第160話 輪
「――それは……恐ろしい体験をされたのですわね。
確かに、こちらの認識からすると、フガークスさんの言う通り、必ず命を失う……というほどの危機ではありません。ですが、魔力や魔道具のない世界からいらして、急に一人で重い飛車を飛ばすことになったのですから、恐怖で気を失うのも、当然ですわ」
「そ、そうなんですっ!!異世界人からすると、絶対死んだ!と思ったの、分かってもらえるのはアルフィアーナさんだけですよぉぉ〜」
フガークスにしてみれば、“そんな速く落ちないものだし。一人きりは心細かったよな”、程度だったのだ。
しかし、異世界から来ているライチにとっては、はるか上空で、ヘリコプターに乗る全員の意識がなくなっているような、そんな状況だった。操縦桿すら握ったこともないのに!墜落必至!という気持ちで。
アルフィアーナの共感に、ライチの恐怖が昇華されていく。
「そして、人工魔導体を、地下に敷いたのですね」
「そうなんですよ!どう、思いますか?」
「一トゥアズ弱の深さ、ですわよね。農耕のことは深くは存じ上げませんが、王家の大魔道具からすると、かなり地表近くにあるイメージではありますわね。地下深くから、長い年月をかけて土地にエネルギーを送る大魔道具とは、使用用途が違うのですから、ちょうど良い深さのように思いますわ」
(やった!何となくで決めた深さだけど、オッケーがもらえたぞ)
「肥溜め池の底の魔導粘土の使い方も、考えましたわね!神の想像力により、手を触れずに使用するなんて……。お話を聞いていて、目から鱗が落ちる思いでしたわ。素晴らしい思いつきです」
「ですよね!!これをもう、すぐにアルフィアーナさんに言いたくって言いたくって!」
二人で思いついて、喜び合って、取り出し方が思いつかず、ぬか喜びにがっかりしたネタだ。活用の発想を褒めてもらえて、大満足である。
「あとは、スピネラ村での実験ですわね。結果が非常に気になる実験ですわ。またぜひ、教えてくださいまし」
「ですよね〜!さっそく今から行ってくるんで、また結果をお伝えしますね」
スピネラ村でする予定の実験も、太鼓判を押してもらえた。
「いよいよ、明日にでも、スピネラ村から採ってきた種や雑草蒔きをすれば、父性でボーン!と緑化できる……予定です!」
(アルフィアーナさんにも、見てもらいたいなぁ)
なんといっても発案者なのだ、少しの外出くらい、させてくれたらいいのに。
「何よりですわ。布オムツと粉ユキミルクも、そのうち、たくさんいただけそうですわね」
笑うアルフィアーナに、ライチはサムズアップを送る。
「はい!任せてください!」
そうだそうだ。緑化が成功したら、赤子たちに作りまくらねば。布オムツと粉ユキミルク!
「――それで、最初のご質問の、“魔力が溜まりすぎて困るか”、ですか……」
アルフィアーナは、当初の質問を忘れてはいなかったようだ。
「あ、その、フガークスさんが、気分が悪くなると言ってたので……気になってしまって」
(ついポロッと聞いちゃっただけだから、流してくれてもよかったんだけど……)
聞いてはいけないラインが分からない。しかし、答えは気になる。ライチはそわそわとしながら、じっと続きを待った。
「……仮にも元上位貴族ですから、数日間放出しない程度では、気分は悪くなりませんわね」
アルフィアーナが口を開く。その口調は淡々としている。
(今の黒い魔石でも、魔力は溜まってるってことか)
元上位貴族とは初めて聞いた気がするが、王妃を目指していたようなお方だ、上位貴族で、魔力が凄くても、何ら不思議ではない。
「でも……その……数日より……えっと」
なんと伝えたらいいか分からない。『黒い魔石では、魔力は出せないのでは?』と言いたいのだが……。
「――見るのが、一番早いですわね」
おもむろにそう言うと、アルフィアーナは自身の首元に手を添えた。
襟を、少しだけめくる。
「えっ」
「こちらです」
「……!!」
ライチは言葉を失う。
アオザイのような白装束の高い襟の下には、細い首輪が隠されていた。
首をぐるりと一周する、金属のような、黒く、細い輪。
「この首輪で、ここから上には魔力が上らないようになっているんですの」
事務的に説明をするアルフィアーナ。
「……っ」
見ているだけで息が苦しくなる。
その輪が、まるでライチの首も絞め付けているかのように。
光をたたえた美しい髪が、風に揺れる。
その細く白い首にかかるのは、罪の証の、黒い、輪。
「……ですので、溜まりすぎる前、十日に一度、役人と共に登城しなければなりませんの。
城では首輪を外され、溜まった魔力を大魔道具へ通じる魔道具へ納めておりますわ。貴重な魔力ですから、領地の命の力として使われます」
アルフィアーナは、そっ、と白い指を襟から外した。首輪が隠れると、また白一色の視界に戻る。……黒い魔石を除いて。
「…………あ、りがとうございます」
ライチは、なんとかそう絞り出した。
領地を生かしてくれていることにか。
首輪を、見せてくれたことにか。
本人は、淡々と、まるで日々の予定を話すかのように説明している。
けれど、ライチにはどうしても、それが普通のことだとは思えなかった。
何度も何度も連行され、晒し者にされ、エネルギーだけ吸われて。
こんな優しい人にしていい仕打ちとは、とても思えない。
「……何か」
口から、勝手に言葉が出た。
「何か、お力には……なれませんか」
「……」
「俺……アルフィアーナさんに、いろいろ助けてもらってるのに」
成り行きでお願いしたアドバイザー。異世界転移の事情もすんなり受け入れてくれた、器が大きくて優しい人。
自分は、何も返せていない。
アルフィアーナは、しばらくライチを見つめていた。
そして、ふっ、と微笑んだ。
「わたくしの、罪ですので」
「……」
とても貴族らしい、綺麗な微笑みだった。
それなのに、見えないシャッターが閉まったように感じられた。
今更何を言っても、もう遅い。
そういう部類の、諦めの色。
何となくだが、そう感じられた。
美しいその微笑みからは、正しい感情は読み取れないのだが。
「……そう、ですか」
ライチにはそれ以上、何も言えなかった。
「――あと、何回かで、ヘアケアセットが、なくなってしまいますの。これまでの汚れを落とすのに、かなり使ってしまいまして」
アルフィアーナが、流れるような手つきで、再度三つ編みを編みながら、おもむろにそう言った。
「へ?」
突然の話題転換に、ライチの脳みそはついて行けない。
「なくなったら、また持ってきてくださいますか? 自作の方法もお聞きしましたが、なかなか原料の調達が難しくて。最先端の物だから、お高いんでしょうけど、わたくし、とても気に入ってしまいましたの」
いたずらっぽく、貴族令嬢っぽくおねだりされる。
(ええ……? ……あっ!“助けてもらってる、お礼”!)
彼女は、茶化して言うことで、ライチが感じている恩を、軽くしようとしてくれているのだ。
「もっ、勿論です!開発者特権で、いくらでも持ってきます!」
ようやくアルフィアーナは屈託なく笑った。
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鐘の鳴る時間が近づいたため、ライチは大聖堂の敷地を出た。
振り返ると、先ほどまでアルフィアーナと居た鐘楼が見える。
光をはらむ、銀色のキラキラした髪。
年相応に嬉しそうな笑顔。
そして。
白い首を、黒く染める、輪。
(……あの首輪を外せる日が、来たらいいのに……)
お別れの祈りの余韻で、きらめく世界を感じながら、ライチは一人、神に祈った。




