第165話 凱旋
「で? 昨日のあれは何だったわけ? 消えた桶のカカと、袋の粉。かさの減った肥溜め池。地面の隆起……。『王家の大魔道具の代わりを気合で埋めた』って、なに? 何から何まで分からないまま、一日過ごしたんだぞ」
横でフガークスがごちゃごちゃと言っているが、こちらは我が子とのお散歩気分で操縦しているのだ。会話など、できるわけもなく。
「え?! ちょ、無理無理!今、三音までの言葉しか理解できませんから!」
「三音?!」
フガークスから非難の声が飛ぶ。
こっちは、牛まで乗せて、重い荷物を必死に飛ばしているのだ。文句は受け付けない。
「…………」
「?」
押し黙るフガークスを、チラリと見る。
「……あ と で」
彼は、不満げにそう呟いた。
なんとなくの口の動きからすると、どうやら現地語でも三音に近い言葉だったようだ。
(なんて言ったんだろう。Pっぽい口の動きだった気がするけど……ちゃんと現地語で聞きたかったな)
ライチは少しそんな風に考えてから、操縦に集中し直した。
───
野菜畑の 村がある平野部分を抜け、ヤギの村を抜け……山の斜面に沿って、森の上をどれほど飛んだだろうか。
(徒歩一日半の距離に十五分かかったとしたら、そこから徒歩七日のスピネラ村までは、一時間以上かかるってことか?)
ただし、これはずっと平坦な道だった場合だ。かつて通ったのは、危険な崖、アップダウンの道、そして岩場。さらに、寝床の用意の時間も鑑みると……なんとなくだが、四十五分もあれば着きそうな気もする。
「重いのに、軽々飛ばすなぁ。……俺も父性、出たらいいのに。……子作り、いや、相手探しからか……面倒だな」
横のフガークスのぼやきはスルーして、ライチは進行方向をチェックする。
(よしよし、ナンチャラ川も、大分細くなってきたぞ)
メルカトから川の名前を聞いた気もするが、一文字も覚えていない。レ……とかだか? とにかく、あの川を上流まで辿れば、スピネラ村に着くのだ。
「……おっ!段々畑だ!あそこが豆の村なんで、もう少し奥に行ったら見えてくるはずです」
段々畑が豆の村なことくらいは覚えている。豆料理が美味しかった。
少し前に行商人二人組と歩いた道。それを、ライチとフガークスと赤茶牛は一瞬で飛び越していく。
――そして。
「……あ」
ライチは少しだけ身を乗り出す。目を凝らす。
木々の間に、ライトグリーンの絨毯のような畑が、確かに見えた。
「ありました!」
「どこ?」
「あそこです!あの辺の若葉色の畑!」
父性を途切れさせて降下させつつ、近づいていく。家々も確認できる。中央の広場も。見慣れた村の景色が見えてきた。
「スピネラ村です!」
「よし」
フガークスが操縦を交代してくれる。ライチは、中央の広場を着陸場に指定した。
飛車は、オスティアの時のように、ゆっ……くりと、高度を下げていく。
――ヒィーーー
音と影に、村の人々が、一斉に空を見上げる。
「またお貴族さま?!」
遠くで、誰かの声が響いた。
――……
――ザリッ
砂を押し潰し、飛車が着陸する。
「お貴族さまだ!早く頭を下げろ!」
「なんかデカい生き物も乗ってねぇか?!」
「なんで牛が乗ってるんだ!?」
村中が、一気に騒がしくなった。
(貴族への対応なら、どれも完全にアウトだよな)
ライチは内心で少し笑ってしまった。まあ、農民相手に正しい礼儀作法を求める者はいないだろうから、問題はないはず。
ライチは操縦席から身を乗り出す。
「みなさ〜ん!ライチです〜!!」
「ええっ?!ライチだと?!」「あのライチか?!」
目を白黒させ、開いた口がふさがらない様子の村人たち。
今は昼下がり。殆どの人は、畑で雑草取りや水やりをしているようだ。周囲の人は少ない。
ライチは久々に、村の砂地を踏みしめた。
「ただいま帰りました!」
『ライチだぁぁ!』
「ティモ〜!!エルノ〜!!」
たまたま近くにいたのか、それとも面白いものが空に見えて、森や畑から走ってきていたのか、ティモとエルノが超高速で突進してきた。
二人ともを腕に掴まらせ、ぐるぐると回る。
「お帰り!」「おかえり!」
「会いたかったぞ〜!元気にしてたか? あれっ、ちょっと重くなったんじゃないか?!」
『きゃーはははっ』
「うりゃうりゃうりゃ〜!」
笑顔が弾ける。
「おいライチ!何がどうしてお前が空を飛んできたんだ?!」「その荷物は?!」「牛?!」「本物?!」
あっという間にわらわらと村人が集まってくる。
ライチは一人ひとりの顔を見て、笑った。
右も左も分からず、何も持っていなかった自分を、温かく迎え入れ、助けてくれた人たち。再会が本当に喜ばしい。
「……みなさん、お元気そうで!飛んで帰ってきてみました!」
「――おお!本当にライチがいるぞ!」
「あいつ、とんでもねぇな!空飛んできやがった!」
「バルゴさん!グレゴル村長!」
「あんたらしいねぇ。お帰り」
「だっだっ」
「マーヤさん!シーラちゃん!え〜、シーラちゃんも、ちょっと大っきくなったんじゃないか〜?」
(赤子!赤子!気軽に抱っこさせてもらえる赤子!貴重!)
ティモとエルノを下ろしたライチは、今すぐシーラとハグをしたくなった。ぷにぷに触感と、お乳の匂いを補給したい。マーヤがおんぶ紐をしてなかったら、すぐにでも動いていただろう。
なんというホーム感。なんという身内感。
知らず凝り固まっていた、全身のこわばりが解けていく。
「ライチ、ただいま帰還しました!……あっ、とりあえず、お借りしてた服、お二人にお返ししますね。めちゃくちゃ助かりました」
ドタバタして返し忘れては大変だ。ライチはいの一番に、借りたものの返却をした。
「お、おう」
「はい、確かに。……って、いやいや、何がどうしてこうなってんだ。そのお方はどなただ? またお貴族さまの見回りじゃないだろうな?」
グレゴルのその怯えた様子に、ライチは少しだけ首を傾げた。
「また?」
「ちょっと前に、空飛ぶ乗り物に乗った人たちが、村に来て、あれこれ見ていったんだよ」
(ああ!領主様が「村まで見に行ったけど、製法が聞けなかった」って言ってたやつ)
「村から出たこともないし、お作法なんて何も知らないが、貴族さまに睨まれちゃ、生きていけないことくらいは知ってる。みんなで青い顔して震えてたんだ。死んだと思ったぜ」
「わ、わ、分かります、その気持ち……!」
ライチがグラキ領主の前で震え上がったその前に、同じようにスピネラ村も震え上がっていたのだ。共感しかない。
「で、そのお方は?」
グレゴルから、早くフガークスについて説明しろと急かされる。周りも、不安げな顔で見守っている。
「どうも。魔力組合のフガークスだ。君らと同じ平民。礼は不要。ライチに雇われて、この村には、“ 二 人 で 魔 力 実 験 ”をしに来た。組合に戻るまでの時間もないから、手短によろしく」
「フガークスさん、言い方……」
どこまでも研究まっしぐらで、ある意味清々しい。ライチは苦笑する。
「そ、そうか。お貴族さまじゃぁないのか。とにかく、視察が来たぐらいだから、売り込みは、うまくいったんだな? 俺達は、堂々と新しい売りもんを、作ってていいんだよな?」
グレゴルの確認に、ライチはVサインを掲げる。この世界では意味が通じないかもしれないが、ジェスチャーというのは表情と気持ちが大事なのだ。
「甘味シートも、ポリエクロスも、領主様に認められましたよ!ポリエクロスの服は、今度、王族の前で着るみたいです!甘味シートは、これからお城で実食してもらう予定です!」
『王族ぅぅ?!』
ライチのあっけらかんとした報告に、村がひっくり返った。




