第173話 豪華な宴会
「よし!フガークスの魔力と、ライチからの差し入れに感謝して、いただこう!――乾杯!」
『かんぱ〜い』
グレゴル急ぎ足の乾杯の発声で、みんな一斉に木のコップをあおった。
『……牛乳うっっっま!!!!』
広場に、驚きと喜びの唱和が響き渡る。
(美味いよなぁ、牛乳。これだよ、これこれ)
ライチは、満足げに周囲を見渡す。
子ども達が、美味しそうに牛乳を飲み、バターを滴らせながらパンを齧り、甘いヨーグルトを頬張っている。
(ずっとここの子ども達に、食べさせてあげたかったんだよな、乳製品とか、肉とか、たっぷりの卵とか)
少し心配していたアレルギーも、チーズはちょくちょく食べているようなので、大丈夫そうだ。
ライチは子ども達が美味しそうに飲んで食べているのを見るだけで、心の奥の、人間の柱のような部分が満たされていく気がした。
(いっぱい食べて、笑顔で食べて、大きくなぁれ)
ライチは、彼らの未来を遠く見ながら、満足気に微笑んだ。
「――甘いし、美味いな……」
すると、隣から、ぽつりと声がした。
フガークスが、カップを見つめている。
「これ……残して、甥っ子姪っ子に持って帰ろうかな」
「まさかのテイクアウトミルク?! そんなに気に入ったんですか?」
「そりゃあね。こんなもの、いつでも飲めるわけじゃないから」
「あっ……」
そうか。
プルデリオの屋敷では、牛乳も乳製品も当たり前のように出てきた。けれど、庶民に高速移動手段のない世界。牛乳も、甘味も、そうそう手に入れられるものではない。
「牛乳は、すぐ傷むんですよね。飲みかけの分は持ち帰らないほうがいいかな、と……。搾ってから結構経ってるし……」
「……そっか」
フガークスは少し残念そうに目線を落とした。
(うっ……)
もし余っていたら、差し入れの一部を持ち帰れないかとよぎったが、乾杯と大鍋料理で使い切ってしまったようだ。空の容器が飛車に戻されているのを先ほど見た。
(むむむむ……)
珍しく研究以外のことを考えている彼を、子ども命パパのライチが応援しなくて、どうするのか。
「そうだ!甥っ子さんと姪っ子さん用に、また飛車で買いに行きましょう!」
ライチがそう言いながら強く頷くのを見て、フガークスは笑った。
「……一日十万Gもかけて?」
「あ……半日、五万……なら……」
急に弱腰になるライチに、フガークスは声をあげて笑った。
「ありがとう。約束な」
「はい!約束です!」
ライチとそう話したあと、フガークスは飛車の荷台に座った。見張りのためもあるが、少し帰る前に一人で研究について考えたいことがあるらしい。
――そうして宴会は、ますます賑やかになっていった。
ドリンクは、甘い牛乳と、大樽のエール。
甘いヨーグルト。赤カラシロップがけのチーズ。
豚肉と鶏肉の炙り焼き。
川魚のスパイス焼き。
カブ入りの巨大ペタンコオムレツ。
レタスと燻製豚の大鍋ミルク煮。
硬いパンと、溶けてるバター。
スイの葉漬けピクルス。
卵と牛乳入りの、木の実の焼き菓子。
短い時間で用意したとは思えない、ごちそうの数々だ。
(やっぱり、卵とか肉とか乳製品とか、生鮮食品が効いてるなぁ。簡単な調理だとしても、普段の食事よりめちゃくちゃ豪華!)
「これもうめぇぇ!」「これもっ!」「これもっ!」「美味しい〜!」「ライチ、ありがとう」「ライチ、おいしいよ〜!」
もうあちらこちらから、感謝と美味しいの嵐が飛んでくる。
(受けてるだけで目が回りそうだ)
子ども達の笑顔が、特に嬉しい。
(子どもが美味しいって言うときも、やっぱり何かしらのエネルギーが出てるな。世界が輝くもんな)
ライチの心がどんどん満たされていく。
「どれどれ、俺も……」
ライチはついに、金属製の細めの箸を、右手に構えた。
(最初に狙うのは、川魚だ!!
みんなは手で食べるだろうけど……。
俺は、箸で!箸で食べる!!)
それが日本人の魂だ。【焼き魚を箸で食べる】。このワードだけでも、もう身震いしそうだ。
会場の真ん中に盛られた焼き魚の山から、箸で手元の皿に魚を移す。
以前オスティアで食べたマス?だ。ウナギのような魚もあったが、そちらの方がより泥臭そうで、手が伸びなかった。
(これこれ。食べ物に手を触れないで取れる!衛生的!)
すでに何人もの手が触れてるとは思うが、気持ちの問題だ。
「いただきます!」
箸を持ちながら手を合わせるのは行儀が悪いが、お構いなし。
ライチは一人、日本式に焼き魚を食べ始めた。
(うん!泥臭いのはそのままだけど、スパイスと、あとやっぱり塩がデカいな!全然美味い!美味い!)
箸でつつく魚の、美味いこと、美味いこと。
金属製で少し重いが、久しぶりに使う箸は、それでも使いやすかった。
角や表面のざらつきまで工夫して作ってもらった、こだわりの一品だ。
(心が……生 き 返 る 〜!!)
即座に食べ終えたライチは立ち上がり、綺麗に避けた骨を、バケツに捨てた。
この村には掃除役の犬がいない。骨などのゴミはバケツに集め、あとで穴に移し、数年かけて土に分解させるらしい。
「お次は……」
ライチは次の料理を求めて周囲を見渡した。
「あれっ、そっか、今日は鹿肉がないのか」
魚どころか、豚肉も鶏肉もあって何を贅沢な……!と言われそうだが、鹿肉はカステリナでもなかなか食べられないのだ。
(泣くほど美味しかっただけに、残念!)
「ま、急に来たもんな。次は食べられたらいい――」
顔を上げると、近くでエールを飲んでいた男性達が飛んできていた。
『シーーーッ!!!』
「わっ、わっ、わっ」
押しかけてきた勢いに圧倒される。
「(鹿は、ホントは勝手に獲ったら駄目なんだよ!)」
「(お偉方にバレるわけねぇからよ。骨だけ遠くに捨てて、たまに食ってたんだが……)」
「(こないだお貴族さまが急に来ただろ? 俺たち、絶対殺されちまうと思って)」
「(お前も、絶対人に言うなよ。忘れろ)」
口々に小声でまくし立てられる。
「えっ、まさか、密猟して――」
『シ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!』
なるほど。
あれだけ美味しいのに、鹿の話題もほとんどなければ、鹿の骨もほとんど見ないのは、そういう訳だったのか。
(許可なんか、もらいに行く移動だけで、二十日ほどかかるのに)
バレもしないのに、バカ正直に許可を貰いに行くやつなんて、いる訳がない。
『領主所有の、資源の豊富な森に、住まわせてやっている。その代わり、勝手なことはするな』
そういう認識なのだろう。
(なんだよ〜……。グラキ領主がお忍びで来たりするから、鹿肉が食べられなくなったじゃんか……ちぇ)
ライチは借りている飛車を、チラリと恨めしげに見やった。
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(……あ〜、うまい、うまい。最高)
気を取り直して、鶏肉と豚肉をつつく。
大きな肉はナイフとフォークを使いながら、食べていた、そのとき。
「よう、ライチ。さっきから、棒切れとか、槍とか、変なもので食べてんな」
そこに声をかけにやってきたのは、エールのコップを片手に持った、木工屋のリグナスだ。
「あ〜!リグナスさん!」
ライチは顔を輝かせた。
「リグナスさんがスピネラ村に作った織り機、織物組合の組合長が褒めてましたよ!最新式で、凄いって!」
“木工ヒーローリグナス”だ。
ライチは一気に興奮する。
市民権を捨てて森を選んだ変わり者。ライチより少し年長に見えるリグナスは、その興奮を笑って受け止めた。
「そうか、そりゃ良いことを聞いたよ。
垂直の織り機が効率悪そうだったから、時間はかかったけど、水平式を作って回ってみたんだ。ここは麻の村だからさ」
「おお〜!」
リグナスが語る功績に、機織り好きの一人として、ライチは目を輝かせた。
「ま、赤ん坊に毛が生えたみたいな頃のカヤに、感謝の求婚をされたときには、笑っちまったが」
「うわぁ〜。言いそう!」
想像すると、可愛らしい光景だが、中身がカヤだと思うと現在の姿がチラつく。
彼女も、織り物と結婚しているような人だ。ネクトルともきっと気が合うに違いない。




