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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第174話 泊まりたい


「褒めてたのは、領主様の衣装を作ってる人の、更にトップなんですよ!なんなら領地一のお人!つまり、リグナスさんも領地一の木工屋ということに!」


「“領地一”?! また無茶言ったな」


 ライチの太鼓持ちに、リグナスが吹き出す。


「いやぁ。お話を聞いた時、『リグナスさん、ホントカッコいいな〜!』って思ったんで、会えたら言いたかったんです」


 語るライチに、リグナスは恥ずかしそうにエールをあおった。


「スピネラは、制作に集中できるから、職人と道具さえあれば、最高の物が作れるんだ。木もいいし、水もいい。工房のやつらも、糸を紡いで育ってきてるから、手先が器用だし。……俺だけの腕じゃない」


 リグナスは口元を拭うと、空中を見て、どこか懐かしそうに目を細めた。


「俺が街にいた頃、やたら水平式織り機に熱を入れてる、一人の織り職人がいたんだよな。そのせいで、こっちも技術が上がってったんだが……。

 案外、その人が、今の組合長までのし上がってたりしてな」


 リグナスの言葉に、ライチは真ん丸のネクトルの顔を思い出しながら、大ウケした。


「絶っ対!その人ですよ!織物の鬼って呼ばれてましたもん!」


 共通の知り合いを見つけた二人は、笑いながら牛乳とエールで乾杯した。


「――ところで、今持ってるのは変わった棒として……そっちの槍みたいなのはなんなんだ?」


「あっ、そうでしたね!これは、これからブームになる予定の、“フォーク”というカトラリーです!手が汚れてても、食事に汚れがつかないし、手にも汁がつかない、優れものです!」


「へぇ。面白いな。ちょっと見せてくれよ」


 リグナスは受け取ったフォークを、くるりと回して眺めた。


「……なるほど。金属で作るのは大変そうだが、木でやるなら、村のみんなに作ってやれるかも。サイズを取りたいから、ちょっとばかし借りてもいいか?」


「勿論勿論!」


とライチが言ったのと同時に、リグナスはフォーク片手に、宴会を抜け、木工工房へと飛んでいってしまった。水平式織り機しかり、流行りものはすぐに取り入れたいタイプなのかもしれない。



「♪お〜お〜

 おれたちゃ〜農夫〜 土の子〜

 種まきゃ〜芽吹き 水やりゃ〜伸びる

 掘りゃぁ〜出る出る 宝の山よ!(おい!)

 そら見ろ大カブ!赤ビーツ!(おい!)

 大地のリズムで 歌うんだ!(おい!)

 お〜お〜 お〜お〜

 おれたちゃ〜 農〜夫〜♪」


 ライチも男性達と一緒に、肩を組んで歌う。


 この、メロディーも適当な野性的農夫ソング。

 合の手のところが爽快で、癖になるのだ。


「――ふい〜〜」


 ライチは踊りの輪を抜け、最初にいた丸太に座る。乾いた喉を、山の清水で潤した。


「……あ〜あ……。泊まりたい」


 知らず、口からこぼれた。


 昼の宴会は子ども達も元気で、何周でも一緒に踊っていたい。

 日が落ちるギリギリまで、鬼ごっこをして汗をかきたい。

 一人のベッドではなく、ティモやエルノやシーラと、川の字になって寝たい。

 寝たフリをする子ども達と、鼻息で会話して、マーヤとバルゴに叱られたい。


 居候のプルデリオ家では得られない、温かい人との繋がりに、せめて一晩、浸かっていたい。

 


「……泊まるの?」


 元々呼びに来ていたのか、すぐ近くにいたフガークスが、ライチが落とした言葉を拾った。


 太陽はもう、西へ傾き始めている。


「組合の規定は、夜間十万、朝に帰るなら、翌日の午前分の五万で、合わせて十五万Gになるけど……」


(一泊、ひゃくごじゅう万円ですか……)


 スイートルームばりだ。

 そんな贅沢費があるなら、一円でも多く家族に振り込みたい。


 諦めるしかなかった。


「いえ……帰ります。お金は……家族に送らなきゃなんで」


「そっか。じゃ、行こう」


 そう決めると、あとは早かった。




 飛車は広場の脇にある。

 ライチとフガークスは飛行の最終チェックを始めた。


 永遠の別れでもないので、特別なお別れも不要だ。フォークも、忘れず返してもらった。


「アカチャさんも、達者で暮らすんだぞ」


「“アカチャ”? ってどういう意味? この子の名前? へ〜!楽しい名前だね!」


 自分の小屋を覗いて、牛とのお別れをしに来たら、付いてきた子ども達にそれを聞かれていた。


 色としてではなく名前として「赤茶」と呼んだがために、翻訳されずにそのまま彼の名前になってしまったのは、ご愛嬌だ。



「夏本番になる前に、また来てくれや〜」「そうそう、スピナ麻を刈っちまう前になぁ」「わっはっは」


 村人達は宴会のテンションのまま、笑顔で手を振り始めている。



 ライチは、グレゴルのそばに立った。

 いよいよ、村の命ともいえる、代々伝わる種を受け取る時が来た。


「村長……あの、そろそろ、種を…………」


 ライチはそこで、言葉を濁して、グレゴルの出方を待った。


「…………」


 その瞬間、賑やかだった村の空気がピタリと止まる。


 それを見たライチの脳裏に、リノとの結婚の挨拶に、義実家を訪れた時の光景が蘇った。


(そうだよ。『娘さんを……』の続きが言えない男に、誰が宝物の娘さんを嫁にくれるんだよ。馬鹿ライチ。ちゃんと言え!)


 ライチはしっかりと息を吸い込んだ。


「大事に育てるんで、村の命の種を、持ってきてください!」


(日本とは文化が違うんだ。言わなくても察してほしい、なんて通用しないんだよな。ちゃんと伝えなきゃ)


 村人たちはライチのハッキリとした依頼に、満足気に一つ頷いた。


「ちゃんと締めるところは締めねぇとな」


 グレゴルはそう言うと、ザラザラと、蕎麦殻の枕のような音を立てている大袋と、同じく小袋を持ってきた。大きいのがスピナ麻で、小さいのがオレド麻だろう。


「ご先祖様の命だ。ありがたく、使ってこい」


 両手で大事に受け取ったその瞬間。

 ライチは、先人の想いに触れたような気がした。



(『栄養もあまり吸わず、よく伸び、柔らかく、繊維も油も取れる。

  この麻で、我が子や、その子ども達が、飢えることがなくなりますように。

  いい暮らしが、できますように……』)



 雨の日も風の日も、大切に守り、次の世代へと繋いできた種。


 今も昔も、どの世界でも。願いは同じなのだ。


『我が子が飢えずに済むように。

 その子どもが、少しでも良い暮らしを送れるように』


 ライチは、袋から伝わってくる想いに、胸がいっぱいになった。


「みなさんの繋いできた命。……いただきます」


 一粒もこぼさないように、ライチはしっかりと抱え直した。




---




「実験と、種のご提供、ありがとうございました〜!!」


 最後にもうひと遊びだけ、ティモとエルノと走り回り、シーラを思いっ切り抱っこしてから、ライチとフガークスと収穫物を乗せた飛車は、飛び上がった。


「またいつでも戻っておいでよ〜!」


 異世界の母、マーヤがそう言って手を振ってくれて、ライチはジーンとした。


(いつでも帰っていい場所があるって……こんなに安心感があるんだな)


 今度来るときは、何を持って帰ろう。


 ライチはお礼を言いながら、大きく手を振り返した。




---




 ――ヒィーーーー!!!


 軽くなった飛車を、フガークスが猛スピードで飛ばしていた。


「駄目だ……。これ、規定のおやつ時には全然間に合いませんよね。遅くなっちゃいました。すみません……」


「うん。道に迷ったとか、適当に言っとくから大丈夫。……代わりに、後ろの人工魔導体ってやつ、半分はもらっていくから」


(や、優しい……)


 材料を持ち込んで来ているのだから、ほとんど持っていかれても文句は言えないのに。


「勿論です!どうぞ持っていってください!」


 そんな話をしながら、日が傾き始めた山々の上を、南へ向かって飛んでいく。



 体感で三十分ほどだろうか。


 街という巨大な目印を頼りに、飛車はあっという間に肥溜め池の近くまで戻ってきた。



「……ペサーー!!」



 もうすぐ着陸、というところで、下からペサの名前を呼ぶ声が聞こえた。


 見ると、少し離れた場所に女性が立っている。何度か見かけたことがある、ペサの母親らしき人だ。


(……なんだろう。嫌な予感がする)


 ライチは、女性の様子を目で追った。


 何かを探すように、必死で辺りを見回している。


 『かくれんぼかな?』なんて呑気な考えがよぎりもしないほど、その顔には、不安と焦りが浮かんでいた。


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