立つ鳥の痕ー⑥
翌朝、尹楽舗の前に豪奢な馬車が横付けされた。
「うおーい、繊月。なんだなんだ、何事だ」
大騒ぎで外へ飛び出してくる洋恂に、ひと言「仕事だよ」と返し、繊月は荷物をひとつ胸に抱えてそれに乗りこみ、宮城へと向かう。
「鴨子ちゃん、緊張してる?」
と、例のごとくゆるいとも軽いともつかぬ口調で言うのは迎えに来た銀丈で、「岳晋が心配してたよ」と、巧みに馬車を操りながら彼は笑う。
「結果的に良心につけこむ形になったの、気にしてるみたいだよ。つけこんだの僕なんだけど」
「ほんとですよ。銀丈さま、少しくらい悪びれてください」
「ごめんねー、僕かなり図太いから」
軽く睨んでみたがこれである。非を認めるだけましではあるものの、官吏としてはこれくらいが当たり前の反応だろう。おかげで岳晋の人のよさが浮き彫りになるというものだ。
だが、繊月としては不利益を被ったつもりはないし、引き受けた以上は責任を持たねばと、ひと晩かけて気持ちの整理もつけてきた。
雅芸宮に関わり合うなと言ったのは母だが、困っている人には親切にするものだと繊月に教えたのもまた母で、父は父で客にはつねに誠実でいろと言い残した。
つまりまあ、今日出かけたところで二親とも叱るまいと結論を出したのである。
(それに、人の名誉を傷つけっぱなしではよくないし。店の品が悪用されて黙っているわけにもいかないし。笛の代金をもらいすぎてちょっと怖くなってもいたし)
回りすぎる頭を使えば正当化する理由などいくらでも浮かんだ。
それでいて、結局は雅芸宮に近づきたいだけかもしれないとも思う。
もはや自分でもどれが本心なのだかよく分からない。
空が千万に色を変えるように、気持ちも延々移ろうのだ。
おそらく、母が関わるなと言い続けたわけを知るまで、ずっと続くのだろう。そしてそのわけを知るのも少し怖いのである。
(我ながらめちゃくちゃだな)
呆れてしまうが、やると決めたからにはがんばろうと思う。
こぶしを突き上げたり、天を振り仰ぐような気勢ではなく、両足でしっかり大地を踏みしめるように、全身で深く呼吸をするように。
そんなことを考えてたどり着いた先――遠く管弦の音が漏れ聞こえてくる雅芸宮は黒曜殿の前で、思いがけず士雲の出迎えに遭った。
やんごとなき身の上である彼は、今日も今日とて最上位の官服が似合う堂々とした立ち姿を日の下にさらしている。
「来たか、鴨子」
「参りました。――というか、直々にお出迎えいただかなくてもよかったんですけど……」
あいさつがてら袖の内側でつぶやけば、途端にきりりとした視線で刺しぬかれる。
「雅芸宮に関わり合わんとのたまった鴨子がどの面下げてやってくるのかと思ってな」
「この顔です」
答えたらいっそう鋭く睨まれた。
が、意外にもそれ以上は絡まれず、士雲は数名の文官武官を引き連れ行ってしまった。
嫌味の矢を雨のごとく浴びせられると踏んでいたので、正直拍子抜けである。
「銀丈さま。士雲さま、お疲れなんでしょうか。なんだか切れがないようですし、心なしか顔色も悪かったような……」
「ああ、まあ、騒動が終わると思ったところで二転三転してるからねえ」
「確かに」
荷検めののち夜雀が鳴きやみ、万事解決――と思われたところで池に笛が捨てられ、それが偽装と分かり、犯行に使われたのがそもそも小鳥の笛ではないかもしれない――と、事態は目まぐるしく展開中である。
士雲も翻弄されているのだろう。難儀なことだ。
「ところで、岳晋さまは今日はお休みなんですか?」
繊月は周辺を見回した。
いれば目につくはずのあの美しい肉体が見あたらない。
人を招いておいて知らんふりするような性分ではないだろうに、迎えにも出迎えにも顔を出さないのは妙である。
「岳晋はねー」
答えかけた銀丈が、一瞬苦笑いした。そうして繊月を横目に言うことに、
「絶賛猪と格闘中」
ーーさっぱりと意味が分からなかった。




