第156話 ネジ
「こいつが回ればいいんだがなぁ……」
回らなくなった機械をみんなで囲む。
確かに。大の男が四人がかりで回らないとはどういうことなのだろうか。相手はたかだかパスタ生地なのに?
(あ〜……なるほど。ネジが……)
圧力をかけるには、ネジの機構が一番大切だ。どのようなものか、よくよく観察してみると、原因が見えてきた。
(金属ネジの加工が荒いんだ。目視でも歪みが分かるし、質感もザラついてる。こういうのが摩擦になって、余計に回らなくなるのでは……)
そういえば、この時代は、鉄そのものが、混じりっ気が多く、脆い箇所がある、と聞いた気がする。
フォークを鉄から青銅にしたら上手くいったように、摩擦が少なくツルツルで、細かいネジの溝でも割れないような強度の金属には、変えられないのだろうか。
「このネジを、青銅とか銀で作るのはどうですか?」
ライチの何気ない発言に、工房中から一斉に声が飛んできた。
「青銅ぉぉ?!」「フォークと一緒にすんなよ!」「銀なんて、もっと駄目だ!」「馬鹿言うな!馬鹿!」「馬鹿!」
ライチはどうやらまた地雷を踏んでしまったようだ。
もはや最後にいたっては、憂さ晴らしの悪口になっている。
「え、でも、フォークは、青銅で作ってたのに……?」
さっぱり理解ができずにライチが首を傾げると、フェラド父がネジを指した。
「フォークはな、こういう細けぇ溝を、相手とぴったり噛み合わせて使うもんじゃねぇじゃねぇか」
「そうだそうだ。ネジ機構にゃ、ネジとネジ受けの両方が必要なんだぞ」「山と溝がきっちり合わなきゃ、回らねぇ」「青銅にはそれが難しいんだよな」
「?? でも、鉄だと混じり物があるんですよね? 青銅を熱して、柔らかくして叩いて加工すれば、いいよう……な?」
ライチが素朴に尋ねると、職人たちが顔を見合わせた。
「一般人って、こんなことから知らないんだっけか?」「この人が特別なんじゃねぇか?」「ライチさんだけが知らなすぎる説はあるかもっすね……」「私でも存じておりますぞ、ライチ様」
口々に無知を驚かれている。金属加工の知識なんて、現代人ならほとんどが知らない気がする。なんといっても、育児には交わらないし。
「あんたの言うとおり、青銅だって、熱すりゃ柔らかくなるさ。ただし、鉄と同じようにはいかねぇぞ」
「鉄は赤くなるまで熱して、叩けば、伸ばしたり曲げたりして形を変えられる。オレら鍛冶屋が普段やってるのは、そういう仕事だ」
「だが、青銅は、鉄みてぇに、熱して叩いて、また熱して叩いて……ってやり方には向かねぇんだ」
「青銅自体が合金だから、成分にもよるが、叩き方や温度を間違えりゃ、割れたり、亀裂が入ったりするんだ。何度も熱し直して、ネジみてぇな細けぇ形を作るなんてのには脆くなるだけで、向かないんだよ」
「だから青銅は、溶かして型に流すほうが向いてるんだ」
ライチは目を瞬かせた。
「あれっ、でも、青銅フォークは、鋳造したあと、カーブの部分を熱してつける、って言ってましたよね? 脆くなっちゃう?」
「フォークなんて細くて薄いもんなら、なんなら手でも曲げられるじゃねぇか。軽く熱して、丸く整えてるだけで、フォークのカーブは叩いてるわけじゃねぇんだ」
(そうか。カンカンやらなくても、全然曲がるか、フォークは)
ライチの脳裏に、マジシャンがぐにゃぐにゃと曲げていたフォークの画が浮かぶ。
「しかも、こいつには、ネジ山を何度も回して、猛烈な力がかかるんだろ?」
「そういう使い方をするなら、どこかに小さな亀裂が入ってたら怖ぇぞ」
「……なるほど」
周りの説明を聞いて、ライチは、改めてネジを見る。
(そうか。俺、金属って熱くすれば、何となくガラスみたいに柔らかくなって、どんな金属でも同じように加工できると思ってた……)
「じゃあ、フォークみたいに鋳物なら、青銅ネジも作れるんですか?」
ライチが聞くと、鋳物師が口を開いた。
「鋳物なら、形そのものは作れるさ。だが、このネジはフォークよりずっと厄介だぞい。
型を作るのもオラの大仕事。でも、それで運良く、ピタリと合うネジとネジ受けが鋳上がっても、そのまま使えるわけじゃねぇんだなぁ。いくらオラの型が良くても、砂で型を作って鋳るんだから、表面はザラつくし、歪みも出らぁ。
根性入れて来る日も来る日も削りまくって、ピタリと合わせる必要があんだぁ」
「フォークと違って、ネジは一か所でも引っかかれば、もう回らねぇからな」
「な、なるほど……」
ライチはネジを見つめた。
(そうか。フォークとネジじゃ、同じ金属加工でも、必要な精度が全然違うんだ)
「えーと、銀は……高いんですよね?」
「銀は高ぇし、柔らかすぎるのも問題だ。こんだけ力をかけて何度も回すんだぞ。ネジ山が潰れたり、変形したりする可能性がある」
「じゃあ、青銅も銀も駄目、と……」
「青銅が絶対に駄目ってわけじゃねぇがなぁ」
フェラド父が、少し考えてから言った。
「ただ、この工房で今のネジを青銅に作り直すくらいなら、鉄のネジをもっとまともに作れるようにする方法を考えたほうが早ぇかな、ってとこだな」
「う〜む……」
ライチは改めて、目の前のネジを見た。
(高価さはプルデリオさんは気にしなさそうだけど、大量生産したいなら、頑丈で安いに越したことはないしなぁ……)
「じゃあ、鉄のまま、もっと摩擦がない、均一で、細かい目のネジにできればいいんですね」
「できりゃあな」
フェラド父が険しい顔で頷く。
「そう、こいつは一回転で進みすぎてんだ。もっと細かいピッチにできれば、同じ力でもっと強く押せるんだよ。
だが、細かくすりゃいいってもんでもねぇ。ネジ山を細くしすぎりゃ、今度はそこが折れちまう。溝の数も増えるから、少しの歪みで回す時に噛む可能性も増す。
それに、こいつは行ったっきりじゃなく、何度も行き来して、猛烈な圧力に耐えて、生地を押して使うもんなんだろ。普通の、木組みを締めたり固定したりするネジとは、訳が違ぇよ」
「じゃあ、鉄のまま、今のネジより細かいネジを作るのは……」
「かなり難しい」
一同は頷いた。
「鉄に石みてぇなもんが混じるからなぁ」「鍛えても抜けきらねぇカスがあるもんな」「フォークん時もそうだったけど、場所によって当たり外れがあっから、細かい細工には向いてないんだよな」「もっと細かく削れる道具がいるし」「そう、手作業で熱した鉄を細工して、冷やしてヤスリで削ってくのにも、限界がある」「同じ幅で、同じ深さで、しかも、それを何回回してもズレねぇようにするなんて」
「……にっちもさっちもいかないですね……」
「そうそう、“このネジみたいにな”」
(?? ……あ、そうか。“二進も三進も”って漢字では書くから、そういう意味になるか。慣用句だから意識してなかった)
『ううぅ〜〜ん……』
みんなで唸る。
(いい案……いい案……)




