第172話 村の命
(時間がない。さすがにそろそろ、スピナ麻を貰う話を持ちかけないと……村が大事にしてきてる種だけど、うまく伝えられるかな……)
ライチは、それまで幾度か言いかけてやめた言葉を、意を決して口にした。
「あ、あの!皆さん!俺、実は……。
……実は、今日、スピナ麻の、【種】を持って帰りたいんです!」
「…………」
ライチの声が響いたのと同時。
村人たちから、笑顔が消える。
場に、ビリッとした鋭い緊張が走った。
(うっ……。“スピナ麻を荒地で育てる”ってことは、それはつまり、“村の【命】を持って帰る”、って、ことなんだよな……)
油の麻の種もそうだった。油の麻の村から、【村の宝】として貰い受けたのだ。
「領主命令だから渡してほしい」、と言えば、それまでだ。村は、引き渡す以外に、選択肢がない。
だが、ライチはそう、したくなかった。
「スピナ麻……は、まだ、発芽する気候ですよね? 多分、この村には、ちょくちょく麻油を搾る用に、置いてある種があるはず。……それを、中心街に持って帰って、畑に、まきたいんです」
ライチは、領主の名前を出して圧力をかけてしまわないように、言葉を選んだ。
「種を……村の命を、譲っては頂けませんか? しばらくは、その、油の、少ない生活になってしまうけど……」
ライチがもごもごと声を萎めていくと、グレゴルから喝が飛んだ。
「おいっ!!締まらないな!
種を持っていって何がしたいか!それが一番大事だろう!
『命令されたから持っていきます』ってんじゃ……悪いが、渡せないぞ」
眼光が鋭くなり、声にもドスが効いている。
(そっ、そうだ。大事なのは、『なぜ欲しいのか』だ)
ライチは目を瞑って、必死に声をあげた。
「ポリエクロスを! もっともっと、たくさんの人に、届けたいです! スピナ麻を使って、皆を、笑顔にしたいです! ……どうか、協力、してくださいっ!!」
声が裏返ってしまった。だが、不思議と、恥ずかしいという気持ちは沸かなかった。
そっと目を開く。村人全員が、温かい表情で、顔を見合わせていた。
「はっはっは。良い夢じゃないか!最初からそう言え!お前さん、まさかあんだけ差し入れを持ってきといて、何にも返してもらわない気で来たのか? 相変わらず、とんでもなく不器用なやつだ」
グレゴルが大口を開けて笑う。
「秋には、種取り用のスピナ麻も、新しく育ててるオレド麻も、たっぷり実るさ。今日の肉も加工して保存するし、油には困らねぇよ。少しの間のことなんか、気にするな。
フガークスにあと何回か収穫を手伝ってもらうから、それでチャラにしてやるよ。いくらでも持っていきやがれ。――それで、いいな?」
グレゴルが皆に向かって問いかけると、方方から同意の声が飛んできた。
「持ってけ持ってけ」「また差し入れ頼むぞ」「そもそもお前の考えた糸だしな」
ライチは脱力しながら頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございます……。お礼になるかは分からないけど、今度は、繁殖できるように、オスとメスの牛を、持ってきますからね」
「……いや、待て。牛はちょっと話が違うぞ。確かにありがたいが、準備が整ってからにさせてくれ。普通に、大きくて怖いわ」
グレゴルの冷静なツッコミに、畑はどっと笑いに包まれた。
「――……早く、刈ってくれない?」
フガークスを除いて。
---
「宴会って言っても、ちょっとしか居れないからね。……ああもう。鐘が鳴らないから、ほんと落ち着かない」
(そっか、鐘!)
ずっとソワソワしていたフガークス。
研究に向かいたい気持ちも勿論あるだろう。しかし、彼にとって、時刻が分からないという不安感も、相当にあったようだ。
「畑でも結構時間がかかっちゃいましたもんね」
ライチは丸太の椅子に座りながら、畑でのことを振り返った。
フガークスに急かされた、スピナ麻の二度目の刈り取り。さらに収穫が増えるように、人工魔導体をもう一本追加してみた。
『もっと腰入れて!刈って!刈って!いけっ!』
『おりゃ!おりゃ!おりゃりゃりゃりゃ!』
『きゃ〜♡』
刈り取り中は、特に、織り物に恋するカヤのテンションが終始おかしかった。そして、それに釣られて、彼女に恋するマルタまで鬼人化してしまっていた。
カヤはマルタのことは全く眼中になく、麻の質ばかりを見ていたのが、切ない。
他も似たり寄ったりの構図で、いい意味での阿鼻叫喚になっていた。
更に、フガークスとライチは、刈り取りの待ち時間を使って夏野菜の成長加速も試してみた。
こちらは葉物野菜とカブにクリーンヒットし、様子を見に来たご年配チームに、大変喜ばれた。
(夏カブがそんなに難しいなんて、知らなかったなぁ)
カブは、暑さに弱く、気温が高い日が少しでも続くと、中にスが入ってしまうらしいのだ。
『ユリカブが!ラクティレタスが!見なよ!一気に大きくなった!』
『なんだい……? 中が詰まって、重くないかい?』
『……っ!おいしい!生でも甘いくらいだ!』
カブは丸々と育ち、元々広がって育つ品種のレタスは、開いたままワサワサと伸びた。
『フガークスさんや、ありがとうなぁ』
『もう少し暑くなってきたら、虫との戦いに勝たないと、食べられないはずだったんだよ』
『冬カブと違って、夏カブは、抜くとすぐに駄目になるんだけどね。スイの葉で漬けて、大事に食べるからね』
(そうか、虫害もあるのか……!農薬がないなら、本当に地獄の泥仕合じゃないか……)
ライチは、畑仕事の際に、ヤツに足を這い回られた記憶を、意図せず掘り返してしまった。ナンチャラゲジンだ。うげっ。
大量生産には、虫対策も必要だったのだ。
(季節のこと、水のこと、虫のこと――。そして勿論、全く足りてないマンパワー!“大量生産”って、たった四文字なのに、考えることが山積みだ)
今回は、実際に、魔力を込めた場合の畑仕事の様子を見られてよかった。
ライチは脳内メモに『虫対策』をしっかりと書き込んだ。
『……ああ、うん。よかったね』
フガークスは、ご高齢の婦人方に囲まれて拝まれ、彼らしく、ごく簡単にそれを受け取っていた。
そして、することが特になかったライチは、待ち時間を使って、牛についての注意点も伝えておいた。
グレゴルと、その末娘のアニカも一緒だ。彼女は熱意たっぷりに自ら志願してくれたのだ。
『なるほど。街から牛飼いのプロが教えに来てくれるのか。それは安心だな。それならもっと早く言ってくれればよかったのに』
喜んだグレゴルに、ライチは肩をバシッと叩かれてしまった。
『うまく教われれば、何頭も飼えるかもしれないな。まあ、まだどうなるか分からんが』
わはは!と笑うグレゴルの横で、アニカが冷静に『豚三頭だけでも餌がカツカツなのに、今は無謀すぎでしょ』とツッコんでいた。
なんとなくだが、アニカがいれば、プロからの伝達は問題なさそうだ。
ライチはホッと胸を撫で下ろした。
――そんなこんなで、ライチとフガークスは、現在、村の中央広場で、丸太の椅子に腰掛けていた。
「♪とぉっておき〜の ごちそう〜
おやーおや 箸ぃ〜が 止まらな〜い」
ライチは、ノリノリで揚げ物の歌を歌いながら、ベルトバッグからカトラリーの包みを取り出した。
(箸!箸だ!箸で食事!!日本人としての魂が震える……っ!)
『はーーし!!』
『はーーし!!』
脳内の全ライチが、箸を掲げて歓喜の雄叫びをあげている。
「はいよ。乾杯用の、甘い牛乳だ」
(牛乳で乾杯するのか!給食のお誕生日会みたいで可愛いな)
この出来事一つとっても、いかに村人にとって、牛乳がレアな飲み物なのか、よく分かる。
「ちょいと味見したけど……とんでもなく、美味いよ」
配布係の女性が、ニヤリと笑う。
「甘い牛乳、か……」
フガークスが木のカップを見ながら、すでに目で牛乳を味わっているような表情をしている。
(喉が渇いてたのかな?)
カップには、それほど量は入っていなかった。あれだけたくさん買ってきたつもりだったが、皆に配れば、これくらいになってしまうのだろう。
「甘い牛乳って……ヤバいですよね〜」
ライチも女性に共感したくて、乾杯はまだだが、お先にぺろりと味見をさせてもらった。
「……んん〜!あま〜い!うま〜〜い!!」
舌がもんどり打ちそうなほどの甘味だ。
(誰だ、こんなに甘味液をコッテコテにぶち込んだのは)
甘さだけなら、もはや練乳に迫る勢いである。
(でも……美味い!プルデリオさんちで飲めなかった、甘いホットミルク。飲みたい欲が、一気に満たされる〜)
「ははっ、ここは王族御用達の甘味シートの原産地だよ? これくらい贅沢に使わせてもらってなんぼだろ」
「“王族御用達”?!」
女性が笑う。いつの間にかめちゃくちゃ話が大きくなっていて、ライチも笑ってしまった。
「はははっ。いいですね!この調子で、他国の王族にも広げちゃいましょ!」
(徒歩九日だもんな。貴族や王族との物理的距離がここまで空いてたら、もう怖いものなしだな)
カステリナとは違って、貴族の貴の字もない、実にのびのびとした暮らし。
こちらの方が、威圧感もなく、日本的で、住み心地が良さそうに見えてしまう。
(自然は教育にもいいし、いいよなぁ、田舎暮らし)
ライチは、開放的な暮らしを想像して微笑み、舌に残る甘みの余韻を楽しんだ。




