第166話 森へ
「とんでもねぇことじゃねぇか!」「あれ? どんだけ偉いんだ?」「領主さまの上じゃねぇの?」「国をまとめてる方々なんだよな?」
村人たちは上へ下への大騒ぎだ。
「それはさすがに、凄いことになってるな」
研究しか視界に入っていないフガークスですら、やや驚いた顔をしている。
「オスティアが送り込んでくれた行商人の列が、近くまで来ているみたいです。もうすぐここに、報酬をたんまり持って、到着するかと!これまでの皆さんの頑張りが、買い取ってもらえますね!」
『おお〜〜!!』
ライチが出発してから、領主の視察以外で来客のなかった村に、歓声が上がる。
「そしてこれは、お世話になった俺からのお礼と、大儲け祝いです!」
ライチが荷台を手で示すと、さらに歓声が大きくなった。
「景気が良すぎるだろ馬鹿!」「デカい生き物はなんなんだ?」「ありゃ牛だ!」「大樽には何が入ってんだ?」「おっ、鍋だ!」
「すみません、飛車のレンタルと、フガークスさんのお時間的に、今ほんと時間がないので、分配は皆さんにお任せします!皆さんで仲良く……いや、できれば、バルゴさんちは、少し多めでお願いします」
一家で揃っているバルゴ達が、顔を見合わせてニコニコと笑う。
無一文の不審者に、貴重な食事を分け、服を貸し、可愛い子ども達の横で寝かせ……としてくれたご家庭だ。まさにおんぶに抱っこでお世話になった。村のみんなも、そこには異論がなさそうだ。
「この牛も、村のみなさんへのお礼です。畑仕事用に買ってきた子で、飼い方にはいろいろと注意点があります。帰るまでには村長に伝えておきますね!まずは、俺が建ててもらった小屋に連れて行って、休ませてあげてください」
フガークスの視線に急かされながら、ライチは早口で注意点を述べる。
「今回俺は、領主様に命令されたお使いで、色々と材料を調達しに来たんです」
「それと“ 魔 力 実 験 ”、な」
フガークスがチクリと追加する。
「そう!それと“魔力実験”!……ということで、慌ただしくてすみませんが、さっそく俺達は森に行きます」
そう宣言したライチは、飛車の荷台から必要な物を運び出し始める。フガークスの前で実演するのならば、まずは、大桶の粘土を水で洗わせてもらわなければならない。
「手仕事の材料かぁ。すまんなぁ、ライチの分は確保できてねぇなぁ」「スピナ麻の外皮も切れちまったしなぁ」「帰ってくるって分かってたら、置いといたんだが」
村人たちの優しさにほっこりしつつ、ライチは笑う。
「大丈夫です!魔力持ちのフガークスさんが、魔力を注いでくれるんで、材料がニョキニョキ生える、はず!今日はそれを実験しに来たんです!」
『なにぃぃぃ!?』
「そうなのか!」「そりゃいい!」「魔力はやっぱりすげぇな!」
こんな辺鄙な場所でも、魔力をくれる貴族へ、小麦の税を納めている訳で。魔力のおかげで土地の生命力が保たれているということは、周知の事実のようだ。
「ニョキニョキ生えるんなら、手伝いもいるだろ。みんなで取りに行こうや!」
(えっ、どうしよう。こねこねとか……見られて大丈夫かな?)
口外禁止の誓いを立てているフガークスと違い、村人たちは見たままを人に話してしまえる。
(材料は……粘土と粉。うん、見ても説明しなきゃ分からないよな。やり方は……フガークスさんには作り方を説明しなきゃだけど……)
あれこれと考えている間にも、ナタや背負いかごを持ってきて、準備していく村人たち。
「〜〜っ、ありがとうございます!お願いします!」
(止めるなんて無理だ!もうなるようにしかならん!)
相手は信頼できる村人たちだ。ライチは早々に思考を放棄した。
「じゃあ、あたしらは牛運んで、差し入れ分けて、生もんで簡単な宴会の用意をしとくよ。まだ昼だけどね。明日からは保存食にもしていくけど、折角だ。ライチが帰る前に、腹いっぱい食べまくっちまおう!」
『さんせい〜!』
マーヤが声をあげると、わらわらと賛同者が集まった。子ども達と、子連れの母親が多い。
(そうだ、消費期限!ちゃんと伝えなきゃ。お腹を壊したら、病院もないし、命取りだ!)
「牛乳と、お肉は、全部、必ず今日中に!加熱してくださいね!火を入れないと、明日には駄目になってますから!牛乳は、今日ならそのまま飲んでも美味しいです。甘味シートで甘くするのも、小麦粉料理にも合います!」
うんうん、へぇ、と宴会チームが頷く。
「おーい。この桶と、この袋を持ってくんだよな? 魔力持ちの兄ちゃんはノリノリだぞ。ほら!ライチも早く来い!」
何故か全く土地勘のないフガークスが、先頭に立ってずんずん進んでいる。ライチたちが飛んで来た方向――南の森へ突き進んでいく。
(今日は奥の群生地までは行かないつもりだからいいかもだけど……。そんな緩い気持ちで森に入ったら、痛い目を見るんだからな〜)
「待ってください、まず大桶の中身の粘土を洗わないとで――」
以前、森の奥で散々な目にあった記憶を再生しながら、ライチも慌てて集団に加わった。
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「ク……じゃねぇや……さっそく、この辺にも、ライチの作ったもんの材料があるんだが」
森の入口で、集団の一人がクリザ葛を指したかと思うと口を噤んだ。フガークスに対し、材料を伏せるためだろう。
「はい。じゃあ、ここをスタートにして試してみましょう。ニョキニョキの前に、地面に魔力を染み渡らせるための線を作らないといけません。皆さん、お手伝いをお願いします」
ライチは、持って来てもらっている大桶を示した。出発前に水で流した魔導粘土が入っている。
「この粘土に、俺がこの粉を振りかけますんで、練り込んで、均一にしてください。その後、小指くらいまで細く伸ばして欲しいです。森にこの紐を敷くと、遠隔で魔力を流せるようになります」
「……アンタ、本気?」
ライチの説明に、フガークスはポカンとしている。村人たちは「おう!」と威勢よく返事をしてから、さっそく作業に取り掛かった。
これが昨日のライチの思いつきだ。
(ふははは! 名付けて、“刈っても刈っても、父性エネルギーを注げば無限に生えてくるんじゃな〜い? オスティアの牛さんは、魔力のおかげで草が無限に生えてきて、お腹いっぱい食べられてますもんねぇ〜?!” 作戦だ!)
ライトノベルの長文タイトルのような作戦名な気もするが、本人としては大真面目である。
ライチは【魔力が命の力になるから、家畜に餌はいらない】という状況には、二つの可能性があるとみている。
一つ。同じ牧草が、食まれたそばから“再生する”パターン。
一つ。食まれた牧草は枯れるが、種から“次の芽が出て”食べるのには困らないパターン。
前者は、一つの命が繰り返し枝葉を広げている。
後者は、命のサイクルが加速している。
(どちらにせよ、食べても食べても生えてくるのには違いない。でも、“再生”なら、根っこあたりが残ってたら、また伸びるけど、“サイクル加速”なら、種が落ちないと次が生えない可能性がある)
ライチは、状況的に、前者だと踏んでいる。
つまり、実を取ろうが、種を取ろうが、花を摘もうが、魔力さえ根から上がれば、また花が咲いて実がなって種が落ちる……のでは?!と。
今回は種集めのついでに、それを試しに来たのだ。
みんなで金茶の粉を練り込んでいると、フガークスが耳打ちしてきた。
「(そういや、いつの間に、カカが粘土になったんだ?)」
「(あー。出発前、集めてもらった“カカ”に、肥溜め池の虹色っぽいプルプルをかけてましたよね? あれで、特別な反応が起きて……うんちが、なんと粘土になるんですよ!)」
「……駄目だ。何をどう聞いても、訳がわからない……」
全てを理解したいタイプらしいフガークスが、ひたすら嘆いている。




