第158話 ヴェール
ライチは、サピダンに告げてから、大聖堂に寄ることにした。
昨日の、荒地の地下に埋めた人工魔導体コードと、お試しでできた雑草サークルについて、アルフィアーナに報告するためだ。
「いつもご寄付をありがとうございます。アルフィアーナは孤児院の方で作業中ですので、直接お声掛けください」
大聖堂入り口にいた人にそう言われ、ライチは渡り廊下を抜けて、孤児院へ向かった。
“アルフィアーナと密会をしに来ているのではなく、孤児院に寄付をして、子ども向け製品の実態調査をしている”というのが、いつもの建前だ。
普段から、ちゃんと孤児院にも少し寄って、食べ物の差し入れをしたあと、困りごとや、オムツの使い心地を軽く聞くなどして、子ども達と顔を繋いである。今日もサピダンと別れた後、市場で差し入れを購入済みだ。
「おっさん誰?」からの、「子ども達が知らない?!……つまり!アルフィアーナと密会しているな!」などと言われないための必死の対策だ。
そのうち本当に何か開発して渡さないと、いい加減ボロが出そうではあるが。
ライチは、孤児院の入り口にあるベルを、紐を引いて鳴らす。
木の扉を開けてくれたのは子ども達だった。
「いつもごキフを、ありがとうございます」
頭を下げる子ども達の身体は、みんな痩せていて、いつも目だけがギラギラと燃えている。
ライチは、以前、“こんなに毎日のように差し入れで食べ物を届けているのに、どうして郊外村のように目に見えて生き生きとしてこないのか”と、歩きながらアルフィアーナに質問したときのことを思い出した。
『ご寄付は、まずは領地を守る聖騎士。そして、聖職者。最後に神聖石がある、まだ見習いになれない幼い子どもへと配られます』
『ええっ?! 大人から?! しかも、同じ子どもでも、神聖石でご飯に差が?!』
ライチには未知の世界すぎて、目玉を取り落とすかと思った。成長期の子どもの過度な食事制限なんて、命にもかかわる虐待だ。
『神聖石のない孤児が満ち足りてしまうと、祈りの熱量が減ってしまう、という理由だそうですわ。
神聖石の発現が遅れると、領地の役には立てません。“石無し”は、常に飢えているのが普通、だそうです。
熱心に祈って聖騎士や聖職者になるか、運良く魔石が発現して魔力持ちになるか、でなければ……』
『でなければ……』
『子どもでなくなると同時に、郊外村へと流されてしまうのです』
――それが、痩せた子ども達の実態だった。
回想を終えて、ライチは痩せた子ども達を見て思考する。
孤児院は、成人した生活保護者の受け入れ施設ではない。教育や訓練の機会もない孤児達に、なんとか付加価値をつけてやろうというのが、“飢え”という措置なのだそうだ。
今は、ライチが荒地に向かうついでの差し入れで、郊外村の人々もかなり回復してきている。
しかし、それも一週間やそこらではたかが知れている。みんなまだまだガリガリだ。それほど、かの村では、日常的に餓死が背中合わせな訳で。
そこへは絶対に行きたくないと、命がけで祈っているのが、日々見かけるこのギラついた祈りの姿なのだ。
「今日の寄付を渡したいんだけど、アルフィアーナさんはいるかな?」
この子達は“石無し”だ。貰えない食べ物が目に入ってしまわないよう、ライチは背負った袋を身体で隠しながら微笑んだ。
「呼んできます」
さっと長身の子がお使いに行ってくれた。“成人”とは何歳をさすのだろうか。あと何年で、あの子は追い出されてしまうのか。
(追い出しに怯えなくてもいいくらい、郊外村をなんとか住みやすい所にしておくからな)
大量生産には、土地の命の力が必要だが、もちろんマンパワーも同時に必要となる。
郊外村のみんなには、農村の人たちのように、日がな一日畑作業に汗を流して、食うに困らなくなって欲しいものだ。
そんなことを考えていると、お使いの子に連れられ、奥からアルフィアーナらしい人影が現れた。
(――あ、来た来た……あれ?)
人影を凝視する。
近づいてきたのは、白い布をヴェールのように頭にかけた人物だった。
「お待たせいたしました。丁度朝の作業が終わったところですわ。
本日も、ご寄付と、子ども達が使う製品開発の協力ですね。いつもありがとうございます。
こちらへ、どうぞ」
これは、いつものアルフィアーナが移動するときの建前の挨拶だ。
子ども達は、頭の布に対して何の反応もしていない。どうやら以前から被っていたもののようだ。
「アルフィアーナさん、その布は……」と聞きたかったが、鐘楼まではその言葉を飲み込んでおくことにした。
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「――ライチさん」
差し入れを置く部屋を経由したあと、鐘楼に着くなり、彼女は三つ編みとヴェールを揺らしながら振り返った。そして、わなわなと震えだした。
「は、はい」
(えっ、なんで、怒ってる?)
声色が、怒ってるっぽいような。
「なんてものを……贈ってくださったんですの!」
「へっ?!」
(何?! 贈り物? どれ?! あっ、お菓子でアレルギーが出た? それとも、ヘアケアが合わなくてかぶれた? いや、髪の毛がチリチリに?!)
一瞬で様々な可能性が頭を駆け巡る。
アルフィアーナは、困ったような怒ったような顔で、頬を赤くして頭の布を押さえている。
(やっぱり、ヘアケアか?)
「えっと……ごめんなさい。俺、何かしでかしました?」
「何かしたか、ではありませんわ」
アルフィアーナは険しい顔のまま、両手で頭の白ヴェールを、そっ……とずらし、髪を露出させた。
「ぅ…………ゎわわぁ……!」
ライチは思わず口元を覆った。
(キラッッッ……キラだ!!)
アルフィアーナの三つ編みにされた銀の髪が、強烈に輝きながら流れている。いつも通りヘアバンドのような、*つきの白い布もつけてはいるが、そんな程度では、全く輝きが隠しきれていない。
――キラッ キラッ
編まれている髪、一本一本が光を受けるたびに、ダイヤモンドさながらに輝いて見える。それこそ、ダイヤモンド製の、しめ縄みたいになってしまっている。
(ひっさしぶりに、油と埃の年季が入ってない、髪の毛らしい髪の毛を見た……!)
とにかく農村から城まで全員、ギットギトかつ埃まみれで、髪が死……じゃなくて、清潔感の数値の針を、百八十度反対まで回したような髪をしているのだ。
銀髪のアルフィアーナで言うなら、以前は油を染み込ませて、砂埃をかけた、白っぽい麻ロープのような……いえ、女性の髪に、ごめんなさい。
金髪のグラキ領主も、油が塗られ、梳かされ、ハーブの香りはしていたものの、見た目は同じような感じだ。なんていったって髪を洗う文化がないのだから、どの人も、ライチの思う“サラサラヘア”とは真逆に位置していた。
(それが、油と汚れを落として、キューティクルを整えるだけで……こんなことに!
銀髪の人の髪が輝くと、こんなにも光を跳ね返すのか。ヘアケア、すごい。)
さらに、遅れて鼻に届いた情報に、ライチは心をざわつかせた。
(ちょ……。こんなこと思ったらセクハラで訴えられそうだけど……ごめんなさい、匂いも……あの、最高です)
メルカトにケアされて、自分の髪からしていたときは「いい匂いだね〜」くらいにしか思っていなかった香りだ。
しかし、若い女性がヴェールを外して一気に香ったとなると……なんとも言い難い背徳感である。
「めちゃくちゃ良い香……や、お美しいですけど、何か問題が、あったんですね……?」
だらけた顔にならないようにキリリとした顔を作り、ライチは問いかけた。困っているのだから真摯にに対応しなければ。
「……そういうことを、さらりとおっしゃるタイプでしたか」
頬を赤くしたままのアルフィアーナに、ジトッとした目で見られてしまう。
「え? いや、だって本当に……」
慌てるライチの前で、アルフィアーナの髪が光を跳ね返す。




