第170話 魔力と植物の育ち
フガークスはぼんやりとキューブを見ながら、ずっと何かを呟いていた。研究が楽しそうで何よりだ。
続々と、村人たちがライチ達の元へと戻ってくる。その全員がゲラゲラと笑っている。
「採っても採っても生えてきたよなぁ!」「ニョッキニョキで、笑いが止まらねぇな」
「お帰りなさい!実験へのご協力、ありがとうございました!」
「はは。あんだけ差し入れもらったんだ。これくらい気にすんな」
ライチがお礼を言って回るのに、バルゴがかごを叩きながら笑う。
「次はスピナ麻も、なんでしたっけ、油の麻も、そうだ、野菜もついでに……やっちゃいます?」
ライチの言葉に、村人たちは魔力の源であるフガークスを見て、ギラついた目をした。
「…………やるぞ」
村人たちは、そう言うと、無言でかごを背負い直した。
森は村の南にあるので、村を経由しながら、北の上流側である畑へ向かう。
(次のスピナ麻の花が咲くかで、仮説に確証が持てるな)
『いくら魔力を注いでも季節は越えられない説』。どうなることやら。
ライチはふと思い立って、隣でずっとブツブツ呟いているフガークスの肩を叩いた。
(あの。魔力を注ぐと、植物がどのように育つか、何か知っていることはありますか? 例えば、いくら注いでも、季節でするべき成長までで止まる、とか)
思考が完全に研究に向かっているらしく、目がぼんやりとしているので、ライチはかなり具体的に質問してみた。
「…………え。うん。……うん? 魔力と植生?」
フガークスが現世にじわじわと引き戻されていく。
「魔力と植物の育ち……な。うん。そのあたりは魔力学校で習うから誰でも知ってるよ。留年したら、三年目からは学費が自費になるし。全員必死に学ぶんだ。
一つ、魔力を大魔道具に注げば、土壌を整え、植物の成長が加速し、必要な水分も減らせる。
二つ、季節を越えての発育は難しいが、覆いなどをして周囲の環境を整えると、季節外の発育をすることもある。ま、これは発芽がせいぜいだな。覆いで日光が足りなくて、それ以上は育たない。
……細かいのはまだあるけど。欲しかった答えは出た?」
「ドンピシャです!ありがとうございます」
やはりライチの推測は正しかった。
(覆い、か……。この世界では布や木になるから育たないだろうけど、俺はビニールもどきなら作れるし、ビニールハウスが作れちゃったり、しないかな……?)
フィルム袋は白濁色で、透明度があまりない。だが、薄く伸ばせばどうだろうか。
もしかしたら、熱源さえ用意できれば、真冬でも野菜が食べれたり、素材が手に入ったりする……かもしれない。
(魔力、ほんと凄いな。イメージ的に、体内発生の電気で、道具も動くし植物も伸びる、ってことだもんな)
エコだ。すごくエコ。
(でも身体を乗っ取られるのは怖いか……。乗っ取りのエネルギーを放出して発散できる、“癌”みたいなものだもんな……)
癌はがん細胞の分裂なので、また違うものだが、遺伝もするし、突発で発現するし、死に至る部分は、似ている。
(魔力操作の加減を間違えると、気を失ったり、死んでしまったりする世界……う〜ん、どっちが良いか微妙だけど、我が子に暮らしてもらうなら、やっぱり前の世界の方がいいかな)
そんな、詮の無いことを考えながら歩くと、すぐに村の中央広場へ着いた。
(うわぁ、なんて美味そうな……!)
あちこちから、肉や魚やお菓子の焼ける、とんでもなく良い匂いが漂っている。
宴会の準備をしている女性達と子ども達が、顔を上げる。男性達の収穫量を見た瞬間、歓声が上がった。
「うそだろ!森の奥まで入らなくても、そんなに採れたのかい?!」「すっご〜い!たくさん!」
「魔力ってのは、凄かったぞ」「採っても採っても生えてきやがるんだ」
「……で。これから俺らは、畑へ、向かう」
その言葉で、広場にいた村人たちの眼光も、一気に鋭くなった。
「……ねぇ。ここは……赤ん坊を背負ってる女達で、いけるよね?」
「いけるいける」
「子どもと、子どもが大きい女も行ける」
『よし!畑だ!準備しな!急ぐよ!』
もともと女性がパワフルな村だ。男性達はせっつかれながらかごの荷物とライチの大桶を、飛車に積み込み始めた。
「(あの、フガークスさん。スピナ麻は、収穫時期が大事らしくて。夏に花が咲くころに収穫なので、もし花が咲きかけたら、そこでエネルギーを送るのを止めないといけなくて)」
ライチがこっそりと話しかけると、フガークスは一つ頷いた。
「なるほど。微調整しながら魔力を流すのは、俺の方が向いてるな。ちゃっちゃとやろう」
(ぶ、ぶれない……)
完全に心ここにあらずだ。特に、さっきと同じような条件の実験になるので、省略したいのだろう。
二人で、しばらく準備をぼんやりと眺める。
「――っ!!」
フガークスが、おもむろにバッと二度見した。
「うわっ、ヤバい! 飛車!!
上に飛ばしといて、傷をつけないようにしないといけなかったのに」
慌てて飛車に近づくフガークス。ライチも、完全に飛車の安全性を失念していた。
「傷とか……は、なさそうに見えるな。誰か、触ったりした?」
フガークスが、広場にいた女性達に声をかけると、畑へ向かう準備をしながら返事が返ってきた。
「そりゃ、牛とか牛乳とか酒とかを下ろしたんだ。触りもするさ。まあでも、牛も、暴れる子ならともかく、おとなしい子だったから、問題は無かったよ」
「この空飛ぶ乗り物、お貴族さま関係のもんだろ? だったら、積荷以外にはわざわざ触らないさ!」
「そうそう」「いちゃもんつけられたら怖いよねぇ」「この間来た女の人達も、めちゃくちゃ目つきが怖かったしね」
どうやら、グラキ領主の高圧的なイメージにより、飛車も触れてはいけないものとして共通認識ができていたようだ。
(子ども達が操縦桿とかで激しく遊んだりして、壊れなくて良かった……)
何人かで体重をかけて、ポキリと折れた……なんてことになったら、洒落にならない。
ライチ達が何日も帰れないのも、領主命令的に問題だが、それよりも、壊した責任を取って村人全員が処刑――される可能性だって、無いわけではない。
フガークスは目立った損傷がないことを、再度入念に確認してから、脱力した。
「よかった……。……実験する場所まで、飛ばしとこう」
そのまま、フガークスは操縦席に乗り込む。
「案内して」
一言そう言うと、一気に飛車を持ち上げた。
『おおおおおお〜!!!』
『かぁっけぇ〜!!!!』
村人、特に、子ども達から大きな歓声が上がる。
「ははは。お貴族さまのときは、顔を上げれなかったから、今度は飛ぶとこが見れて、よかったなぁ」
グレゴルが笑っている。
「分かります。凄いものって、まず子どもに見せたくなるし、素直に『うお〜!』って感激されると、それだけで心が満たされますよね」
ライチも一緒に笑った。子ども達は、飛車が飛び上がった下に潜り込んで、ぴょんぴょんと跳び上がっている。
(ふふっ。脳内では一緒に飛んでるのかもな。飛車を加工して戦隊ロボとか作ったら、めっちゃ喜びそう)
ライチ自身も、戦隊ジャーや、覆面ライダーやウルトラさんには大変お世話になった。レントも、あと数年できっと大ハマりしていただろう。
ライチはそっと、いつか作りたいものとして、脳内メモに記録しておいた。




