第169話 植物ごとの限界
スイの葉の方にも人がいる。
「おう。こっちも葉をむしったら、また生えてくる感じだったな」
「スイの葉……いや、スイは、花とか実は、つかなかったですか?」
「?? どういう意味だ?」
首を傾げた男性が、目の前にある地味な赤茶色の穂を指さす。
「これ。咲いて、実ってんじゃねぇか」
「えっ、この赤いススキみたいなの、別の草じゃなかったんだ……!これが花と実? 全然見えないですね……」
花と実に持っているイメージと合っていないので、信じがたい。花と実の部分だけが高く伸び上がっているし、どう見ても別の植物……というか、ススキだ。赤茶色のススキ。
「年中見てりゃすぐ分かるけどな。……刈るのは葉だけでいいんだよな?」
そう言って、男性はまた葉を何枚かまとめて切り落とした。
矢じりのような、スペードを細長くしたような。そんな形のスイの葉が、籠いっぱいに詰め込まれている。
「最初来たときと比べて、実験のあと、この花と実には、何か変化はありましたか?」
ライチが赤茶ススキもどきをツンツンとつつきながら尋ねると、男性は首をひねった。
「どうだかな? 葉しか見てなかったが……ちっこい皿みてぇなのが実なんだが、少し大きく膨らんだ気が……しねぇでもねぇかな? わかんねぇ」
「なるほど……」
これだけ小さな花や実では、どうも実験には向かなさそうだ。ライチは気持ちを切り替えた。
「ありがとうございます。ユキダマソウとスイは、何株か根ごと持ち帰りたいので、一緒に籠に入れておいてもらえると助かります。ムラサキバナの方も見てきますね!」
ライチはそう依頼して、ムラサキバナの生えているあたりへ向かった。
(――……なるほど。ムラサキバナは、花を採っても、また花が生えてくる、と)
ムラサキバナも似たような状況だった。
『魔力や父性を注ぎ続けても、ある一定以上には発育しない』のは、間違いなさそうだ。
そして、その、“ある一定”については、ようやく仮説が立てられてきた。
(“現状維持”、なんだな。きっと。
今の季節を超えた発育は、しないんじゃないかな?)
小学五年生の種の発芽の実験でも、気温は大切な要因の一つだった。
例えば、二十五度で実がつく植物なら、いくら実を採っても、二十五度のうちは魔力で実が回復する。
しかし、三十度を超えないと、種が落ちないものなら、それより寒いうちは、いくら魔力を注ぎ続けても、種は落ちない。
……ということではないだろうか。
この理論だと、花だけが再生したムラサキバナと、実が再生したユキダマソウの結果が説明できる。
(スピナ麻は、夏の暑い時期に花をつけるんだったよな。花が咲くと繊維が硬くなるから、それまでに刈る、って聞いた気がする)
後で畑で見てみよう。ライチはそう決めると、ムラサキバナの担当にも、根ごとの回収を頼み、次のベトノキが生えている場所へ向かった。
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(ほんと、道の雑草が凄いな。刈ったり踏んだりしてないと、こんなことになるんだ)
ライチは藪をかき分けながら考える。
(さっきの理論でいくと、たまたま初夏がベトノキの実の落ちる時期なら、今日種で持って帰れるかもなんだけどなぁ……。ま、そう都合よくはいかないか)
種が落ちるといえば秋だ。望み薄と考えておいた方がいいだろう。
「あっ、皆さん。村長も。どうですか、ベトノキは」
「おう。樹液が延々出てくるもんだから、もっと大きな瓶を持ってくればよかった。魔力ってのは凄まじいな」
クラフトの材料に一番気を揉んでいたのはグレゴルだろう。とても嬉しそうだ。
「樹液がじゃぶじゃぶ……ってことは、もしかして、周囲の水もかなり吸い上げてるんですかね?」
草が伸びるのにも水がいるはずだ。命の力のはずだから、土地に問題はないと思うのだが……。
「んあ? 水分か。確かにこれだけジャージャー出てくるなら、どっかから吸われてるのかもな。でも、地面が乾いた感じはしてないぞ?」
グレゴルが木の根元の土を摘んで見せてくれる。
「確かに……十分湿ってますね」
「魔力が水みたいになるとか、水が少なくても余裕になるとか……そんなんじゃないのか? なんせお貴族さまの魔力さえあれば、食うに困らないんだから」
グレゴルの言葉に納得する。
(アルフィアーナさんなら、正解を知っているのかもしれないな)
魔力と植生と土地の水分の関係。うん。知ってそうだ。
「樹液は、年中採れるものなんでしょうか? 寒いと出ないとか……?」
「うーん。わざわざ季節を変えて傷をつけて調べたことがねぇなぁ」
「樹液は大体寒いと出ねぇよな」
「そうだな。寒くなったら葉も落ちるし、木は休みに入る。樹液も出ないと思っといた方がいいだろうな」
「そうか……分かりました。寒くなり始めるまでの勝負ですね」
ライチは、初めてベトノキを見上げてみた。
ほぼ緑色と茶色の森。必要な幹の方はこれまでも見てきたが、この木の花や実のことは、考えたことすらなかった。
「……すごい。白いテーブルみたいに、びっしりと小さい花が咲くんですね」
「ん? ベトノキか? そうそう。秋には黒い実のテーブルになるから、鳥が食べやすそうにつついてるぞ」
白い花が、棚のようになっている。あれだけの数の実がなるなら、確かに枝にとまった鳥からすると、ビュッフェみたいなものだろう。
「木は持ち帰れないんで、種が欲しかったんですが……魔力を注いでも、落ちてきませんよね……」
ライチはしょんぼりと肩を落とした。
(ベトノキがなかったら、布が完成しない……。ずっと一日百万円かけて樹液を取りに来るのは、現実的じゃないなぁ。大量の樹液となると、父性じゃなかったら何人か雇わないと持ち上がらないかもだし……)
“大量生産”のシステムの中に、ライチを組み込んでしまうと、ライチが抜けただけで全てが崩れてしまう。
マンパワーは郊外村や街の人々に担ってもらう。
土地の魔力は、貴族や魔力持ちに注いでもらう。
いつか、領地の大魔道具を人工魔導体に置き換えていくことで、伝達効率が上がって、なんとか余剰の魔力が捻出できないのかな?とぼんやりと考えているところだ。
しかしそれも、ベトノキがあって初めて成立するわけで。
(ひとまずは、秋に種を取りに来る方向で進めていくか……)
「ベトノキを領主さまのところに持っていきたいのか? それなら、そこに生えてるやつを抜いていきゃいいんじゃねぇか」
どうしたものかと考えあぐねるライチに、周りの男性が声をかけてくれる。
「ありがとうございます……。でも、木は流石に引っこ抜けないですよ……」
紐で括って飛車のフルパワーで引き上げても、紐が先に切れそうだし。
太い幹を見ながらそう言ったライチに、その場の村人達が笑った。
「はははっ。面白い冗談だな。誰が木を引っこ抜くって?」
「えっ、でも……」
「俺らが言ってんのは、これだ、これ」
グレゴルがしゃがんで、雑草の一つをつつく。
ベトノキの根元に、二十センチほどの高さで、葉が四〜六枚ほどついた草が群生している。弓なりに走る独特の葉脈。もしかして……。
ライチは顔を上げ、ベトノキの葉をじっと見た。
「本葉の形が同じ……この草、ベトノキの赤ちゃんですか?」
「そうだ。魔力のおかけで、そこかしこから芽が出てきたんだ。これなら、連れて帰れるんじゃないか?」
「芽なら持って帰れます!やった!根っこごと欲しいです!」
村人たちは、笑いながらベトノキの赤子の根元の土を返す。
少し掘り起こしただけで、まだ根の先に硬い種の殻をくっつけたままの、瑞々しい幼木を大量に手に入れることができた。
「こ、こんなに採っちゃって大丈夫ですかね……?」
「ははっ。さっき見た通り、ベトノキはテーブルみたいに葉を広げるだろ? 自分の根元にある種は、基本日が当たらなくて育たないんだ。そのために、鳥に来てもらえるような実のつけ方をするんだよな。糞なら遠くまで行けるから。この“赤ちゃん”達は、根こそぎ採っても問題ない」
なるほど。確かに、親の木がテーブルを掲げていたら、その下の子どもの木は育たないだろう。遠慮なくもらっていくことにする。
(やった、やった。一番の悩みの種のベトノキ、大量ゲット〜!!)
ライチは小さくガッツポーズをした。
今度こそ、勝ち確定ではないだろうか。
ライチは脳内でウイニングランを決めた。
――ネバリダケが生えている場所もチラリと見に行ったが、こちらも何も問題なさそうだ。
巨大しめじのようなネバリダケ。収穫用のものは根元を残してカットしてあったので、植え替え用のものは土ごと回収してもらった。
「ちなみに、ネバリダケは、どういう季節サイクルで生きてるのかな?」
中学生男子コンビ、マルタとロッソがネバリダケ担当だ。ライチは今後のために質問してみた。
「“季節の巡り”? えーと、寒さにあたると土の上の部分は、腐ってボロボロ崩れて」
「冬は土の中に隠れてるかな。春になったらまた同じ場所に生えてるよ」
(ふむ。なんせ冬は材料の生産は完全にストップだな。……ああ。転移が春で、本当に良かった)
冬までが一番遠い季節でよかった。
ライチは、土を返している二人にお礼を伝えてから、フガークスの元へ戻った。




