第96話 木造建築
――キィ
到着したようだ。衝撃が止まってすぐに、従者が扉を開けてくれた。
ほら、あの、ものすごい揺れを与えることで、ただ立ってるだけで筋トレになるらしい、テレビショッピングとかのマシン。あれの、カッチカチで上下にバウンドする仕様のものに二十分?ほど座った後のような心地。
つまり、気分最悪、全身ガクガクの状態で、ライチは馬車の皮をかぶった、尾てい骨破壊装置から生還した。
本当に尾てい骨が駄目にならないよう、途中からできるだけ空中イスのように踏ん張っていたがために、太ももも攣りそうになっている。
(……ここは城……では、ないかな?)
ライチが車内で、ダメージを減らす工夫をしている間に、いつの間にか城壁に着いていた。鎖かたびらを着た門番に声をかけられ、慌ててギルドカードで再度個人認証をしたのがつい先ほどだ。
走ってきた方向を振り返ると、馬車が通るサイズのアーチと、木の門扉、門番たちが見える。
ライチが降り立った場所は、ホテルの車寄せのような、建物の入り口目の前の、馬車を停めるスペースだ。
客に雨がかからないようにすることが、車寄せの大切な役割の一つだが、雨が降らないこの貴族街では、どうなのだろうか。単に入り口まで、泥や馬糞を避けて歩かなくていい場所になるのかも知れない。
――カッポ カッポ ガタタタタ……
後ろから来た馬引きの荷車が、車寄せに寄らずに、建物の横へと進んでいく。
荷物の積み下ろしは、また別の場所で行われるのかもしれない。
建物前を汚す糞尿などを片付ける人がチラリと視界の端に入ってくる。
動物園のような香りがしてもおかしくない場所だが、さすがは貴族街。相変わらずのフローラルな香りである。
(いい技術、持ってますねぇ……)
この技術が庶民にも下りてくれば、スーパーバクテリアくんなんていらないのでは……? と想像し、少し冷ややかな目で見てしまった。
(木造建築か。平民用の宿舎とかそんなのものかな?)
正面にある二階建ての巨大な建物が、広く視界を覆っている。
見上げると、その木造建築越しに、白い石造りの城の先端が見えた。
石づくりができるのにしていないということは、どうやら木造のこちらは、それほど重要ではない施設のようだ。
下車時に現れた別の使用人とプルデリオたちが、慣れた様子で正面の大きな木の扉へ向かって歩いていく。
――ギィィィィ……
門番が馬車の従者に確認を取って、入り口扉を開けてくれた。
(観光地は生活の跡を見るだけだもんな。リアルに人が生活してる城なんて、どんな感じなんだろう。……気になる。のに、集中できない……)
ワクワクする気持ちが起きてきそうな状況であることは理解できるが、何の呼び出しか分からない不安が、それを飲み込んでいく。
いよいよライチは、城……ではなさそうだが、その敷地内にある建物に足を踏み入れた。
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建物の内部は、 古くない木造校舎のような雰囲気だった。
当然だが、千年以上昔の建物なども、木で造られている場合は、二十年やそこらであちこち手を入れたり、改修していくものだ。三十路で建てた新築でも、五十路までにはどこかしらを改修しないと……と考えると、木造のサイクルの早さを実感する。
目の前の木造の建築物は、そんなふうに、使用感がありつつも、新しく、そして手入れが行き届いていた。
(生きてる城……の、一部だ!すごい!すごいぞ!!)
貴重な体験だ。考えても仕方のない不安事より、なんとか目の前の感動的な光景を取り込むことに集中しようと躍起になってみた。
(ロの字型で、中庭に面した、壁がない外廊下か。修道院的な構造なんだな)
入って正面に中庭……というか、石畳の広場がある。
正面の一番奥には、白い階段が見えるので、車寄せで見えた建物の配置的にも、あの階段を上って城方面に向かうようだ。
案内の使用人は、中庭には出ず、すぐに廊下を左に曲がった。
方向的に、これまで南の富裕層街からまっすぐ北に通りを抜けて、そのままずっと真っすぐ同じ方向に北上し続けているので、左に曲がるとロの字の西側の辺を歩いている構図となる。
(うおぉ〜。趣きがすごい!)
春の午前の日差しが、右後ろ上空から差し込んできて、中庭に面する柱の影を作っている。一列に並んだ影が、何とも言えないノスタルジックさだ。めちゃくちゃ西洋歴史的建造物風。……いや、世界は違うものの、実際そのようなものなのだが。
中庭の隅には井戸がある。
確か、貴族街では、上水橋が野ざらしではないからそのまま飲用水として使える、と聞いた気がするので、ライチの知る観光地にあるような、主戦力だった井戸ではないのだろう。
(中庭を突き抜けて移動すればショートカットできそうだけど……皆それはしないんだな)
使用人たちは上質な淡い水色のチュニックを着て、品よく自分の仕事をしている。
左側……中庭とは反対側には、部屋が並んでいる。たまにドアが開かれている部屋があり、何をする部屋なのかは分からないものの、積み上がった木札などから、事務的な雰囲気だけが伝わってきた。
(めっちゃ視線を感じる……)
“城”という、重要な施設を任される責任感からなのか、“何者だ?”という視線があちらこちらから刺さる。プルデリオたちは慣れた顔だろうから、『いつもの商人組合長と……後ろにいる、見ない顔は誰だ?』くらいに思われているのかもしれない。
ライチは右を向いて、今は特に使う人のいない中庭へ視線を逃がした。
(半外廊下って、明るくて開放的だけど、冬が寒そうなんだよなぁ。
……って、待てよ。臭いや雨が制御できるなら、もしかして……室温みたいなのも快適に保たれるとか……なのか?)
今は初夏に近い春のようなので何とも言えない。だが、臭素がコントロールできるのなら、気温も、湿度も然り、なのではないだろうか。実際、雨の日なのにカラッとしているし。
(何!その快適空間!ずるい!住みたい!)
もし臭いも、雨風も、寒さ暑さも、虫も、侵入者も入ってこないなら……最高ではないか。
(蚊もいなくて暑くない花火大会とか? 煙で揉めないお家バーベキューとか? 冬に屋上で大の字で星空観賞とか? よくない? めっちゃよくない?)
四季を大切にする日本人にこそ、是非とも欲しい、快適空間システムである。
建物の内装にも視線を移す。
磨かれた板床の中央に、青の絨毯が真っ直ぐ敷かれている。
細かく見てみると、絨毯の端がオシャレな鋲でとめられているのが目に入る。これが実に西洋風で、味わい深い。
(人が暮らしてる城って、こんな感じなんだなぁ)
うんうん、と内心で頷いていると、建物の突き当たり、北西の角に通りかかった。ライチ一行はそこで右折するようだ。
左側の角に、木製の小さめの階段がある。
どうやら地下階もあるらしく、下っていく階段が見えた。
木箱などを持った人々が、忙しなく上り下りしており、人が行き来するたびに、ギ……ギ……と、重めの木の軋む音が小さく鳴っている。
先導の使用人が、玄関の正面、北辺真ん中の、白い階段を上り始めた。
馬車と同じように、木製で白く塗られている。廊下に続いて、中央には青い絨毯が敷かれ、鋲で留められている。
この階段は地下階には繋がっておらず、一階が始点で、二階が終点となっていた。
来客用など、品よく使うのがこっちの白階段で、荷物運びなど、わりと隠したい用途で使うのが、角にあった階段なのかもしれない。
(美味しそうな匂い!)
階を上がる途中から、一気に料理の匂いに包まれる。
厨房からだと思われる料理の香りが漂ってくる。朝食と昼食の間くらいの時間なので、今は仕込み中なのだろう。
軽く周囲を見やる。二階は、腰より少し高い、ベランダくらいの壁から、中庭を見下ろせる廊下になっていた。
「トンネル……?」
階段を上りきった正面の壁に、ポッカリと穴があいている。
その穴から、灰色の石造りの、トンネルのような閉鎖的な廊下が真っ直ぐ前に伸びていた。
――コッ、コッ……
使用人はまっすぐそこに進んでいく。
(閉鎖的だけど、明るい)
二階に上がったはずなのに、窓もなく、ズラリと魔道具らしき照明器具が並んでいる。
これだけ直線で進むなら、建物が変わるはずだ。
城へと繋がる渡り廊下を歩いているのではないだろうか。
ライチは、いよいよ、という圧に、手汗で滑る拳を握り込んだ。




