきょろしていた。

 悪戯好きなお転婆娘なのかと思ったが、縮こまって不安げな顔をしているあたり、勝気そうには見えない。それとも悪事がばれて今さら怖くなったのだろうか。やっぱり落ち着きなくあちこち見まわして、しまいには女官に肩を小突かれるありさまである。


(……ていうか、子ども相手に乱暴だな)


 その振る舞いもそうだが、梅花を見る女官たちの目はまるで汚いものでも見るかのようである。

 罪を憎んでのことだとしても、見ていて気持ちのいいものではない。


「しかし子どもひとり取り調べるのに四人がかりか。さすがに気合入ってるなー」


 一行が視界から消えたあと、銀丈が忍び笑いした。


「女官が調べているんですか」


 驚いた。

 雅芸宮の女官はいまいちだ、というのが繊月の認識だ。

 岳晋も女官の介入を忌避していたし、彼女らの怠慢を悪しざまに罵っていた士雲がそれを許したというのも信じがたい。

 銀丈はひらひらと手を振り、「今回だけだよ」と笑った。


「夜雀騒動の走りで報告の遅れがあって、女官一同若さまの機嫌を損ねてる。挽回の機会が欲しいっていう女官長のお願いを、いちおう聞いてあげただけ。でも結局裏目に出たなー。まさか『犯人が見つかったんだから台帳なんて見なくてもいいでしょ』って話になるとは」

「それが台帳を出さない理由ですか? 犯人が見つかったって証拠固めがいると思いますけど」


 やはりいまいちだなと呆れていると、銀丈が「おっ」という顔をして乗り出してきた。左右の瞳がやけに輝いている。


「鴨子ちゃん、噂どおり賢いね。頼もしいよ。その調子で書庫の女官も説得してくれる?」

「ーーはい?」


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