第97話 城へ
――ガラガラガラガラ……
緊張に鼓動を早めながら歩いていると、前方から、ワゴンのようなものを押している使用人がこちらに向かってきた。
大きな寸胴の鍋が二つ乗っているのだが、明らかに空っぽらしい振動音がしている。
(木造の建物で料理をある程度作って、そのままスライドでこの廊下を運んで、お城に届けてる……とかかな?)
この世界の厨房は、火を絶やさない、地獄の蒸し風呂状態だ。貴族が生活している場所には、あまり設置したがらないのかもしれない。
(温め直したり、盛り付けしたりが、城内とか?)
ライチがいた世界の観光地の城に、なんだかその昔、偉い人が住んでいたことは知っているが、この城はどうなのだろう? 領主とその家族だけが暮らしているのだろうか?
他の貴族は? 日勤とか夜勤? それとも住み込み?
住み込みだとしたら、食事の量も、寝る部屋も、風呂も、そのお世話の使用人も、とんでもない数が必要になってしまうような。
(案内の人が、ガイドもしてくれたらいいのになぁ)
そうすれば少しは気も紛れるのに。観光ツアーではないのだから、もちろん説明はしてくれないのだろうが。
閉鎖的なトンネル廊下の終点は、重厚な扉だった。扉は開かれており、門番が立っている。鎖かたびらを着て武装しているので、門番というより衛兵だ。
「ギルドカードをこちらへ」
顔なじみでない者はもちろん、プルデリオたちのような顔なじみであっても、必ず召喚状とギルドカードをチェックしているようだった。
(城? 城に着いたのか?? 城キターー!! ……と思いたいけど、この天井が低めで、日光の入らない感じ……二階に上がったはずなのに、いつの間にか地下に来ちゃってる……?)
この建物の方が高台に位置しているらしい。木造建築の二階が、ここの地下階へ接続されているようだ。
地下階ではあるが、灰色だったトンネル渡り廊下と違って、階全体が白い石造りになったので、魔道具の照明も相まって、非常に明るくて爽やかな空間だ。
白い石といえば、経年劣化で黒く煤けてくるものだが、新築に近いのか、何かの魔道具か、清掃が行き届いているのか、汚れやくすみなどは見当たらない。
石というより、大理石のような見た目で、タージ・マハルや、姫路城のような“白い!”という雰囲気だった。
左右と正面に廊下が伸びているが、案内の使用人は、トンネル通路を出たすぐ右にある石の階段へと向かう。
下りの階段が見える。今が地下何階かは分からないが、ここが城なのだとしたら、いくつか階を上れば、いよいよ貴族様の暮らすスペースに入るのではないだろうか。
(あっ!!そういや、貴族様に会ったら、どうすればいいんだっけ……?!プルデリオさん、教えて……! 太陽だが月だかにご挨拶申し上げます〜 みたいなのだっけ? カテーシー? カーテシー? カテシー? とかだっけ? あばばばっ、ヤバい、わからん、打首にされるっ)
嫌な妄想に、息が詰まる。脂汗が、額どころか体中から吹き出てきた。蛇に睨まれたガマガエルの気分である。
(みんなの真似をしよう。もうそれしかない)
コッ……
コッ……
絨毯が敷かれた階段を一段一段上りながら、そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと、細く、長く、息を吐いた。
使用人は、一つ上の階で上るのをやめ、廊下を進み始める。
(おお……!地上階!城だ!!たぶん!)
石造りだが、先ほどの木造建築と同じで、中央の中庭を囲む、ロの字型をしている。その半外廊下に出てきた。
木造建築の二階が、城の地下一階だった、ということはつまり、三階分、城の方が高台に位置していることになる。
(白壁に青い屋根が綺麗だなぁ)
中庭から空を見ると、なんとなくだが四階?くらいまでありそうに見える。そのさらに空側に、屋根が尖った塔も見えた。
壁は白だが、屋根だけは青い色をしていてコントラストが美しい。どんより空なのが残念ではあるが。
塔には、尖塔で青い屋根が尖っているものと、屋上が平らになっているものが見える。
(……飛車が使えるなら、ああいうところから領主様は発着できるとか、そんなんだったりして)
あり得る。というか、一度そういう目で見始めると、妄想が止まらなくなってきた。
ああいう所が、もしライチの予想通りに飛車の発着場だとしたら、城の敷地から、どころか、私室からのドア・トゥ・ドアでどこへでも行けてしまうではないか。
(空が飛べるって、そういうことかぁ〜。そんなペット型ロボえもんが出してくれそうな便利道具みたいな……。いいなぁ。こちとらスピネラ村から街に降りてくるだけで、一週間以上かけて歩いてきたんですけどね)
あまりに庶民と生活が違う。なんなら現代日本よりかなり良いくらいだ。羨ましすぎる。
平らな屋根から着想を得た勝手な妄想で、ついつい目つきが悪くなってきてしまう。
(……いくらファンタジー世界での登城が貴重すぎる経験だとはいえ、あまり憶測であれこれ考えすぎるのもよくないな)
気分を切り替えて、中庭に目を向けてみた。
木造建築と違って、こちらの中庭には天井もあるし池もある。アルハンブラ宮殿のような巨大な四角い人工池が、今はどんよりとした空を映している。青空や星空ならもっと煌めくであろう、とても美しいホールだ。
中庭の中央三分の一以外の、ほとんどに天井があり、中央だけが四角く空まで抜かれている。室内にいながら屋外の雰囲気だけ味わえる、半露天風呂のような様相だった。
太い柱が池の中に立って、天井をどっしりと支えている。
(半露天風呂か……いいな。池を綺麗にして、なんか魔道具とかで温水にして、家族みんなで水着で浸かったり……したいもんだ)
四角く切り取られた灰色の空を見上げる。
そういえば、中庭の四隅にも、天井に四角い穴が空いている。
人が二人くらいまとめて落ちてしまいそうな、結構な大きさの穴だ。
(子供とか、すぐに落っこちそうな穴だなぁ)
天井部分が上階では床になっていると思われるので、ペンなんかを落としたら、階下まで落ちてしまいそうな、不便な穴に見える。
――と、そのとき。
中庭から、音が聞こえた。
―― ヒィーーーー……
「何の音だ?」
気の抜けるような笛の音が、四音ほどで和音を組んでいるような音だ。
音の出どころを探していると、中庭の天井の四隅に空いた穴の、一つが何かで埋まっていることに気づいた。
間違い探しのようなその分かりにくい変化に、何度か瞬きをして確認してしまう。
「この音色は初めてお聞きになられますか? 領主様の管轄する風騎の、登録笛の音色でございます」
ここで初めて、ライチの疑問に答えが返ってきた。
(あれ? 俺の疑問、声に出てたのか? というか、聞いたら答えてもらえるんだ!? えー!なんだよ!)
そんなことなら、あれもこれも聞きたかったのに!
「ふ、ふうき……? とは、なんですか?」
ひとまず目先の会話優先だ。ライチはさっそく先頭で案内をしてくれている使用人に、品よく小さめの声で聞いてみた。
「飛車はご存じでしょうか? そちらから、床板と操縦桿のみを残して、残りを取り払ったものになります。
先ほどの音は、中央ホールを昇降する風騎の登録笛のものになります。領主様の管轄する飛車や風騎のみに許された音色にございます」
「昇降……エッ、」(エレベーター??!!)
思わず大きな声が出そうになって、慌てて口を押さえた。
そりゃ馬車が馬無しで飛ぶんだから、城内を縦に移動することなんてお手の物だろう。
床板と操縦桿だけで動くというと……ライチの脳内ではセグウェイのような乗り物が想像された。
「登録笛、とは……?」
「登録笛は、飛車と風騎への設置が義務付けられた鳴子のことでございます。かつて、音の鳴らない飛車や風騎での暗躍が横行したため、と伺っております。
各家門によって音の重なり方が違いまして、音の数で家格が表されます。王家は五つ、領主様は四つ、という具合です」
めちゃくちゃ細かく教えてもらえた。ファンタジーな新情報のオンパレードに、ほくほくである。
(ごめんって。品よく黙りますからほんとそんな冷たい目で見ないでプルデリオさん)
彼に見られた場所から凍っていきそうなほど冷たい視線を感じて、ほくほくだったライチは口を氷結させた。ライチだって、うっかりぽろっと余計な発言をしたがための打ち首は、全力で回避したい。
ヒィーーー…… ヒィーーー……
耳を澄ませてみれば、環境音に紛れるくらいの音量だが、登録笛の音が鳴っている気がする。
今もどこかで誰かが空を飛んでいるわけだ。
(暗躍……か。確かに、敵が無音で空中を移動して来るなら、お掘りとか森とかに囲まれた難攻不落の場所に籠城しても、飛んできて窓を割って火炎瓶でも入れられたら、ジ・エンドだもんな……)
子どもの誘拐なんかも容易そうだ。
(音を鳴らす義務にしてたとしても、違法飛車や違法風騎とか、普通にありそうだしな……)
スマホもそうだが、人々に便利だということは、悪用する者にとっても便利だということだ。
便利さと危険性は、常に隣り合わせなのである。
(……魔道具文明、こわい!)
ライチには理解が全く追いつかない世界だ。
今後関わることもないだろうし、ライチはすぐにファンタジーについて深く考えることをやめた。




