第159話 アルス・アマトリア
三つ編みにしていても一本一本輝く銀色の髪に、さらに銀粉のきらめきも混ざっている。
それが元々の美しい髪を、さらに輝かせている。
ダイヤモンドに例えたのも、全くその通りで。
「……光の化身に見えます」
ポロリと感想がまろび出た。
(本当に綺麗だ。元々美人さんなのに、これだけ輝くと、本当に高嶺の花だな)
「また適当なことを……」
「ええっ?! 適当じゃないですよ!そこは断じて!」
アルフィアーナはとうとう困ったように笑い始めた。自分の三つ編みをつまみ上げる。
「説明に書いてある通りに使ったら……目立って仕方ありませんの。どうしてくださるの」
「そっ、それは!……ごめんなさ、い?」
(ん? 謝ることなのか?)
怒っているように聞こえた声は、恥ずかしがっている声だったようだ。
だから頭から布を被っていたのか、と、ライチはようやく事態を把握した。
ライチに文句を言ったことでアルフィアーナは少し溜飲が下がったのか、ふふっ、と吹き出した。
「すみません。あまりの変化に、すぐに布を被せたので、正確には、まだ周りには見つかっていないのですわ」
「あっ、なんだ。変な目で見られてなくて、よかったです」
折角こんなに綺麗なのに、隠してしまうのは勿体ないが、複雑そうな身の上が身の上だけに、悪目立ちが良くないのもよく分かる。
「……わたくし、きちんと使えておりますでしょうか」
アルフィアーナが、そう言いながら、三つ編みの端に手を添えた。
――するり
結われていた紐が解かれる。銀髪が、手ぐしでハラハラとほどかれていく。
一番上の編み目が解かれた、瞬間。
――キラッ
――キラキラッ
アルフィアーナの髪が、大量に光をはらんだ。
先ほどの何百倍もの光を煌めかせながら、肩から背中へ、輝きのうねりが流れ落ちる。
「…………」
ライチは固まった。
(アルフィアーナさんって……髪をほどいたら、こんな感じなんだ……)
いつもは、きっちりと三つ編みにまとめられている。
だから、こんなふうに髪全体が広がっているところを見る日が来るとは、思わなかった。
(フェラドとメルカトが、“聖職者や女性に髪を隠す文化なんてない”って、笑ってたもんな。髪の変化についての話をするなら、おろして見せるのも普通か……)
貧乏旅行で世界を回って、少しだけヨーロッパの歴史もかじっているライチからすると、中世の修道女が髪を下ろしているのを見る背徳感が、ものすごいのだが。
「ライチさん?」
アルフィアーナが少し首を傾けるたびに、髪が遅れて揺れる。
眩しい。
良い香り。
綺麗。
瞳孔が、この美しい人をもっとよく見ようと、勝手に広がっているのか、光が入りすぎて目がチカチカする。
「あ……の。銀の髪って、初めてで。ちょっとよく見てもいいですか?」
「えっ……」
異様なほどの輝きように、ライチは更に近くで観察させてもらうことにした。
(銀粉が多すぎて、健康被害とか、ないよな?)
ライチが一歩近づくと同時に、強い風が、アルフィアーナの髪をすくい上げる。
その内の一房に、猫がおもちゃにじゃれるような自然さで、ライチは手を伸ばした。
手に取って、じっと観察する。
親指で少し擦って、銀粉の付き具合も見させてもらう。
(――うん、指には銀粉はそんなに付かないな。よかった。……本気で、髪がこれだけ光を含んでるんだ。すごっ)
水質については、ケア済みのロングヘアをこうして間近で見ることで、完全に問題無しだと実感できた。
(キツい硬水だと、洗う方がかえって髪を傷めるらしいもんな。飲んでいても気になった事が無いし、煮炊きも普通にしてるし。こんだけつるつるになるなら、水質は全く問題なさそうだ)
問題がないどころか、この世界なら、百人が百人、振り返るような美しさだ。
(我々は、とんでもない商品を、世に放ってしまうかもしれん……)
ほら、“傾国の美女”とか言うし。美しさがトラブルの種になるような話は、よく聞くではないか。
「ありがとうございます。すごく綺麗な髪だということが分かりました」
自分達の偉業に、うんうんと頷いて、ライチはアルフィアーナの髪から手を離す。
髪は、少し力を緩めるだけで、するりと手から抜け出していった。
アルフィアーナは、丸い目をして、はく、はく、と、しばらく何か言いたげに口を動かしている。
やがて、冷ややかな目でライチを見てボソリと言った。
「……“アルス・アマトリア”……ライチさん、あなた、そのうち流刑にされますわよ」
「アルス……? えっ? 流刑?! なぜ?!」
突然の処刑宣告にライチは飛び上がる。
「“恋の”、“技法”。古代の有名なナンパ本です。作者は、軟派すぎて流刑になったことでも有名で……そうですわね、ご存知ありませんわよね」
(ナンパ?! どこがどうしてそうなった?!)
サンプルを贈る。使用後の髪を近くで見させてもらう。少し触って健康被害対策の銀粉チェック。
……ナンパ要素は、ゼロに等しいような?
(あっ、匂いを無意識に吸いすぎたか?! 息が荒かった?! おっさんがキモすぎか?!)
「ごごごめんなさい、決して邪な気持ちでは」
「でしょうね。……見ていれば分かりますわ」
アルフィアーナは、とうとうそっぽを向いてしまった。
鐘音のために壁に空けられた大穴を抜ける風で、銀の髪が煌めく。
――しばらく、頭上から眼下を繋ぐ上水橋の水音を聞いたあと。
アルフィアーナが、風に揺らされる髪を、手ぐしで整えながら口を開いた。
「このようにケアすれば、ドロドロベタベタとしていた髪も、つるつるになりますのね」
緑と水色のグラデーションの瞳が、“しょうがないな”と言うように、こちらに向き直した。
ナンパなおじさんの所業は、見逃してくれるようだ。どれが該当行為かも分からないのが、申し訳ない。
「説明書きに、“一度目は特に、これまで蓄積した油のヌルヌルがなくなってキシキシとするまで、しっかりと液を加える”、と書かれていたのですが、その段階にたどり着くまでに、かなりの“浄化の露”を使ってしまいましたわ」
「わぁ、ロングヘアの女性の使用感が聞けるの、ありがたいです」
メインターゲットのど真ん中だ。貴重すぎる。
「量もしっかり入っていましたし、乾いたあとのサラサラは、人生初めてで、これは貴族女性には爆発的に広がるだろうと思います。茶会などで、一目見てすぐに変化が分かりますもの。話題に上らない訳がありませんわ。
しいて言うなら、ついついこの滑らかさが癖になって、隙があれば触ってしまうのが難点ですけれども」
ジョークを言いながら、髪を一束人差し指に絡めて、くるくると回すアルフィアーナ。
「ふふっ」
非常に嬉しそうで、今まさに髪に頬ずりをしてもおかしくない顔つきだ。
(そりゃ、嬉しいよな……)
微笑ましい反面、その幸せそうな顔を澱ませる、額の黒い魔石に、いつもながらモヤモヤが湧いてくる。
(この黒い魔石の件さえなかったら、今頃堂々とヘアケアをしている側の人だっただろうに)
「アルフィアーナさんは、どういう経緯で聖職者に?」
「貴族には、もう本当に戻れないんですか?」
「黒の魔石は、どう考えても、優しくて誠実なアルフィアーナさんには似つかわしくないですよ」
口からそう出かかっては、結局飲み込んでいく。
代わりに、ライチの口から飛び出てきたのは、黒の魔石に少しだけ絡めた話題だった。
「アルフィアーナさんは、魔力が溜まりすぎる、なんて困りごとはないんですか?」
「……? そう、ですわね……」
突然の話題に、怪訝そうな顔をするアルフィアーナに、ライチは慌ててつけ足した。
「いえ、今日はこれをご報告に来たんですけど、昨日、実は、魔力組合のフガークスさんと、すったもんだありまして。そのとき思った疑問なんです」
「“すったもんだ……?”」
アルフィアーナの指が、ピタッと止まる。
「何事にも実におおらかであらせられるライチさんが、“すったもんだ”とまで表現されるということは……生命の危機に瀕した、なんてことではないですわよね? 聞いてるだけでハラハラして心臓に悪いので、この推測が外れることを切に願っておりますわ」
両手を胸に当ててバツを作って、全身が*のようになる祈りのポーズになり、アルフィアーナは天を仰いだ。
「すみません、当たっちゃってます……」
ライチはできるだけハラハラさせないよう、手短に、簡潔に、昨日の出来事をアルフィアーナに話した。




